〜 苦沙彌のつれづれ雑記 〜

2019年1月21日(月)
お調べ
2019年1月20日(日)
アップルパイ
2019年1月19日(土)
「マキノ省三先生像」
2019年1月18日(金)
筋肉痛
2019年1月17日(木)
阪神淡路大震災の日
2019年1月16日(水)
切り詰め剪定
2019年1月15日(火)
ガクガク
2019年1月14日(月)
成人の日
2019年1月13日(日)
「楊枝のお加持」
2019年1月12日(土)
「都市鉱山から作る!みんなのメダルプロジェクト」
2019年1月11日(金)
あれやこれや
2019年1月10日(木)
「こわいもの」
2019年1月9日(水)
ルーツ探し続行
2019年1月8日(火)
墓石の修復
2019年1月7日(月)
昭和天皇御聖忌
2019年1月6日(日)
ボクの系譜
2019年1月5日(土)
車で年頭回礼
2019年1月4日(金)
年頭回礼
2019年1月3日(木)
正月3日
2019年1月2日(水)
正月2日
2019年1月1日(火)
元旦
2018年12月31日(月)
平成最後の大晦日
2018年12月30日(日)
講師探し
2018年12月29日(土)
今朝はポンプ屋
2018年12月28日(金)
供花作り
2018年12月27日(木)
「和尚さん(おっさん)レンタル」
2018年12月26日(水)
仏器磨き
2018年12月25日(火)
カーテンを洗う
2018年12月24日(月)
久々の木登り
2018年12月23日(日)
駅伝
2018年12月22日(土)
白菜のお漬物
お調べ
 横浜から来られた方の法事。3人の予定が、1人はインフルエンザで来られなくなったそうです。ここ1週間で、「インフルエンザに罹って」という話を何度聞いたでしょう。何だか爆発的に流行している感じがします。

 そのご先祖は、もともと京都におられた方で、祖父母の時代に東京に引っ越されたようです。寺の過去帳にも前の方に載っていて、古くからの檀家だということがわかります。

 読経を終えて、先祖のルーツの話になり、「おたくは江戸時代はおそらく武家か公家系統ではないですか?」「いやぁ、公家というのはないですよ」などという会話をした後、気になったので、過去帳を見たりして調べてみました。

 やはり、「地下家」と呼ばれる昇殿が許されない廷臣の家格で、江戸時代には約460余家あったうちの1家でした。「右近将監」「左近将監」という右近衛府の第三等官で、宮中の警固や行幸時の護衛の現場指揮官を世襲する家でした。明治以降は、多くが士族となったようで、その頃に東京に引っ越されたようです。

 全然興味がなかったので、何も聞いていないと仰っていました。ボクと同じです。

 調べに熱中していたら、午後からの東山のお寺の大般若に遅れそうになって、急いで出かけました。

 帰ってまた調べを再開。こういう家柄はいろいろな資料があって、調べれば調べるほどわかってきます。

 ネットで検索したら、近衛府に勤めた家がどれだけあって、どんな暮らしをしていたかなどという論文が出てきました。もちろんそこには今日法事をされたお家のことも出てきました。また、長屋に住んでいた、同居、部屋住みといった居住形態も載っていて、その中の記述で、今まで古いお墓があり、今日の法事の家とは親類としかわからなかった家が、ある当主の父親の実家だということもわかりました。これは寺にとっては大発見!

 最近は、どこをどう責めていけば、ひょっとしたら何かわかるかも・・・というのが少し見えるようになってきました。

 これ以上深入りすると切りがなくなるので、今日調べたことをまとめて、檀家の方に郵送する手はずを整えました。

 他にやらなければいけないことはたくさんあるのに・・・まぁ、いいかな。

〜 今日のアリバイ写真 〜
2019年1月21日(月) 


アップルパイ
 午後の法事が、参列するご家族の数名がインフルエンザに罹ったということで、来月に延期になりました。

 午前中の法事の人が仕出し弁当を取って召し上がっておられますが、特に用事はなさそうなので、アップルパイを作ることにしました。

 御供をしたお下がりの林檎がゆっくりと悪くなっています。冬だからまだ長持ちしているものの、夏ならとうにアウトです。アップルパイを作ろうと思って、パイ生地のシートを買ってきておきました。

 レシピは適当。2度と同じものは出来ません。カットした林檎に、やはりお下がりのグレープフルーツの絞り汁とシナモン、砂糖を入れて、歯触りが残る程度に少し加熱しました。

 柔らかくなった林檎を、解凍したパイ生地に何層かに並べ、上からパイ生地を被せて上下の生地をフォークで押して接着。卵の時汁を刷毛で塗って、予熱してあるオーブンに入れました。

 入れてしばらくして、「あっ! しまった」と気づきました。上から被せたパイシートに切れ込みを入れるのを忘れました。ちょっと引き出して切り込みを入れようとしましたが、生地が引き攣れるだけでダメ。見栄えを大きく左右する切れ目だけに、ちょっと残念。180度で20分ほど加熱。

 焼いている間に、林檎ジャム作り。これは皮を剥いてカットした林檎を、同じように加熱するだけなので簡単。歯触りが残るようにして、毎朝、ヨーグルトに入れて食べます。
 そのうちアップルパイが完成! 3時のおやつに熱々のパイを食べ、紅茶を飲みました。味はまぁまぁ、いえ適当にやったにしては上出来でした。

〜 ちょっと焦げた大きめのアップルパイ。わさびは大きさの目安 〜
2019年1月20日(日) 


「マキノ省三先生像」
 今日も冬晴れのいい天気!

 法事が2座あり、2座目はご自宅で勤めさせていただきました。真如堂に墓地のある方はほぼ自坊でされますが、霊園などにある方はご自宅で勤めて、場合によってはお墓に行くというのが多いです。

 妙心寺近くのご自宅で法要を営み、等持院の霊園に墓回向に伺いました。

 車を駐めてふと見ると、背の高い銅像が青空に向かって突っ立っていました。今まで3度ほどこの場所に来ていますが、まったく気が付きませんでした。

 逆光気味の中を目を凝らして見ると、銅像の下のプレートには「マキノ・・・」という文字が記されているような・・・。

 墓回向を済ませ、ご家族に「どうぞ、先に行ってくださいと」と何度か言って帰ってもらい、銅像を見に行きました。

 やはり、「マキノ省三先生像」と書いてありました。「へぇ〜、牧野省三のお墓があるのかなぁ」と、帰って調べて見ると、等持院の中には1921年にマキノ省三が作った撮影所があり、1933年まで改称を重ねながら存続していました。

 当初は、等持院山門をくぐった参道の西側に、ステージ1棟、倉庫、俳優部屋、事務所があり、その後ダーク・ステージ4棟、オープン・ステージ2棟へと成長。阪東妻三郎などの時代劇スターが誕生したそうです。現在、撮影所跡地には民家が立ち並び、等持院墓地の南西隅に「マキノ省三先生像」が、立っているのでした。
 また、ここには省三をはじめ、息子のマキノ雅弘など、映画一家だった家族の遺骨が納められているそうです。

 1923年の関東大震災以降、多くの撮影所が東京から京都に移転し、京都は映画製作の一大拠点となったそうです。社寺などのロケ地に恵まれていたので、昭和のトーキー時代になると、時代劇をはじめ数々の傑作が生み出され、黄金期を迎えました。

 真如堂のすぐ近くにも撮影所があったと聞きます。プロダクションが作った撮影所が林立し、それが次第に東映、松竹、大映などに統合されていったのでしょう。
 本格的な劇映画は、1908年に マキノ省三が真如堂で撮影した時代劇『本能寺合戦』で、それから100年を記念して、2008年には「京都映画誕生の碑」が境内に建てられました。

 2月の「メダカの学校」は、そんな映画ゆかりの地をスケッチして回られた方のお話。何だかワクワクしてきました。

〜 等持院に立つ「マキノ省三先生像」 〜
2019年1月19日(土) 


筋肉痛
 金木犀の剪定の続き。

 無理な姿勢で剪定をしているので、余計な力が入ったりしていて、足や腰が筋肉痛。それでも、やり始めると痛みなどは吹っ飛んでしまい、鋏の先に神経を集中できます。読経をしている時よりも、‘三昧’の境地に入っているかも知れません。

 金木犀の枝には、小さな芽のようなものが付いています。もう、萌芽の準備を進めているのですね。

 剪定終わって、見た目がかなりサッパリしました。これからが一番寒い時期。木が風邪を引きませんように・・・もうちょっと待っていればよかったかな。

 今日は青空が時々広がって、気持ちのいい冬日でした。

〜 冬晴れの境内 〜
2019年1月18日(金) 


阪神淡路大震災の日
 阪神淡路大震災の日。

 地震が起きて5日後に現地に入り、その後も10回以上炊き出しなどに伺ったので、いろいろな思いが湧いてきました。

 芦屋で建物の下敷きになって亡くなった方の祥月命日の法要を勤めさせていただきました。突然の予期せぬ出来事。悲しみは想像するに余りあります。すべての犠牲者の回向もさせていただきました。


 ‘植木屋’に火が点いてしまい、今日は金木犀の剪定をしました。

 大きくなり過ぎた金木犀を一回り小さくしたいのですが、あまり強く剪定すると枯れ込む恐れがあるので、何回かに分けて徐々にダウンサイズしていくことにしました。

 足場が悪く、また結構大きい木なので、今日やり終えることは出来ず、続きはまた明日。ますます筋肉痛がひどくなってきました。鍛えなきゃ!

〜 葉陰にあった土蜂の巣 〜
2019年1月17日(木) 


切り詰め剪定
 久々に‘植木屋’をしました。

 夏の間に茂った樫の木の切り詰め剪定。樫の木は真冬に剪定しない方がいいようですが、冬は毛虫などもいないので、安心して木に登ったりできます。今日は脚立に乗って、太枝切り用の高枝鋏で剪定をしました。

 切った枝は相当の量になりましたが、ここでまた剪定枝粉砕機の出番です。3〜4センチぐらいまでの枝なら粉砕してくれるので、大助かり。
 「こんなもの、役に立つのかなぁ〜」とさんざん迷って買いましたが、予想を遥かに超える働きぶりで、たくさんあった枝葉を短時間で粉砕してくれました。粉砕屑はとりあえず山積みにして腐らせ、そのうち畑に漉き込みます。

 動いていると、じんわり汗ばみます。寒い時こそ、外作業をして温まるのがいいですねぇ。

〜 前庭の水仙 〜
2019年1月16日(水) 


ガクガク
 今日は、股関節がガクガク。13日の疲れがまともに出てきました。

 13日にご一緒した老僧が、「私は遅れて疲労が出てくるので・・・」と仰っていましたが、ボクも右に倣えです。僧階順に座っても、最近はかなり上に座らなければなりません。そんなに歳を取ったのかなぁ・・・。

 今日は久々に月参りが集中し、泉涌寺〜墨染〜宇治辺りを拝んで回りました。

 20〜30年前は、月参りに百軒以上に伺っていましたが、今では半分以下に減りました。高齢化が最大の原因です。お墓も空き地が目立ってきました。こちらは少子化で墓地の継承者がなくなってきたことが原因です。これからの日本はどうなっていくのでしょう? お寺も潰れていくでしょうねぇ。

 午後はちょっとダラダラしてしまいました。

 近くのスーパーのチラシに、白菜が安売りしていると載っていたので、ひとっ走り買いに行きました。

 白菜の漬物が毎日食べて減ってきたので、追加して漬けます。
2019年1月15日(火) 


成人の日
 今日も快晴! 成人式へ行く人には最高のお天気です。

 自坊の門のところで何やら声がすると思って見に行くと、檀家の方が写真を撮っておられました。おじいさんとお母さんと振り袖を着た娘さんの3人連れ。
 成人式が終わったことをご先祖に報告しにお墓に行くところで、その前に記念写真を撮ろうと来られたそうです。その娘さんは赤ちゃんの頃から知っているので、感慨無量です。

 庭の扉を開け、灯ろうの前で、弟子がスマホで写真を撮ってあげました。

 晴れやかでいいですねぇ〜 お墓参りをされることも、自坊で記念写真を撮られることもうれしい限りです。

 着慣れない振り袖、履き慣れない草履で、足元がおぼつかない様子でしたが、ちゃんと転けずにお墓まで行かれたでしょうか? 

 月参りに伺ったお宅のお孫さんも成人式。お母さんの振り袖を着られたそうです。自坊に来られた方もそうでした。今年は、「はれのひ(harenohi)事件」の影響もあって、そういう方が多いようです。家族の歴史を繋ぐようで、それがいいのではないでしょうか。

 今日の法事は30人が参列されました。近年では滅多にない人数なので、襖を外したり模様替えをして、勤めさせていただきました。

 昨日の疲れが出て、夕方からぐったり気味。あんなことぐらいで疲れが出ているようではあかんなぁ〜

〜 前庭の紅梅 〜
2019年1月14日(月) 


「楊枝のお加持」
 今日は三十三間堂で「楊枝(やなぎ)のお加持」に出仕させていただきました。

 「楊枝(やなぎ)のお加持はインド伝来の修法で、平安時代からの伝統を持つという三十三間堂最重要の法要です。儀式では聖樹とされる『楊枝・やなぎ』で、観音様に祈願した法水を参拝者に注いで、無病息災を願うもので、特に頭痛に効くと伝えられます」

 また、お堂の横では、「通し矢」が行われています。
 「通し矢」は江戸時代の「通し矢」にちなむ大会で、全国から約二千人が参加し、楊枝のお加持と同日に行われます。特に新成人の晴れ着姿での競技は、正月ならでは華やかさがあり、京都の冬の風物詩のひとつで、終日賑わいをみせます。

 「楊枝のお加持」に出仕させていただくのは、これで3年目。それまでは先代が出仕していました。

 あさ9時から4時まで、1時間交代で、柳の枝での御加持や、御札加持のお勤めをします。去年からは導師役を仰せつかり、厳粛な気持ちで勤めさせていただきました。

 お天気もよく、寒さも少し緩んだこともあって、今日の参拝者は1万2千7百余名と、去年よりも2千人ほど多かったです。

 御札加持の法要は大きな御本尊に向かってお勤めしますが、柳の枝での御加持は楊柳の枝で法水を参拝者ひとり一人の頭に注ぎます。堂内には「立ち止まらないで、頭を下げてお進みください」という注意喚起の声が繰り返されるほどの混雑と長蛇の列。法水を受けられる方の頭の形も様々で、タイミングが合わなかったりと、ひとり一人に法水を注ぐのもなかなか大変。足を踏ん張って、腰にも力が入っていたので、明日はたぶん筋肉痛です。

 有り難い法要の一端を無事を勤めさせていただくことが出来て、ホッとしました。

〜 「楊枝(やなぎ)のお加持」と「投し矢」(三十三間堂のHPより) 〜
2019年1月13日(日) 


「都市鉱山から作る!みんなのメダルプロジェクト」
 テレビで、東京オリンピックのメダルを作るプロジェクトで、パソコンを宅配で無料回収してくれるというのを知りました。

 金・銀・銅メダルを全国各地から集めたリサイクル金属で作るというのですが、携帯電話を集めているのは知っていましたが、パソコンや小型家電まで回収しているとは知りませんでした。

 正直なところ、オリンピックにはあまり興味はありません。自分の提供したものが、それに役立つことにも、それほどの意味は感じません。ただただ、「へぇ〜、パソコンも回収してもらえるのか」という一点。

 自坊には3年ほど前に買い換えて使わなくなった大きなデスクトップ機が1台あります。少し古いので、もう部品取りにも使えません。リサイクルマークが付いているので、メーカーの無償回収の対象ですが、「ひょっとしたら、何かの役に立つかも知れない」と、今まで押し入れにしまってありました。

 古い携帯電話や壊れたデジカメもたくさんあります。そういうのを一括して無償回収してくれるというのですから、これは大助かり。ネットで申し込んで、明日、取りに来てくれることになりました。

 さぁ、それからが大変。取りあえず、ハードディスクを金槌でたたき壊してデーターを破棄(これもやってくれるのですが)。大きなデスクトップ機なので、入るような段ボール箱がありません。箱を自作して、パソコンと携帯、カメラをゴロゴロと入れて封をし、紐を掛けました。明日、宅配業者が回収に来てくれます。

 「いつかは処分しなきゃ」と思っていたパソコンが、一気呵成に片付いてよかったです。他にも、いろいろ断捨離しようっと。

〜 今日のメダカの学校 満員御礼 〜
2019年1月12日(土) 


あれやこれや
 今日は、法事も月参りの、その他の用事もない‘休日’。でも、今までの経験から、こういう日はまとまったことは何も出来ないもの。その予感通り、「何してたかなぁ・・・」といううちに終わってしまいました。

 今日は、「今日の散歩道」の更新日。午前中に写真を撮りに境内を1周。もう馬酔木が咲いていました! 水仙は満開。雪が降ると倒れてしまうので、降らないことを願います。


 一番時間を取ったのは、明日の「メダカの学校」の準備でした。

 最近はプロジェクターをつ使われる講師が多く、明日はノートパソコンも用意して欲しいと連絡がありました。データーがメールに添付されてきたので、上手く表示されるかテストをしようとしましたが、ケーブルの先に付けるアダプタが見つかりません。アダプタだけ別に片付けることはないはずなのですが・・・たぶん、弟子が片づけたのでしょう。

 それを探すのに、1時間ほど掛かりました。なかなか出て来ないので、電気屋に買いに行くしかないと諦めかけていた時に、別室の棚の上にポツンと置いてあるのが見つかりました。ったくもう!

 無事に試写が出来たので、講師の方に準備完了のメールを送りました。


 僧侶の系譜の‘ルーツ探し’も少し進みました。

 3代前の師僧がいた千葉県の宗派支所から、「僧籍簿」が現存しないという連絡がありました。わずか100年ほど前の僧籍簿が残っていないのかと落胆しましたが、もう一か八か、その寺に電話をしてみました。

 すると、その方から遡ること3代は、みな「純」の字が名前に付いていました。そこの住職は、自分の寺は近くにある大きな寺の下寺で、住職がそちらから来ていることが多いので、そちらに確かめてみたほうがいいとアドバイスしてくださいました。

 お聞きしたその本寺は、何らかの親戚関係にあると聞いていたお寺でした。改めて先々代の記録を調べたところ、先々代はその寺の住職から得度を受けていました。
 先代が千葉出身なので、その寺とはそちらの繋がりとばかり思っていましたが、違う系統の関わり、「純」の字系統だったのかも知れません。

 いやぁー、短期間で、あれよあれよということがいっぱい出てきました。先代に聞いておけば、こんなに苦労しなくて済んだのですが・・・。

 姓や僧名のルーツ探しは、まだまだ続きます。

〜 咲き誇る水仙 〜
2019年1月11日(金) 


「こわいもの」
 寺での法事の後、大阪での葬儀へ。時間的にはたっぷり余裕がありましたが、道中で何が起きるかわからないので早く出かけ、1時間前には着きました。

 京都と大阪は隣同士ですが、葬儀に対する考え方や進め方が少し違います。少し離れた神戸とは似ています。京都人と神戸人は、大阪人と同じ「関西人」にされることを嫌うと言われることがありますが・・・。

 故人は97歳。3日にインフルエンザを発症されて、そのまま肺炎になって亡くなりました。お目に掛かった時には海軍の話をされることが多く、今日も棺には旭日旗が掛けられていました。

 帰りは7時頃になりましたが、最近、夜に車に乗るのが恐くなってきました。いろいろな感覚が鈍ってきているのでしょうね。

 80歳代くらいの方が運転して、アクセルの踏み間違いや高速道路の逆走などの事故がよくあります。それぞれに運転しなければいけない事情があるのでしょうが、ボクはあと10年もしないうちに免許を返上しようと思います。自信がありません。

 それに、10年ほど前の、ボク以外の3人が重症だった‘もらい事故’のことが、何かの拍子にトラウマとなって蘇ります。もっともっと大きな災害や事故に遭われた方が、その時のことが「わすれられない」と仰るのは、決して誇張ではないでしょう。

 「こわいもの」があるというのは、見方によってはいいものです。昔は、「地震、雷、火事、オヤジ」などという言い方もありましたが、「こわいもの」があったほうが謙虚になれて、図に乗らなくて済みます。自分を守ることにもなるでしょう。

 帰り着いてほっこりして、久しぶりにビールを飲みました。

〜 墓地から見た朝の西山。所々に台風の爪痕のブルーシートが見えます 〜
2019年1月10日(木) 


ルーツ探し続行
 早朝、傘が必要なくらい雪が降りました。午後からは天気が回復する予報でしたが、雪がちらついたり、灰色の雲間から青空が見えたりの繰り返し。今の季節らしい空模様の1日でした。

 知多半島に祖父の本籍地があったことがわかり調べてみましたが、住所表示が変わってしまって、大ざっぱなことしかわかりませんでした。

 一昨日、その付近の郷土史について発信しているホームページを探して、その旧住所が現在のどのあたりになるのか、一か八か尋ねてみました。返事がなくても仕方ないと思っていましたが、今朝、とても懇切丁寧な返事をいただきました。

 その返事には、昔の地図や該当の住所が現在のどのあたりに当たるのかという地図など、複数の図像が添付されていました。これはもう大助かり!

 海が近いので、埋め立てが進んで地形が大きく変わり、道路も昔のままではありませんでした。でも、お寺や神社などの、敷地が小さくなったものの動かないものが目印となりました。
 また、返事の中には、昔の住所が今の地番のどこになるのか、詳細に書いてありましたので、GoogleMapで探し当てることが出来ました。

 残念ながら、そこには既に家はなく、空き地になっていました。近い番地の家の電話番号などもわかったので、また一か八か電話をして尋ねてみようと思っています。

 僧侶としての系譜は、宗派に問い合わせても、古くて記録が残っていませんでした。ある程度遡って電子処理をしたようですが、それより前の古い記録は、倉庫をひっくり返さないと出て来ないのでしょう。寺の所在地の宗派支所になら残っているかも知れないというので、問い合わせ。こちらはまだ返事がありません。何かわかるといいなぁ〜。

〜 夕方、葵橋端から見た比叡山 〜
2019年1月9日(水) 


墓石の修復
 今日は寒さが弛むという予報でしたが、車のフロントガラスの表面は凍結していて、この冬初めて解氷スプレを使いました。

 檀家宅への月参りはお正月の影響でイレギュラーになっていますが、普段とはまた違った回り方をするのも愉快なもの。今日は祇園の歓楽街や白川南通の石畳を車で走りました。


 自坊に戻って、墓石の修理。先日から調べていた檀家のお墓の石がボロボロになっているのを、石材用ボンドで補修しました。2材を合わせるエポキシ樹脂系のボンドで、かなり強力でしっかり固まります。

 古い砂岩の墓石は経年劣化が著しく、特に冬は石に染み込んだ水が凍って崩壊が加速します。補修によって、崩壊のスピードが少しでも遅くなるといいのですが・・・。


 歴代の僧侶としての経歴の記録を取り寄せて、また新たなことがいろいろとわかりました。記録には、「どうして?」「へぇー、そうだったのか」のということがたくさん記されていました。

 もうちょっと調べてみます。すっかりハマってしまいました。

〜 崩れかけた墓石 〜
2019年1月8日(火) 


昭和天皇御聖忌
 今日は昭和天皇の御命日。東山の門跡寺での御法要に出仕させていただきました。

 1989年の今日で「昭和」が終わり、8日から「平成」が始まりました。平成も、もう31年目になるのですねぇ。4月1日に新元号が発表されるのに絡めて、当時の小渕官房長官が「平成」の額を持って新元号を発表している映像が、何度もテレビで流されていました。

 夜のテレビでも、今度の元号がどんなものになるのか、推測していました。4月まで、そういう番組が何度も作られるでしょうね。番組では、これまでの元号の略表示である「M」「T」「S」「H」と重ならないものになるだろうと言っていました。なるほど。


 昼過ぎから、車の車検の予備点検。所要時間1時間と聞いていたのに、結局1時間半以上かかりました。お陰で、本が1冊読めました。

 車検代、高いなぁ〜。バッテリーぐらいは自分で替えようっと。

〜 今日の法要の御斎 〜
2019年1月7日(月) 


ボクの系譜
 先日来、檀家の家系ばかり調べていましたが、「そういえば、自分の姓のルーツはどこなんだろう?」と思いました。

 父も祖父も祖母も、もとの姓は「竹内」ではなく、出身も父は千葉、祖父は群馬、祖母は丹後です。それ以前の住職は妻帯をせず、弟子から弟子へと繋いでいるので、皆、苗字が違います。

 そんな具合なので、調べてもよくわからないと思っていましたし、あまり興味もなかったので、調べようと思ったことは一度もありませんでした。

 ボクの苗字「竹内」は、若くして亡くなった祖父の先妻の姓がルーツのようで、愛知県知多郡の出身だと思われます。「竹内」姓は愛知県に多い苗字のようです。

 当時他所で住職となっていた祖父が、姓を変えて婿養子になって、「竹内」を嗣いでいます。どんな事情があったのでしょう? そうまでして継承すべき家名だったのでしょうか?

 祖父と先妻の間に生まれた子は早世していますので、ボクは「竹内」を嗣いでいますが血縁関係はなく、ルーツの竹内家一族との付き合いは今はまったくありません。もう調べなくてもいいかな・・・。


 「姓」のことはさておき、それよりも、ボクが嗣いでいる僧侶の名前に付く「純」のルーツのほうが気になります。

 「純」が付くのはは祖父の系譜です。父は「長」が付く系統です。祖父は寺の生まれではなく、どうして僧侶になったのかはわかりません。

 仏間には、千葉県夷隅郡御宿の寺の「純明」という住職の位牌がまつってあります。両脇には祖父の実父母の戒名が一緒に彫ってあります。おそらくはこの方が師匠でしょう。僧侶としての経歴の記録が宗派に残っていると思うので、取り寄せてみようと思います。

 調べているうちにいろいろな手紙も出てきましたが、巻紙に毛筆で書いてあったりして、よく読めません。なかなか前途多難です。

〜 すっかりなくなった千両の実 〜
2019年1月6日(日) 


車で年頭回礼
 今日は車で年頭回礼。今日は40軒ほどでした。時間の約束などをしていないので、お出かけのお家もありました。

 インターホンがなかったり、「故障中」と張り紙してあるお家は、戸を叩いたり、大声で呼んだりしたのですが、反応なし。帰ろうとすると、後ろから追いかけて来られたり・・・。郵便受のないお家は、戸や窓の隙間から護符を入れたりしました。

 今日は寒さも少しマシ。でも、時折細かい雨が降ることもありました。

 5時間ほど回って、帰って墓参の方の応対をしました。

〜 鐘楼周りの水仙 〜
2019年1月5日(土) 


年頭回礼
 今日から3日間、護符を持って檀家のお家を年頭のご挨拶に伺う「年頭回礼」。今日は寺の近くを50軒余回りました。

 道の狭いところが多いのでバイクで回ったのですが、お天気もよく、陽光も差してくれたので、寒さもちょっとマシでした。助かりました。

 最近は回礼に回るお寺も少なくなりました。たくさんの方が元旦にお参りになりますが、3日に護符の御加持をするので、それ以後でないとお渡しできません。直接お家を訪ねてご挨拶するのに意味があるので、ボクの代は続けるつもりです。

 途中で昼食を食べに帰った時に、「今日の散歩道」の写真を撮り、回り終えてから更新。先週と代わり映えしませんが、綺麗な空の写真が撮れました。

 夜は、その護符の発送作業。7日頃にならないと、ゆっくりは出来ませんねぇ。

〜 快晴の境内 〜
2019年1月4日(金) 


正月3日
 今日は墓参に来られる方がさらに減りました。それでも、不思議と来られる時が重なって、玄関に座りきれない時もありました。

 2時頃以後は結局誰も来られず。「お参りは元旦に」と思っておられる方が多いのですね。


 今日は初護摩。弟子が手伝いに行って、護符の御加持をして貰ってきました。さぁ、発送作業です。

 喪中の人宛には添え状を変えたり、お送りするものが少し違う人もあったりして、作業は複雑ですが、全部準備が出来ているので順調に進みました。でも、夕方までには終わらず、正月から夜なべするのもどうかと思って、明日にすることにしました。

 今年も例年と同じ正月模様です。

〜 境内の野に落ちていたぬいぐるみ。カラスの仕業かな? 〜
2019年1月3日(木) 


正月2日
 例年、正月2日はスロースタート。元旦に初詣や新年のご挨拶などに行って、2日は朝もゆっくりなのでしょう。準備万端整えていても、ちょっと拍子抜けです。

 10時頃になって、一気にお参りの方が来られて、一時は玄関も‘満員’。でも、引きも早くて、2時頃にはまた閑散としました。お越しになった件数は元旦の半分以下でした。

 穏やかなお天気で、今朝は氷も張っていませんでした。色とりどりのお花で、お墓も賑やかになってきました。お参りのないお墓はさみしそう・・・。

〜 青空に塔と百日紅の枝 〜
2019年1月2日(水) 


元旦
 新しい歳が始まりました。

 6時から本堂で修正会。冷え込む中、1時間余のお勤めをして、歴代貫主の位牌が祀られた本坊の仏間でお勤め。その後、拝賀式をして、8時過ぎに自坊に戻りました。

 昨年、先代が亡くなったので、今日はお屠蘇もお節もナシ。ちょっとぐらいは正月らしく、お雑煮を食べました。

 その前から、年頭の墓参をする方がお越しになっていて、食事もじっと座ってはいられません。それからしばらくしたら、もう引っ切りなし。

 三箇日はお抹茶と和菓子で御接待することにしているのですが、二百数十個の生菓子がなくなっていました。お抹茶をたてる裏方も大変です。
 お正月は、家族・親族一緒にお参りになるお家が多く、1団体十数人ということもあります。玄関は人波が引いては寄せの繰り返し。大勢のお家は、座敷に上がってもらったりしました。

 最後の方が来られたのは4時半頃。やっと一段落でした。

 例年なら、「新年おめでとうございます」というご挨拶も、ほとんどの檀家の方は仰らず、こちらも「本年もよろしくお願い致します」としか言わないのですが、心配したよりは自然な流れでした。

 夕べの寝不足もあり、9時前には床に就きました。立ったり座ったりの繰り返しで、膝も腰もガタガタです。

〜 松竹梅の供えられたお墓 〜
2019年1月1日(火) 


平成最後の大晦日
 早朝、遠方の檀家の方のお墓に、松竹梅の供花と年始の水塔婆をあげ、回向して回りました。
 昨日・一昨日は、お墓の水鉢や花立が凍っていましたが、今日は寒さも少し弛んで氷は張っていませんでした。助かりました。

 その後は墓参に来られた方の応対や元旦に来られる方の準備などで、あっという間に夜。紅白を見でもなく、いつも通り自室でデスクワーク。いつもと違うのは、除夜の鐘を撞きに行くこと。11時45分から撞き始めて、1時過ぎには終わりました。

 今年の大晦日は少し冷え込んではいましたが、風もなく、穏やかなお天気で、長い間鐘楼にいても楽でした。

 ボクは専ら写真係。ほとんどがスマホでしたが、ボクも11月にスマホになったので、多少は扱いにも慣れました。ただ、機種によって、ディスプレイの見やすさ、シャッターを押してからのタイムラグなどがかなり違い、ちゃんと撮れたかどうかはわかりません。うまく写っていなかったらスミマセン。

 齢を重ねるに連れて、感動が薄れます。かつては、除夜の鐘やお正月というと、もっと新鮮な気持ちになったのになぁ〜

 ともあれ、今年も終わり。さぁ、修正会に備えて、少しでも寝ないと・・・。

〜 除夜の鐘風景 〜
2018年12月31日(月) 


講師探し
 朝イチ、ポンプの調子を見に行ったら、やはりよくありません。思っていた改善策を講じて、これでダメならもう打つ手はありません。どうせ年末年始は業者さんもお休みなので、上手くっていなくてもこのまま乗り切るしかありません。水が出なくなるわけではありませんので。

 今日は墓参の方が引っ切りなしでした。「今日だったら空いているかと思ってきたのですが・・・」と残念がっている方もおられました。


 毎月、「メダカの学校」という写経と講演の会を催していますが、23年もやっていると講師探しも尽きてきます。
 僧侶の話とそれ以外の分野の方とを交代でお願いしていて、僧侶は10人ほどの方々を順繰りにお願いしています。それ以外の方は、どなたかにご紹介いただいたり、自力で探してきたりですが、12月と2月はまったくのパイプのない方に直接お願いしました。

 12月の講師は、ボクが持っていた京都に関する本の著者でした。2月の講師は、真如堂のスケッチを本の表紙に使っておられたスケッチエッセイストにお願いすることが決まりました。

 「真如堂のそばで生まれ育った著者・大森。東映のチャンバラ映画全盛期だった時代、そこは映画のロケ地として多くの名優が訪れた。チャンバラ映画に夢中だった子供時代を回想しながら、日本映画発祥の地である京都の史跡を訪れるスケッチエッセイ」という本の紹介文がネット検索に引っ掛かり、「お願いしよう!」と出版社を介して直接依頼状を出しました。
 先方からご丁寧なお手紙を頂戴し、すぐに電話をさせていただいて引き受けていただくことができました。

 大森俊次さんは、20歳まで真如堂の近くに住んでおられて、子供の頃は吉田山や真如堂、黒谷でよく遊ばれたそうです。また、当時は頻繁に行われていたチャンバラの撮影をよく見に来られたそうです。

 いろいろお話ししているうちに、11年前に境内に建てられた「京都映画誕生の碑」の除幕式で同席していることがわかりました。同碑は、日本の本格的な劇映画『本能寺合戦』が、1908(明治41)年、マキノ省三によって真如堂で撮影されてから100年経つのを記念して建てられたものでした。

 現在は、時代劇自体がほとんどなくなりましたし、撮影クルーが事前の約束を守らなかったり、建物などに被害を及ぼすなど、撮影時のトラブルが絶えないため、映画などの撮影は原則お断りしています。ボク自身も、撮影スタッフやこの碑の関係者に対して、何回も抗議をしたことがあります。
 でも、僕の子供の頃はチャンバラの撮影は頻繁に行われ、往年のスターたちもよく来ておられました。実に大らかでしたし、映画そのものに対する憧れや珍しさがあった時代でした。

 いろいろな思い出話をして、「ぜひそんなお話を!」というお願いを快く聞いてくださいました。2月が楽しみです。

 2月までに講師は無事に決まり、今年中にしなければいけない段取りが付きました。はぁ、よかった〜。年が明けたら、3月以降を決めていかないと・・。

〜 真如堂が描かれた『京都シネマスケッチ紀行: 中島貞夫監督と歩く』の表紙 〜
2018年12月30日(日) 


今朝はポンプ屋
 墓地のポンプがまた止まらなくなってしまいました。理由はわかりません。寒くなって、水の圧力などが変わったのでしょうか?

 もう調整ではどうにもならず、部品を替えたら、ひょっとしたら直るかも・・・そう墓地管理人に伝えたら、「何とかやってみてもらえませんか」と依頼されました。「直る保証はないですよ」と念を押して、3千円ほどの圧力センサーを発注。水を使わない朝イチから、交換作業をしました。

 やっぱりダメでした。

 あと出来ることは・・・とネットをあちこち検索して、圧力タンクの水抜きというのをやってみました。んー、何とも言えません。

 墓参の方が来られるような時間になってきたので、今日の作業はここでオシマイ。またネットで調べて、明日の早朝の対処になります。


 11時から忌明納骨の法要。50歳の女性でした。遺されたお母さんが痛々しかったですが、東京におられるご子息がお正月過ぎまでは帰省されるそうです。辛く悲しいお正月をお迎えになるでしょう。

 1年、いろいろなことがありました。悲喜こもごもです。

 夕方、薄暗くなった頃に買い物から帰って来ると、外灯の光の色が変わっていました。

 「あっ、来てくれたんだ!」と思って近くを見ると、見慣れた軽トラックが駐まっていました。檀家の電気屋さんが、外灯の交換に来てくれたのです。

 電気屋さんに外灯の交換を頼んだのは8月。元来、エンジンが掛かりにくい電気屋さんなので、時間が掛かるとは思っていましたが、12月になるとは・・・。年内に直ってよかったぁ。

 「これ、お布施にしておきます!」と言って帰って行かれました。佳いお年を!

〜 朝のうっすら雪景色 〜
2018年12月29日(土) 


供花作り
 朝、境内に笹を採りに行き、これで松・竹・梅と真っ赤な南天の実のすべてが揃いました。これで、遠方にお住まいの檀家の方のお墓へ供えるお正月の供花が作れます。

 朝から雪がちらつく寒い日。作業をするのは吹き曝しの屋外です。「どうしようかなぁ・・・明日にしようかなぁ」と思いましたが、明日も寒そうですし、今日材料を合わせて供花に仕立てることにしました。

 まずは、それぞれの素材の下ごしらえ。後は、松・竹・梅・南天を格好良く合わせて取りまとめ、ゴムバンドで括っていきます。

 調子が出てきたところで、弟子と交代。まぁ、そろそろ覚えて貰わないと・・・。お昼頃には終わりました。

 午後からは、「今日の散歩道」の最後の更新。境内はすっかり冬景色となって、地味な写真ばかりとなりました。

 例年、最後の更新の時には、お正月に差し上げる護符の申し込み欄を設けます。今年も先着30名に護符をお送りします!

 例年なら、今日は餅つきをする日なのですが、6月に先代が亡くなった関係で、お正月関連行事はすべて差し控えることにしたので中止。餅つきが大好きな先代でしたので、したほうが喜んだかも知れません。

 夜になって、屋根が白くなってきました。明朝、積もらないことを願います。

〜 鐘楼周りの水仙 〜
2018年12月28日(金) 


「和尚さん(おっさん)レンタル」
 今日もあちこち掃除。年明けに護符を送るための宛名ラベルや添え状などの準備も始めました。今のところ、準備万端です。

 「おっさんレンタル」というのをテレビで見ました。調べてみると、

イケてると勘違いしているおっさんを1時間1000円からレンタルできるサービスです。
雑談から内緒話(笑)、パシりまで、あなたのニーズにお応えします。
商標登録 「おっさんレンタル」 ※類似サービスにはお気をつけください!
☆ホームページでお気に入りのおっさんを探し、カートに入れて、※お支払い方法を選択してください。
少しお待ち頂ければ、そのおっさんからメール連絡が入りお待ち合わせ日時、場所を決めます♪
「おっさんには、お客様のメールアドレス、お名前しか、伝えません!」

ということで、番組では30代の女性が‘おっさん’に仕事のことで相談に乗ってもらっていました。

 ‘おっさん’登録するには、月1万円が必要で、「スケベ」「汚い」「お説教臭い」の3点に当てはまらない人しか登録できないようです。

 「そんなにまでしないと、話し相手がいないのかなぁ」というのが第一印象でした。

 「いや、待てよ・・・」と、ふと思いつきました。「和尚さん(おっさん)レンタル」というのはどうだろう? 人生のこと、終活のこと、お葬式やお墓のことについて、檀那寺に相談できない人や関係のあるお寺をもっていないという人の話し相手になるというのはどうかなぁ。檀那寺があっても、相談しにくいこともあるでしょう。1時間千円で、後腐れなくいろいろと話をするという選択肢があってもいいんじゃないかなぁ・・・

 いつもの超宗派の僧侶の会の新年会で「和尚さん(おっさん)レンタル」事業の提案をしてみようと思います。この会でいつも出てくるのは、湧いては消える泡沫のような話ばかりですが、これは現実性があるかも・・・。よーし!

 ただ、メンバーは、もうおっさんの域を通り越して、ジイサンになってしまっていますが・・・。

〜 綺麗な冬木立 〜
2018年12月27日(木) 


仏器磨き
 年末恒例の仏器磨きをしました。本当はもっと頻繁に磨くといいのですが、かなり手間が掛かるので、つい・・・。

 一番綺麗に磨けるのは、「ピカール」という研磨剤の入ったトロッとした金属磨きを付けて、擦ること。ただ、これは結構しんどいのです。

 「ピカール」よりも簡単なのが「テガール」。界面活性剤とクエン酸を配合した液体で、そこに付け置くだけ。お酢に10円玉を入れたら綺麗になるのと同じです。ただ、これだけでは汚れが残るので、金属磨きクロスで仕上げます。

 天台や真言など密教系の宗派は、手法に使う仏具が多いので、磨くのも大変。段々手が疲れてきて、終いには握力がなくなってきました。

 併せて、香炉の灰をふるいに掛けて、線香の燃えかすなども掃除しました。ふるいに掛けていると、だんだんと古い線香が姿を現してきて面白いです。

 檀家のお家の仏壇でも、線香が刺さらないほど、香炉が燃えかすだらけの場合があります。見かけも悪いですし、万が一、燃えかすに火が点いたら大変です。

 逆に、灰がフカフカで線香が立たないことがあります。掃除をした後の灰は空気を含んで体積が増え、そのまま元の香炉に戻すと溢れてしまいます。そのままではフカフカ過ぎるので、灰を抑えて空気を出し、また灰を入れます。元の灰をほぼそのまま戻さないと、ちゃんと線香がたたないのです。

 お仏壇にお参りして、この香炉の様子を見ると、そのお家がどれだけお仏壇の‘メンテナンス’をしておられるかがわかります。

 結局、午後はすべてこれに掛かりました。ん〜、手が疲れた・・・。

〜 磨き上がった仏器 〜
2018年12月26日(水) 


カーテンを洗う
 天気予報では、今日が今年最後の晴天だと言っているのを聞いて、「カーテンを洗おう!」と発起しました。以前から、仏間のカーテンの汚れが気になっていたのです。

 カーテンは、高さ180センチほど、幅は合わせると9メートルほどで、4枚に分かれています。洗うといっても洗濯機がやってくれますので、金具を外して放り込むだけ。洗濯機の水は、あっという間に黒ずみました。静電気でカーテンにくっついた埃が主なのでしょう。

 何とか干して、東山の門跡寺へ。

 今日は大正天皇の御聖忌。1926年12月25日、大正天皇が崩御され、昭和に改元されました。寒い中での法要でした。

 帰りに、先日からずいぶん活躍してくれている檀家の家系図をコピーするために、ネットで探した大判コピーができる店へ行きました。店舗に入ると、ざまざまな機械が20台以上ズラッと並んでいました。

 受付の無愛想な女性にA0判変形のコピーを取りたいと言うと、機械のところに案内してくれました。

 基本は自分で取るのですが、親切にやり方を説明してくれて、まずは取りあえず1枚コピー。機械はすごい早さで原稿を吸い込んで、コピー済みの紙をサッと出して来ました。上手くコピーできていたので、あと3枚追加。出てきた紙を片付ける前に、次の紙が出てくるというスピードでした。1枚450円。これなら「安い」!

 家系図に載っているお家の方がお正月に墓参に来られるので、それぞれに差し上げるつもりです。1枚はこちらでわかったことを追記するために使います。

 帰って、干していたカーテンを触れてみると、結構埃が立ちました。洗濯機が小さいので、折角取れた埃がまた生地に付いてしまったのでしょう。コインランドリーの大型機でやればよかったかなぁ・・・。夕方まで干して、相当パタパタ叩いて元通りに吊るしました。気のせいか、いや、確実に綺麗になったように思います。

 さて、明日は何しようかなぁ〜

〜 早朝、墓地から見た西の山と月 〜
2018年12月25日(火) 


久々の木登り
 お正月に遠方の檀家の方々のお墓に松竹梅のお花を供える準備を始めました。今日は先ず梅の枝の確保。

 梅の木は裸で登れるほどに剪定するのがいいと聞きますが、徒長枝が出たり短い枝が尖っていたりで、そんな綺麗な樹姿にはなりません。去年、思い切って剪定したので、今年は実も収穫できず、真っ直ぐ延びた枝が多くて不格好です。

 できるだけ枝振りを見ながら鏡花に使えるような枝を採りました。遠目にはわかりませんでしたが、梅も台風21号の被害を受けて、枝の付け根から引き裂かれたりしていました。

 久々の木登りなので、体が上手く動きません。へっぴり腰なのが自分でもわかりますが、落ちたら大変。そこそこ枝を採って地面に降り、安堵しました。

 松は明日、花屋さんから届きます。竹は隈笹が欲しいのですが、境内の笹で間に合わせます。南天も添えて形よくまとめて、お墓へ。今日は梅の採取だけです。


 先日、調子の悪かった電動のブロア、‘屋外用大型掃除機’をオーバーホールしました。エンジンブロアを買う前はメインの機械だったのですが、今は年に数回、吸引に使うだけ。使わないと機械は傷みます。

 カバーを取ってモーター部分を見ると、結構埃だらけでした。ゴミや埃を取って、回転部にグリスを付けて、もう一度カバーを取り付けるのに一苦労。配線などが挟まったりして、なかなかきちっと閉まりません。

 子供の頃から‘分解魔’でした。蓄音機を何台も壊したらしいですし、自分の記憶でも分解して元に戻らなかったものがいくつもあった覚えがあります。最近は‘見極め’が出来るようになったので、無理だと思うものは分解しません。

 擦った揉んだして、電動ブロアも元通りに直し、スイッチを入れました。実に滑らかな動作音。「直った!」というこの達成感! 使うのはまた1年後かも知れません。メンテを終えて、ゆっくりお休みください。

 さぁ、今年もあと1週間です。

〜 わずかに膨らんだ白梅の蕾 〜
2018年12月24日(月) 


駅伝
 今日は全国高校駅伝。午前中は女子、午後は男子が都大路を疾走しました。

 それに伴う交通規制に引っ掛からないように、月参り。駅伝は午後からだと思っていたのですが、「女子が午前中なので、30分ほど早く来ていただいては」と檀家の方からお電話をいただき助かりました。行き帰りに大勢のスタッフたちが準備をしているのが見えましたが、幸い、交通規制が始まる前に自坊に戻って来られました。

 これからは、何回か駅伝やマラソンが行われます。今やすっかり冬の京都の風物詩です。

 11時から法事の予定でしたが、参列者がお揃いにならず、始式が遅れました。駅伝の交通規制の影響かと思いましたが、単純な遅刻でした。今日は法事が1座だけだったのでよかったです。

 落ち葉の片付けも、大方は終わりました。最後の最後にもう一度ザァーッと掃除をして、今年の落ち葉掃除は終わりです。

〜 よく香ってきた水仙 〜
2018年12月23日(日) 


白菜のお漬物
 今日は冬至。「冬至冬中冬はじめ」。ここ数日、寒くない日が続きましたが、本格的な寒さはこれからです。

 朝イチ、柚子を収穫しました。‘本物’の柚子ではなく、少し小振りな花柚子です。忘れないように目に付くところに置いておいて、今夜のお風呂に浮かべました。

 昨日買った白菜を漬け込む作業をしました。量ってみたら8キロほどありました。取りあえずは第一弾です。

 しばらくお天気が良くないので、天日にさらす作業はカットして、即、柚子皮も入れて、薄塩で漬けしました。糠を一緒に入れると、置き場所が外気温と同じで寒いので、発酵するまでに時間が掛かりますし、糠は買いに行かないとありません。なんと準備の悪いこと・・・。

 法事を終えて、お米屋さんに糠を買いに行きました。いつもはお餅つきのお米と一緒に届けて貰うのですが、今年は餅つきもしないので、糠だけ届けて貰うのはあまりにも気の毒。お米を入れる大きな紙袋に半分入れて貰って、「おいくらですか?」と聞くと、「ん〜 200円頂いておきましょうかぁ」ということでした。

 糠を早くなれさせたいので、別の桶に入れて、鷹の爪、昆布、昆布茶などを適当に入れて少量の水でこねました。それをストーブの近くに置いて、しばらくは頻繁にかき混ぜて乳酸発酵しやすいようにするつもりです。

 白菜の水が上がって来たら、そこに糠を入れて、白菜の糠漬けとして再スタートという段取り。ボクが早く漬物を作りたいの思いで、思い付きの行き当たりばったりでやっている方法なので、伸るか反るかはまったくわかりません。

 冬の寒い時期の白菜の糠漬は、ボクにとっては欠かせない味です。美味しくなぁれ〜
 美味しくなぁれ〜

〜 収穫した花柚子 〜
2018年12月22日(土) 


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