〜 苦沙彌のつれづれ雑記 〜

2024年10月8日(火)
二胡の演奏
2024年10月7日(月)
ボイストレーニング
2024年10月6日(日)
八尺塔婆
2024年10月5日(土)
ゴチャゴチャ過ぎた1日
2024年10月4日(金)
やることがいっぱい
2024年10月3日(木)
声の検査
2024年10月2日(水)
急を要する修復
2024年10月1日(火)
眠たい日
2024年9月30日(月)
公開講座
脚立で剪定
2024年9月28日(土)
秋の行事の準備
2024年9月27日(金)
いよいよ護摩供
2024年9月26日(木)
いろいろ切羽詰まる
2024年9月25日(水)
挨拶のために東京へ
2024年9月24日(火)
真如堂の歴史
2024年9月23日(月)
一気に秋へ
2024年9月22日(日)
彼岸中日にあぶれる
2024年9月21日(土)
何でも屋
2024年9月20日(金)
大きな法要
2024年9月19日(木)
大学病院
2024年9月18日(水)
辞令親授式
2024年9月17日(火)
会議ばっかり
2024年9月16日(月)
少々くたびれた
2024年9月15日(日)
初めての導師
2024年9月14日(土)
外作業に専念
2024年9月13日(金)
比叡山で涼む
2024年9月12日(木)
ダイソン酷似の掃除機
2024年9月11日(水)
癒やしの緑
2024年9月10日(火)
睡眠の質が良くない
2024年9月9日(月)
出勤前の剪定
2024年9月8日(日)
ドタバタ
2024年9月7日(土)
フルコース
二胡の演奏
 今日は岐阜県大垣市のお寺で、三重・岐阜ブロックの担当部署の会があり、講演などに伺いました。

 大津・坂本からは2時間弱。運転はドライバーさんがしてくれるので、後席でくつろぎながら行きました。

 仮題は、力を入れずに声を出すこと。話の中身はこれまでに同じようなことを何度も話しているので、まぁ大丈夫。代替わりして比較的若い、中年以下の僧侶30人ほどに、どのようにお寺を盛り立てていくかという話をしました。聞いてくれていたのかどうか・・・。

 お弁当をいただいて、午後からは二胡の演奏。西域の女性のような出で立ちをした演奏者が、日本の童謡を主に演奏されました。檀家の方々も50人ほど参加されていましたが、高齢の方が多かったので、そういう選曲をされたのでしょう。草原を疾走する馬を表現した『賽馬』のような曲を期待していたので、ちょっと残念でした。

 帰りは少し小雨が降り始めましたが、5時ちょうどに坂本に帰着。

 夕食を食べてからは、宿直先でひとりで脱力の練習とボイトレ。なかなか上手くいきません。やっぱりちょっと力んで話してしまったのか、喉が痛いです。

  
〜 お寺の本堂での二胡演奏 〜
2024年10月8日(火) 


ボイストレーニング
 今日は、耳鼻咽喉科の音声治療。ボイストレーニングです。長年、無理をして声を出しているうちに悪い癖が付いてしまっているようで、その修正です。

 まずは、ストレッチ。肩や首など上半身を中心にして、喉のまわりをほぐしていこうということでしょう。
 その後、あくびやため息をしながら声を出したり。頑張らずに声を出す練習です。また、ハミングや唇ぶるぶるなど、歳を取ってからしたことがないようなこともして、恥ずかしかったですが面白かったです。

 声を出す時に、どうしても力が入っているようです。それが普通になってしまっていたので、指摘されるまで気が付きませんでした。これを直していくのはかなり大変そうで、とりあえず、2週間おき3ヶ月間の予定です。

 お昼から坂本に出勤。あまり仕事らしい仕事もせず、明日の講演原稿をチェックしたりしました。

 帰ってから、YouTubeでハミングによるボイストレーニングの見つけ、今日の復習をしながらハミングをしたりしました。やっぱり、なかなか難しいなぁ〜

  
〜  〜
2024年10月7日(月) 


八尺塔婆
 職員さんが本堂を開けてお勤めが出来るようになるのが8時半。それまでに先日やり残した寺務所の庭木の剪定を7時前から始めました。残っているのは1本半。出来上がった頃に職員さんが次々と出勤してきました。

 お勤めの後は、拝観者のための案内標識のリニュアル。職員さんが不揃いない表示をベタベタと張っているのが気になっていたので、それらを作り直して統一した表示スタンドで掲示しました。表示スタンドは中国から直輸入のものなので、どれほど保つかわかりません。

 さて、今日の大仕事は法事の塔婆書き。これまで自坊で書いていたのは6尺の塔婆でしたが、今度は8尺の塔婆を書かなければいけません。これは初体験です。しかも、一発勝負。
 まずはチョークで地割りをして、裏面から書き始めました。大きい塔婆なので、筆もいままで使っていたものよりも大きくしましたが、これが失敗でした。使ったことのない筆だったので、‘腰’が違いました。

 「これではあかん」と表面はこれまで使っていた筆で書きました。やっぱり書きやすい。でも、書きやすいのと上手なのとは別で、どう見ても下手。予想通りです。これを法事の時に並べて、他の僧侶たちが見るかと思うと・・・。どうしようもありません。

 これでどっと疲れ、午後は何やっていたかなぁ〜

 土日の休みもあっという間に終わりました。

  
〜 黄色い‘彼岸花’ 〜
2024年10月6日(日) 


ゴチャゴチャ過ぎた1日
 今日は何をしていたのかなぁ・・・何度も、作務衣・洋服・僧衣の着替えを繰り返しましたが。

 午後は「メダカの学校」。講師は延暦寺の僧侶で、お祖父さんは「声明」で無形文化財保持者になられた方で、お父さんもご本人も声明では秀でた方です。声にも押しがあってよく通り、声量もたっぷり。でも、若い頃に声帯ポリープで手術をされていました。

 声明の基礎や学理のようなことを説明され、実際に唱えてもみられました。声だけでも説得力がありましたが、終わってから「喉がガラガラ」だと仰っていました。「無理をしてはいけません」と申し上げたいですが、それはご本人もよーくわかっておられることです。

 お天気がよかったのに、外作業がぜんぜん出来ませんでした。残念。

  
〜 秋晴れの日 〜
2024年10月5日(土) 


やることがいっぱい
 午前中は出勤をして原稿書き。10月は行事が多くて、挨拶や講演の準備をしなければいけません。与えられた時間や対象も違うので、そのまま使い回しということも出来ず、頭の中が混乱しそうです。

 お昼に早退して、午後からは真如堂の事務の打ち合わせ。寺務員さんが怒濤のように次々と質問をしてきて、ボクも思いついたことを聞いたりするので、話はあっちへ飛びこっちへ飛び。二人で、「何の話でした?」と聞き合うような始末。それでも、以前よりは確実にいろいろなことが進んでいます。

 職員さんに、雨の日の手の空いている時に障子貼りをして欲しいと頼んでいたのですが、拝観担当の人まで加勢して作業をしていました。貼り替えてくれるのは有り難いですが、現場を放棄しては拝観者の方に申し訳ありません。こういう意識も何とかしないと・・・。

 今月は真如堂の法要も多いので、勉強が大変です。

  
〜 楓の落ち葉 〜
2024年10月4日(金) 


声の検査
 今日は喉の病院。まず診察を受け、その後、音声データを録って検査。もう一度診察を受けて治療方針の説明を受け、来週、ボイストレーニングを受ける準備のために声を録音。「あーーーー」「うーーーーー」とか「あ、い、う、え、お」とか文章を読んだり、いろいろなパターンの発声を録音して、トレーニングの方針を決めるみたいです。

 喉が調子悪い状態なのに、長年無理をして声を出してきたために、声を出すときに変な癖が付いているようです。でも、普通の会話はそうでもないので、お経を読む時だけのようです。お経の声は会話をする時と違うので、どうしたものでしょう・・・。「職業病のようなものです」と言われましたが、坊さん皆がこんな風になっているわけでもないので。

 今日は午後からも病院絡みの所用があったので、丸一日休暇を取り、次々と迫ってくる大きな法要の勉強もしました。晴れていても、植木屋をしている余裕はなさそうです。勤務先の出張も10月は多いので、大変です。

 今日は朝から雨。地面が乾いていたので、いい雨でした。

  
〜 葉っぱを切られた蓮 〜
2024年10月3日(木) 


急を要する修復
 今朝は坂本への出勤を遅らせて、真如堂境内の急を要する修復場所などを大工さんと一緒に見て回りました。

 まずは、本堂裏の「薬師堂」。平安京造営の時に地中から蓮華のような形の石が出現したという石仏で、平成24年に「京都十二薬師霊場」というのが再興され、その一つになってからお参りも少し増えています。ところが、その小さなお堂の回廊の縁がブカブカして危険な状態。紅葉期の前に修復したいと見てもらいました。

 次は土塀。6〜7メートルの土塀が少し傾き、これから豪雨などが増えてくる傾向なので、倒壊の危険があります。大工さんの仕事ではありませんが、監督をしてもらって業者を取りまとめて貰います。たぶん、来年早々の着工です。

 次は総門。全面修復が必要ですが、とりあえず崩れかかっている部分の修復が‘普通の’大工さんで出来るかをお尋ねしました。これは文化財の関係もあるので、行政の判断待ちです。

 他にもいっぱいありますが、まずは危険箇所を急いで修復に掛かりたいと思います。

 終わって坂本に出勤。原稿書きなどをして、早退。ここ2、3日は突発的な用事でバタバタしそうです。

  
〜 チラッと秋。櫨の紅葉 〜
2024年10月2日(水) 


眠たい日
 今日は午前も午後も内部の会議。夕べ開いていただいたお祝いの会で少し夜更かしになったので、午後の会議は眠たくて仕方がありませんでした。

 東九州ブロックの檀家の方々の団体150人ほどが比叡山に来て、法要や講演を聞く会を催されるので、夕方近くに行って来賓の挨拶をさせていただきました。

 京都は今日も30度越で、今年はそれが100日に達して観測史上最高だったようです。比叡山も期待したほどは涼しくありませんでした。

 挨拶をして真如堂に直帰。やっぱり眠たいので、早く寝ました。

  
〜 吉祥院前の紅白の彼岸花 〜

2024年10月1日(火) 


公開講座
 今日は京都市内で「公開講座」を開きました。例年は、坂本の庁舎の大会議室で行うのですが、それではこれまでのリピーターがほとんどで新しい方にお越しいただけないので、京都へ行ってやろうということになりました。

 会場は四条烏丸の、収容人数280人ほどの市営のホール。交通の便もよく、百貨店などにも近い好立地です。講師は、元大相撲力士の舞の海さん。無料ということもあって参加申し込みが多くて、数日前には受付を止めました。

 月に4回程度は講演をされるという舞の海さんはさすがに慣れておられ、相撲の話はもちろん、テレビの食レポや自然食品の話など、みんながよくわかるようなネタで、会場は終始笑い声に満ちていました。

 ボクは閉会の辞の担当。こういう雰囲気の時はやりやすく、少し笑いをそそるようなネタも入れて、無事に終えることが出来ました。皆さん、喜んでお帰りいただきました。

 京都駅まで舞の海さんをお送りしましたが、講演の時とは違い、あまりお話にはなりませんでした。

 終わって真如堂に直帰し、スーツに着替えてまた四条へ。坂本の同僚がボクのお祝いの会をしてくれました。なかなかヘビーなイタリアンでした。

 長〜い一日でした。

  
〜 講演される舞の海さん 〜
2024年9月30日(月) 


脚立で剪定
 今日は朝から本坊の寺務所の庭木の剪定。境内の目立つところをやると、植木屋さんにも気が悪いし、不格好になったら叱られそうですが、寺務所の庭なら大丈夫。
 住職に就任してからずっと、庭木を見ては「伸び放題だなぁ」と思っていたので、今日はいよいよという感じです。

 朝7時半頃から作業開始! そのうち職員さんが次々とやって来ましたが、職員さんもボクの行動を段々理解してきたようで、作業服で剪定用の脚立に登っていても、もう大して驚きません。
 思えば、この脚立は13年前に骨折した時に登っていたもの。あの時、携帯で電話をして助けに来てもらった職員さんは、もう鬼籍の人。いまだに懐かしんで名前が出る人気者でした。

 職員さんが本堂を開けたのを見計らって、お勤めへ。あちこち拝んで、また植木屋に‘復職’。その後も、時々僧衣に着替えたり、また作業服に戻ったりしつつ、基本は剪定作業。間に他の作業をしたりと動き回っていたら、土曜日だけ出勤の女性事務員さんに「回遊魚のようですね」と言われました。その通り! 「止まったら死ぬのです」といいながら、また動き続けました。

 2時半頃まではその調子でしたが、無理な体勢などをしたためか体が痛くなって来たので、作業を1/3残して今日はお終いとしました。次は来週の土日です。

 今日は心地よく疲れました。

  
〜 萩の花満開 〜

2024年9月30日(月) 


秋の行事の準備
 8時から真如堂一山の僧侶が集まって、本堂の設えを「引声阿弥陀経会」用に模様替え。結構大がかりなので、1時間以上かかりました。

 終わってから、本堂などのお勤めをしたので、10時半頃まで掛かりました。お勤めは自分には不向きだとは思いますが、職責上、最も大切なことの一つなので、頑張っています。

 その後は、これといってまとまったことをするでもなく、雑事に追われて夕方を迎えてしまいました。まぁ、こういう日もありますね。

 拝観者が急に増えてきました。団体もありましたが、個人客も増えました。厳しい暑さが収まってきたので、皆さんも活動しやすくなったのでしょうか?

  
〜 白い彼岸花 〜
2024年9月28日(土) 


いよいよ護摩供
 今日は午後から護摩供の修法。自分で護摩を焚くのは・・・おそらく20年ぶり以上です。二十歳過ぎに行を終えた頃は、サッと手の印も結べ、真言を唱えるのもよどみなかったですが、その後は焚く機会がなく、ほとんど無縁のものとなっていました。

 半月ほど前から、護摩の経本を見始め、先日東京に行った時の新幹線の車中でもずっと見ていました。ここしばらくは常に携行している状態でした。

 さて、本番。今日は6〜7社の会社の人事担当者が願主で、それぞれの会社のことなどを祈願されました。信心があるというよりは、毎年のルーチンのようです。

 目を皿のようにして経本を見つめながら、手順通りに修法を進めました。印も真言もスラスラとは行きませんでしたが、気合いだけは充分。声はかすれ気味。予定通りの時間で修法は終わりました。

 全身、汗ビッショリです。もちろん、火に面していたので、顔などは火照っていました。でも、やっと大きな課題が一つクリアできました。これからは次第に慣れていくでしょう。

 今までやったことのなかった法要、役割が、これからはどんどんやってきます。そういう緊張も、大変だけども、まぁいいものです。

  
〜 護摩後の酔芙蓉 〜
2024年9月27日(金) 


いろいろ切羽詰まる
 10月はあちこちで挨拶や講演をしなければならないので、午前中はその原稿書き。だんだん切羽詰まってきました。

 明後日の護摩の経本も持ってきたのですが、見ている時間はありませんでした。こっちはかなり切羽詰まっています。

 午後から大学の先輩女性のお母さんを弔うため、火葬場の炉前で読経させていただきました。長い間、「メダカの学校」にお越しいただいていましたが、2月が最後となりました。寂しくなりました。

 そのまま真如堂に戻って、消火栓の水漏れ現場を見たり、新しく買ったスティック掃除機の充電器を壁に取り付けたり、夜は境内の建物で行われた京都ブロックの研修会に出たり。もっと時間が欲しいなぁ・・・やらなければいけないことがやり切れません。

  
〜 藤袴にとまる褄黒豹紋(つまぐろひょうもん) 〜
2024年9月26日(木) 


挨拶のために東京へ
 今日は休みを取って東京に行きました。東京におられる真如堂の役員4人の方に、真如堂の住職になった挨拶をするためです。

 行くのは日本橋や大手町のビジネス街。さすがに大企業が多い場所とあって、カフェスペースなどあちこちにあって、京都とはまるで違う印象でした。

 皆さん企業の役員なのですが、皆さんIDカードを使って中に入って行かれ、また役員室などはハイセキュリティーなカードが必要なようでした。「へぇ〜」という感じで、まるでお上りさんです。

 5ヶ所を回って、新幹線に遅れそうなので、新幹線の「エクスプレス予約」で列車を遅らせました。普段の出張の時は予め手配したチケットなので、乗変する時は不便ですが、エクスプレスなら楽チン。久々にこれを活用しました。

 行き帰りの車中は、久々に修法をする護摩の勉強。苦手なことをどんどんしなければなりません。でも、それで鍛えてもらっていると思えば、苦ではありません・・・上手くいくか、不安ですが。

 京都駅で定番の赤福を買って、7時半過ぎに帰りました。

  
〜 高いなぁ〜 〜
2024年9月25日(水) 


真如堂の歴史
 今日は午前も午後も内部の会議。天台宗の定例議会が近付いて来たので、その準備が忙しくなってきました。

 午後、会議を中座して真如堂に戻り、いまやっていただいている古文書や書画の調査の進展具合を聞き、数年後に計画されている「(仮)真如堂展」についての打ち合わせ。

 元禄頃の日誌に、真如堂が寺町今出川から今の場所に戻る時の様子が記されているという話を聞きました。

 いま真如堂がある場所には、足利義政の頃に真如堂を建てている途中でした。それが義政の逝去によって頓挫し、その後は足利幕府の中を二転三転。秀吉によって寺町今出川に移転しました。

 そこから今の場所に戻るのですが、その頃、今の場所は笹が茂っている原っぱになっていたようです。幕府との話し合いの中で、今の本堂のある場所に塔頭も含めて移転するように命じられたものの、それでは狭いし水の便も悪いと交渉。その交渉がしつこかったのでしょう、与力が居留守を使ったというようなことまで記されているようです。
 早くそのあたりの翻刻をじっくり読ませていただきたいものです。

 何だかんだやっていたら、結構夜更かしになりました。

  
〜 夕方の空 〜
2024年9月24日(火) 


一気に秋へ
 夕べは涼しくて、エアコン無しでも眠れました。今朝、掃き出し窓を開けた瞬間に入ってくる空気のヒンヤリしたこと! 一気に季節が変わった気がしました。

 今日も、自坊の手伝いもせずに、本坊の雑用をあれやこれや。何をやったか、自分でもわからないくらいゴチャゴチャしたことをやっていました。

 職員さんも、あそこの電気のスイッチがわからない、ペンキの塗り方を教えて欲しいなどと、いろいろと言ってくるので、あっち行ったりこっちへ来たりでした。

 昼過ぎから、護摩の勉強を始めました。護摩を焚くのは20〜30年ぶり。修行の頃はパパッと出来たのですが、それ以後は焚くことも少なく、すっかり忘れてしまっています。手の印も、真言も、本を見て「あっ、こういうのあったなぁ」という感じ。焚く日まで時間がないので、ここ数日は勉強に専念です。

 夜もすずしくなったなぁ〜

  
〜 最後の木槿 〜
2024年9月23日(月) 


彼岸中日にあぶれる
 今日はお彼岸のお中日。早朝から提灯のソーラー照明を点検したりして、職員さんが本堂を開けるのを待ってお勤め。何かいろいろ走り回っているうちに11時頃になってしまいました。

 自坊が忙しいのはわかっていたのですが、やっとそれから行きました。やっぱり忙しそうでした。

 新住職が伸び伸びとやっているので、何も口出しはせず、手伝いもせず、お祝いをいただいた檀家さんに挨拶をして、すぐに奥へ引っ込み、お昼ご飯。あまりすることがないので、ヨドバシから届いていた電気のパーツなどを持って、また本坊へ戻りました。

 長谷観音堂の燈籠に電気を灯すような仕掛けを作りました。夜に見たらちょっと明るすぎましたが、なかなかちょうどいい電球がありません。

 雨も降ったり止んだりなので、それからはデスクワーク。真如堂の角2と角7封筒のデーターをイラストレーターで作って、ネット印刷に送信。反応がないと思ったら、今日は祭日でした。

 お祝いの御礼状もやっと書き始めました。これがまた大変で、しばらく掛かってしまいます。

 3連休で走り回っていると、坂本の仕事をすっかり忘れてしまいそうですが、これからは追い込み段階です。

  
〜 寝ている部屋の外はギンナンだらけ 〜
2024年9月22日(日) 


何でも屋
 三連休の初日。今日はお彼岸のお参りが多いでしょう。

 ボクは自坊のことからは距離を置くようにしているので、本坊関連の雑事をしていました。

 まず、職員が来て本堂などを開ける前の時間に、電気屋と看板屋。観音堂の燈籠に電気を灯す器具がないので、それを自作。材料は揃っているはずだったのですが、一部足りずに完成は明日。

 昨日、本堂に掛け軸を出しました。『光る君へ』に登場する東三条院と一条天皇、真如堂開祖の3幅です。今日から公開するのに合わせて、本堂前に掲げる看板を作りました。黒い板に白いポスターカラーで字を書くというイメージで、まずは板を黒く塗りました。そろそろ職員さんが出勤する時間なので、着替えてお勤めに行きました。お勤めには約1時間掛かるので、その間に乾くでしょう。

 下手字ながら「大河ドラマ『光る君へ』 東三条院像 特別公開 通常拝観料」と書いて、早速本堂に掲げました。さぁ、反応あるかなぁ〜。

 次は、本堂前の提灯に灯りを灯す細工。10年ほど前に執事をしていた時、ソーラーで灯が点るようにしたのですが、すっかり劣化していてダメになっていました。この器具も少し前に買ってあったので、脚立を持って行って取り付け。ちょっと高いところの作業なので、用心、用心。暗くなったら上手く点くかなぁ〜

 次は、拝観順路の案内表示の更新。薄汚く統一性のない表示があちこちにされているので、スタンド型の器具を買って、とりあえず2ヶ所の表示を更新しました。ちょっとモダンな感じになったかなぁ・・・。

 それから・・・以前から真如堂のインスタやFacebookを始めようと思っていたので、掛け軸の公開を機に、とりあえずやってみることにしました。インスタは初めてで、どうすればいいのかわかりません。Facebookは久しぶりなので、すっかりやり方を忘れてしまいました。愛想はありませんが、告知のページを作って、何はともあれスタートさせました。

 元自坊のことはすっかり新住職に任せて、今日は目一杯、真如堂の整備に時間を費やしました。だんだん変わっていきます。

  
〜 東三条院像 〜

2024年9月21日(土) 


大きな法要
 今日は就任以来初めての大きな法要。この日のために、荒れていた境内や建物内の整備を重ねてきました。

 某企業グループ25社の物故社員の慰霊法要で、会長・社長やその随行員など45人ほどが参列されました。

 法要の内容自体は常にやっているものなので、それほど大変ではありませんでしたが、懸念は何といっても声。法要中に突然出なくなった時のために、他の僧に「万が一の時はお願いします」と頼んでから臨みました。

 真如堂本堂の導師の座は何もかもが大きく、自坊とは歴然と違いました。普段のお勤めは登らずにしますので、そこに座って声を出すのも初めてでした。

 ガラガラ声でしたが、何とか大過なく法要は終わり、墓前や慰霊塔前での回向を済ませて浄斎会場の真如山荘へ。ここも荒れ放題でしたので、受け入れられる状態まで持ってくるのは大変でした。

 有名な料亭が店を閉め、調理場や仲井さんがこっちにやってきてサービスをしました。オーソドックスではない日本料理が人気なのでしょうが、ボクには・・・。

 タイムスケジュール通りに終わって、皆さんは黒塗りの車でサッと帰られました。トラブルもなく済んでやれやれでした。

 それからはあっちもこっちも原状復帰。3時頃まで掛かりましたが、高齢者の多い職員さんは、エアコンの効いた部屋で座り込んでおられました。今日の最高気温は36.9度。夏の最後の、目一杯の暑さでした。

 とりあえず一つクリアです。

  
〜 本堂の参列者席 〜
2024年9月20日(金) 


大学病院
 勤務を休んで、口の悪い耳鼻科咽喉科の先生からの紹介で大学病院に行きました。

 自分がかかるのはまったく初めてで、どうやって受診するのだろうとドキドキしながら行きましたが、受付で診察カードを作り、スマホにアプリを入れて、診療科の受付へ。終わったら機械ですぐに精算。何時間も待つ覚悟をしていたのですが、いともすんなり終わりました。

 大したことではないのですが・・・加齢? もともと喉の調子が悪いのを、無理して声を出し続けてきたのが癖になっているようで、次回は「音声外来」というのに行くことになりました。ボイストレーニングをするようです。歌手みたい。

 早く終わりましたが、明日の大きな法要のためにそのまま欠勤。作業着に着替えて、職員さんと一緒に動きました。職員さんもやりにくかろうに・・・。

 夕方、法要の事務局が来られて、最終打ち合わせと現場確認。8月末に来られた時から、境内も、建物内もかなり変わっていて驚いておられました。今までが汚すぎたのです。

 さぁ、法要の勉強をしなくちゃ。

  
〜 咲き始めた酔芙蓉 〜
2024年9月19日(木) 


辞令親授式
 今日は、天台座主猊下から真正極楽寺(真如堂)の住職辞令をいただく式典の日。真如堂一山の代表や吉祥院の檀家総代も来てくださり、10時半からの式典に臨みました。

 これまで、多くのお寺のこの式典に参列してきましたが、自分が受けるとなると勝手が違います。京都から参列してくださる方の出迎え、あちこちへのお礼の挨拶、そして式中での謝辞を覚えることなど、式が始まるまでに小汗をかきました。

 天台座主様の体調の関係で、今日は御名代の「探題大僧正」から授与していただくことになり、式の直前にご挨拶に伺うと、真如堂のこれまでの状況をよく知ってくださっている95歳の探題様は、これで寺が正常化できると喜んでくださいました。こちらも責任重大です。

 式は順調に進み、謝辞も90%程度は考えていた通りに言えました。記念写真を撮って、待ちくたびれて団子のようになったざる蕎麦をいただいてから、比叡山の伝教大師の御廟にお参りしました。比叡山の最も聖なる場所の一つで、檀家の方々も感激しておられました。

 比叡山のドライブウエイを出たところで、車は京都側と大津側に別れ、ボクはもう一度坂本に戻って少し仕事をしてから真如堂に戻りました。

 戻ってからは、20日に行われる大きな法要の食事会場のセッティングを見に行きました。気になるところを手直ししたりして、4時半頃に元自坊に戻りました。

 9月1日付で書類上は住職になっていましたが、今日の辞令親授式を経て、本当に住職になった気がしました。これからは、今までにも増して頑張らなきゃ!

  
〜 辞令を親授していただく場面。普段は右側の席に座っています 〜

2024年9月18日(水) 


会議ばっかり
 今日も蒸し暑い日でした。少し離れた宿舎に昼食を食べに行く間が、たまらなく暑かったです。

 午前も午後も内部の会議。10月に「議会」があるので、そのことがウエイトを占めるようになって来ました。4年間の任期の、最後の議会です。これからはいろいろなことに「最後の」という言葉が付くようになってきます。宴席も多くなって来ます。

 明日は天台座主様から直接に辞令をいただく式典があります。夜になってから、お礼の言葉を考え始めましたが、どうにもまとまりません。明日にしようかな・・・出来るかなぁ。

  
〜 名月の日の萩、ちょっとだけ 〜

2024年9月17日(火) 


少々くたびれた
 朝6時半過ぎから除草剤撒き。これで大体の場所は撒き終わりました。

 8時過ぎに職員さんが本堂や書院を開けるのを待ちかねてお勤め。お勤めも。自分がやりやすいような環境が整ってきました。

 職員さんに、あそこをこうして、ここをお願いしますと作業の指示をして、ボクは草刈機で少しだけ除草をしました。

 あとは何をやっていたのか・・・電気の工事もしたし、展示品の説明の掲示も作ったし・・・。手当たり次第やっているので、よく覚えていません。

 就任直後から、職員さんにはずいぶん頑張って貰いましたので、その成果はバッチリ現れていて、境内や本堂はずいぶんきれいになりました。ボクもこの3日間は目一杯動いてきたので、少しくたびれました。

 2時頃からは本坊の庫裡で、20日にある大きな法要のための勉強をしました。これまで自坊でやってきたのと規模も違いますし、僧侶も10人以上が出仕します。ちゃんと予習をしておかないと・・・。

 夕食を食べた後もお勉強。いつもなら眠たくなりますが、切羽詰まっているので眠たくなりませんでした。やれば出来るやん!

 今日もよく働きました。明日は坂本です。

  
〜 やぶ蘭 〜
2024年9月16日(月) 


初めての導師
 今朝は、定例の本堂でのお勤め。就任後初めて、一山の僧の前で導師を勤めました。

 お勤めの内容は決まっているものの、ボクもこれまで4人の貫主のお勤めに出てきましたが、回向をする時の文言はそれぞれ少しずつ違っていました。ボクも数日前からその文句を考え、今日初めてそれを唱えました。

 もちろん、一山の僧衆も初めてなので、復唱するところで一瞬 間が開いたりしましたが、次回からは大丈夫でしょう。

 終わって直ぐに着替えて、境内に除草剤を撒布。やってもやっても追いつきません。職員さんを鍛えないと、これからも自分でやらなければいけなくなってしまいます。‘汚い’状態に慣れてしまっているので、まずは意識の改革です。

 「真如山荘」の掃除に、小学校の同級生がパートで来てくれました。ここも酷い状態になっていて、スッキリさせるのにはかなりの時間が掛かりそうですし、ゴミの処分にも結構な費用が掛かります。物を移動したり大変でした。

 昨日の反省から、今日は晩酌もせず、20日の大きな法要のための下準備。その法要の趣旨を式中に述べなければならず、それを作るのに四苦八苦。今夜は完成しませんでした。

 はぁ、今日もよく働いたぁ。

  
〜 盗人萩 〜
2024年9月15日(日) 


外作業に専念
 今のところ土日しか出来ない本堂などでの朝の勤行を済ませ・・・お参りの途中で、電球を替えたりしていましたが、早速、屋外の整備。20日に大きな法要があるので、今はそれに向かって屋内外の整備を進めています。

 夕べの雨は「比叡三郎」というそうです。 古くから「丹波太郎」「山城次郎」「比叡三郎」という「積乱雲三兄弟」が、京都に突然の雷雨をもたらしてきたようです。「比叡三郎」の雨粒が木々の葉っぱにたくさん宿っていて、剪定をしていたら結構濡れました。

 今日はやることが次々とあって忙しい。慰霊碑の銘板の取り付け、杭を打ってロープを張る作業など、一気にやってくたびれました。職員さんにやってもらっていては追いつかないので、この連休は加勢に回ります。

 夕飯にビールのレギュラー缶を飲んだら、結構酔いが回って、マッサージ椅子で1時間ほどうたた寝してしまいました。本坊へ帰ってちょっと調べ物をしましたが、眠気に耐えきれず、就寝。

 時間を無駄にしてしまった・・・後悔・・・。

  
〜 開いた彼岸花 〜
2024年9月14日(土) 


比叡山で涼む
 午前中は、延暦寺阿弥陀堂で行われた自死者の慰霊法要に出仕。内部だけの法要ですが、やっていることを公表すれば、参列したいご遺族や知人などもおられるのにと思います。ちょっと寂しい法要でした。

 比叡山ドライブウエイのレストランで昼食。カツ丼を食べてみたいと思って注文しましたが、普段の昼食の3倍くらいの量があって、食べるのに苦労しました。その上、同僚がアイスクリームをご馳走してくれて、それを食べるのにまた一苦労。お腹が痛くなって、トイレに駆け込みました。

 午後からは釈迦堂で行われた秘仏のご本尊のご開扉法要に参列。7年前にもご開扉しているそうですが、今回は比叡山が世界遺産にしていされて30年に当たるを記念してだそうです。

 ご本尊のご開扉よりも、「デジタルアートと融合した幻想的な空間」ということが前面に出て、厳粛な雰囲気はまるでナシ。「ここまでやらないと人が来ないのかなぁ」とちょっと幻滅しました。

 坂本に降りて、少し仕事をしてから真如堂本坊へ。打ち合わせなどをして自坊に帰りましたが、6時頃に土砂降りになったので、雨漏りの様子を点検しにまた本坊へ。車で往復しましたが、乗り降りだけでずぶ濡れになりました。

 気象台の降水記録はゼロですが、鹿ヶ谷の観測局は29ミリとなっていました。最高気温は36度。暑い時は比叡山にいて助かりました。

  
〜 花軸を延ばした彼岸花 〜
2024年9月13日(金) 


ダイソン酷似の掃除機
 午前中は、昨日に続いて天台宗議会の常任委員会。ボクの担当部署には特別な案件はなく、意見交換が主となりました。これで来月の定例議会に臨みます。

 午後は内部の反省会。部長たちの話は脱線しがちでした。

 真如堂の寺務所が4時に閉まるので、できれば今日の様子などを聞きたいと、滑り込みで帰りました。ほんの短い時間ですが、寺務員さんや職員さんからその日の出来事などを聞き、明日の作業の指示などもしました。ボクがいろいろと細かい指示を出すので、今までと違って、職員さんたちも気を抜いてはいられないと思います。

 夕食を食べて本坊へ。中国の通販サイトで買ったコードレスのサイクロン掃除機を組み立てて、早速試運転。作りはダイソンそっくりで、音は大きいですがよく吸いますし、どこへでもサッと持って行けるのが何よりいいです。これで毎日自室の掃除が簡便に出来ます。

 さぁ、今日もオシマイ!!

  
〜 総門前の白萩 〜
2024年9月12日(木) 


癒やしの緑
 蒸し暑い朝でした。

 朝、本坊の持仏の祭壇の前でお勤めをしてから、元自坊へ行ってお勤め。それから朝食を食べて、そのまま坂本へ出勤する日もあれば、もう一度本坊へ戻ってから出勤する日もあります。

 今日は何かの用事があって、もう一度本坊へ。その時のもみじの緑と苔の緑が、とてもきれいでした!

 午前中は報告書を書き、午後からは天台宗の議会の常任委員会。委員会は来月の宗議会に向けて今日と明日開かれます。ボクの部署は提出案件もないので、ゆったりしたムードでした。

 元自坊に戻って夕食を食べてから本坊へ。本坊の玄関には、ボクがいろいろなものをネット通販で注文したものが、時折、ドーンと置いてあります。今日は、本堂の拝観者用のスリッパの大きな段ボールが6つ届いていました。

 いままでは必要なものでもなかなか購入してもらえなかったものを、一気に職員さんが何とかして欲しいと訴えてくるものですから、取捨選択して買っています。ボクが必要だと思って買うものもありますので、結構な量になっています。それだけ長い間、寺の運営が滞り、荒れていたということかも知れません。とにかく寺を綺麗にしないといけません。

 あそこもここもと思いますが、ボクが土日じゃないと動けないのが、とても歯がゆいです。

  
〜 朝のさわやかな緑 〜
2024年9月11日(水) 


睡眠の質が良くない
 最近、「よく寝たなぁ」と時計を見たら、まだ夜中の12時頃ということが多く、その後も目が覚めて、「あれをこうしなきゃ」とか思い巡らして、眠りの浅いまま朝を迎えることが多い気がします。

 ストレスということではないのですが、やることが多すぎる。その上、昼間は坂本に行っているので、実際にすることが出来ません。だから、余計に考えるのでしょうね。必要な事務作業は、執事さんがしっかりやってくれているので安心です。

 今日は午前も午後も内部の会議。任期が終わるまであと65日。宿舎の引っ越しなどの話も出始めました。

 夕方、京都に戻る時、対向車がずいぶん濡れていました。真如堂に帰っても、地面が濡れていました。気象データーを見ると、17時までの1時間に18ミリの雨が降ったようで、雷鳴も轟いていたようです。いい雨でしたね。

  
〜 夕方5時半頃の空 〜

2024年9月10日(火) 


出勤前の剪定
 9時に住職就任関係の書類に署名捺印を貰いに行くまで時間があるので、気になっていた藤の蔓の剪定をしました。藤棚の藤の蔓は延び放題、暴れ放題で、見苦しいこと極まりない状態になっていました。

 普通の高枝切りでは追いつかないので、電動式の高枝バリカンを使って、伸びている部分を手当たり次第切りました。近くにある木に巻き付いたりしている枝もあって、大変でした。またずっと上を向いての作業なので、首が凝りました。

 1時間半ほどかかって、何とか見苦しい状態は脱したかなぁ〜 途中で近所の人や知り合いの人に見つかりましたが、どういうふうに思われているかなぁ〜 まぁ、いいや。

 署名捺印を貰ってから一度寺に戻っていろいろな仕事をして、昼から坂本に出勤しました。

  
〜 原種藤袴の花 〜
2024年9月9日(月) 


ドタバタ
 ドタバタの一日でした。

 朝7時にお茶会の支度に次々と和服の女性などがお越しになり、忙しそうに台所でお湯を沸かしたりし始めました。その場所を通らないとボクの部屋に行けないので、何度も社中さんと顔を合わせました。

 そのうち近所の禅寺の師家が散歩の途中で立ち寄ってくださいました。先代から親しくさせていただいていて、日曜ならボクがいるだろうと来てくださったのです。あれやこれやと話をすること1時間以上。久しぶりにお目にかかれてよかったです。

 その後は元自坊と本坊を行ったり来たり。元自坊は今日法事が3座あって、新住職はバタバタしていました。気にはなりますが、「我関せず」と自室の荷物を整理したりで、昼になりました。

 本坊へ行って、自室を掃除。散乱していたものを片付けて掃除機を掛けたらサッパリしました。

 その後何をしていたか思い出せませんが、夕方になって茶会の人も撤収。それから新しく執事になってもらった人と打ち合わせをして、明朝ご挨拶に伺って署名捺印をいただくための書類作りをしました。どうにか間に合います。

 何をやっていたのかよくわからないような一日でした。

  
〜 瓔珞玉紫陽花 〜

2024年9月8日(日) 


フルコース
 朝一番に、元自坊の周りに除草剤を撒布。ついでに、境内にも撒きました。あまりやって、職員さんの仕事を取ってはいけないので、今日は10リットルだけ。

 その後、本堂や他の仏間をお勤めして回りました。仏間などにはセキュリティが掛かっていて、自分で外すことも可能なのですが、職員さんが来るまで待って、本坊付属建物の真如堂の歴代をまつったお堂、書院の仏間、三井家のお堂を拝み、急な所用を片付けてから本堂へ行きました。坂本の勤務が終わったら、これが毎日の日課になります。

 瓦屋さんが雨漏りを調べに来てくれました。以前は一緒に屋根に登ったのですが、今日は止めておいて、屋根の上と下で大声で話をしました。こういうことは喉にはよくありません。結局、原因を特定することはできませんでしたが、今度、雨が降ったら一部の天井をめくってみることになりました。

 昼食を食べて「メダカの学校」。今日から主催者は新しい住職になったので、進行はすべて譲り、今日のテーマである匂い袋造りに参加しました。たのしい一時でした。

 職員さんが帰る時間が迫っていたので本坊へ行き、今日の様子などを聞きました。今日は中国人が多かったようです。大河ドラマの影響などもあって、最近、拝観者が増えているようです。拝観コースの充実も急務です。

 夕食を食べて風呂に入ってから本坊へ。テレビのアンテナの延長線が来たので、テレビを定位置に据えてアンテナを繋ぎました。無線LANの中継器も電波をよく拾う位置を探して据え直しました。また汗だくになりました。

 何だかバラエティーに富んだ一日でした。

  
〜 逆方向から見た「随縁の庭」 〜
2024年9月7日(土) 


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