〜 苦沙彌のつれづれ雑記 〜

2024年2月25日(日)
種を蒔く
2024年2月24日(土)
友の死
2024年2月23日(金)
忙しかったぁ
2024年2月22日(木)
222
2024年2月21日(水)
講師探し
2024年2月20日(火)
寒くないなぁ
2024年2月19日(月)
歌集作り
2024年2月18日(日)
封入作業
2024年2月17日(土)
人生いろいろ
2024年2月16日(金)
発送作業
2024年2月15日(木)
過去帳調べ
2024年2月14日(水)
ビックリ × 2
2024年2月13日(火)
天台宗の宗議会
2024年2月12日(月)
藤原詮子のご命日
2024年2月11日(日)
総代会
2024年2月10日(土)
春の足音
2024年2月9日(金)
W会議
2024年2月8日(木)
チラシ作り
2024年2月7日(水)
団体の案内
2024年2月6日(火)
繰り上げ「初午」
2024年2月5日(月)
冷たい雨
2024年2月4日(日)
久々の回転寿司
2024年2月3日(土)
純子さん
2024年2月2日(金)
節分会
2024年2月1日(木)
紅梅
2024年1月31日(水)
36年10ヶ月
2024年1月30日(火)
ソフトの載せ換え
2024年1月29日(月)
ポスターの原案作り
2024年1月28日(日)
法事3座
2024年1月27日(土)
真如堂開祖の972回忌
2024年1月26日(金)
雪景色
種を蒔く
 夕べの夜中からの雨が、小雨ながら、夜まで止みませんでした。吐く息が白く見えましたが、最低温度は4度。あたたかいのに慣れてきたので、4度でも真冬のように感じました。

 雨の具合を見ながら、畑にほうれん草、水菜、レタスの種を蒔きました。靴底に土がくっ付いて大変でしたが、今日一日の雨が蒔いた種の発芽には好都合です。

 その他の時間は、ちょっと片付けをしたぐらいで、大半の時間は塔婆書きに費やしました。肩凝ったなぁ〜

 今日は丸々お休みでしたが、休んだ気はぜんぜんしませんでした。

 
〜 咲き始めた玄海つつじ 〜
2024年2月25日(日) 


友の死
 今朝は季節が逆戻りしたように冷え込んでいました。京都の西の愛宕山は、頂上近くがうっすら白くなっていました。比叡山はどうだろうと見に行きましたが、こっちは白くなっていませんでした。

 朝、高校の1年後輩が急逝したという連絡が入りました。心不全だったようです。

 高校の寮で寝起きを共にし、最近ボクが坂本に通うようになってからは宗派の要職についていた彼とも月に2度ほどは会っていました。先週あった天台宗の議会では4日間毎日顔を合わせ、議論などもしました。宗派の運営については、ボクよりもずっと詳しかったです。

 先週会ったた時には、少し元気がないなぁと感じました。普段の彼はよく話し、動きもキビキビしていたのですが、先週は覇気もなく、「彼も歳を取ったのかなぁ」と思っていました。

 彼自身にとっても予期せぬ最期だったでしょう。何でもきっちりやる彼でしたから、死期がわかっていれば、いろいろなことを片付けてから最期を迎えたかったに違いありません。

 残念の一言です。

 
〜 朝の愛宕山 〜
2024年2月24日(土) 


忙しかったぁ
 今日は忙しかったぁ

 朝、月参りに行き、その後11時から法事。10時前からお越しになっていたようですが、揃ったのは11時過ぎ。途中で、1時からの法事の方が12時前にお越しになったようですが、お墓などを掃除しながら待っていただきました。

 双方のお参りの方が交錯しましたが、何とか1時には次の法事を始めることができました。参列者が28人と多かったので、いろいろ大変でした。

 大阪・堺でお通夜があるので、念のため3時半過ぎには自坊を出ました。京都市内が渋滞していて、高速に乗るまでに時間が掛かりましたが、高速は順調で5時過ぎには現地に到着。

 式場を下見しましたが、その場で「式場はどこですか?」と尋ねるほど奇妙な設えでした。最近は「何でもあり」なんだなぁと思いました。

 声は60%の出具合で、今日を何とか乗りきりました。

 
〜 もみじの芽 〜
2024年2月23日(金) 


222
 勤務先からの帰りに、ファミリーマートに立ち寄りました。今日は「222」で猫の日。それに因んだスイーツなどが出ているようなので、見に行きました。

 節分の恵方巻きにしろ、バレンタインにしろ、企業などが勝手にリンクづけてイベントにしているだけだと思っていて、「222」も同じなのですが、猫と聞くと・・・。

 猫をあしらったマカロン、まんじゅう、チーズケーキなど数点を買って、夕食後にいただきました。

 テレビでは猫に因んだ番組が幾つも流れていました。生後まもない仔猫にミルクをあげる映像などを見て、「さくらもあんなのだったなぁ〜」と、育てるのに苦労したことなどを思い出しました。

 「222」の今日はさくらを偲ぶ日になりました。

〜 買ってきたお菓子など 〜
2024年2月22日(木) 


講師探し
 午前中は原稿書き、午後は会議でした。

 午後の会議はボクの担当部署のものでしたが、いろいろ議論があって面白かったです。
 特に、秋に開く予定の公開講演会の講師を誰にするかでは、芸能人、スポーツ界、文化人などいろいろな人の名前があがりました。問題は集客力と謝礼。集客力のあるような人たちは、当然謝礼も高いです。どこで折り合いを付けるか・・・。
 とりあえずは多少コネのある人を当たってみるということになりました。

 今週は雨ばっかりで、写真が撮れません。お昼を食べに宿舎に行った時にスマホでパッシャ! あちこち梅の花盛りです。

〜 滋賀院の門と梅 〜
2024年2月21日(水) 


寒くないなぁ
 午前中は会議。午後はいろいろな調べ物をしていました。

 大津もここのところ気温が高く、先週は蕾だった梅が、一気に咲き出しています。このままではあっという間に散っていきそうで、勿体ないです。

 自坊に帰ってからは、昨日の続きの歌集作り。紙を折るのは肩が凝るので、やりたくはありませんが・・・。真ん中でホッチキス留めをして、今日はここまで。明日は端っこを断裁します。

〜 滋賀院前の梅 〜
2024年2月20日(火) 


歌集作り
 今日は自坊に帰って、「メダカの学校」の歌集作りを昨日に引き続いて行いました。

 「メダカの学校」は1時半から写経、2時20分頃から皆で歌を歌って気分を変えてから法話や講演に移ります。歌は、誰でもが歌いやすいように、唱歌や童謡、懐かしい曲などが中心で、歌入りのCDを掛けて一緒に歌います。

 歌集は今までで4〜5冊目くらいで、使うCDの歌手も芹洋子さんなど複数。今度は由紀さおりさんです。合わせるのが難しいかなぁ〜

 CDに付いている歌集は文字が小さいので、両面拡大コピーして、冊子に仕立てます。結構大変な作業だったので、今日は途中までしかできませんでした。

 来月のメダカでご披露したら、きっと皆さん喜んでくださるでしょう。普段歌うのは2曲ぐらいですが、リクエストが続出かも・・・。

〜 慈眼堂の梅と花頭窓 〜
2024年2月19日(月) 


封入作業
 今日は特別な予定がなかったので、数日前までは久しぶりに大文字山に行こうと考えていましたが、昨日の疲れが抜けないので断念しました。

 今日は、朝から夕方まで、お彼岸の案内の発送作業に集中しました。封入物にパターンがいくつかあって作業が複雑なのですが、パソコンのデータベースソフトで発送先を切り分けてあるので、1パターンずつ作業しました。

 一番気を使ったのは、同じものが2枚くっついて入らないようにすることです。A4の紙が1枚余分に入ったら3グラムほど重くなるのですが、たとえば100グラム以内という料金枠の中であったとしても、お正月には投函するものすべてに上乗せ料金を求められました。
 宅配便のメール便のようなものを使って大量に出すと、料金は郵便局の半額程度になります。でも、結局は宅配便が郵便局に委託する形になるみたいで、郵便局のイジメとも思えるような厳しいチェックがあります。その段階でA4が1枚多く入ってしまったようなものが引っかかり、全部に高い料金が課せられました。郵便局はそういうミスが何通あったのかは教えてくれません。

 ということで、封入作業は慎重に行いました。今回はメダカで行うミニライブのチラシが特にくっ付きやすく、ちゃんと1枚だけかを確かめながら封入しました。

 お彼岸までまだまだ日があるので、のんびりと作業をし、明日集荷して貰うところまで終わりました。あとは運を天に任せるしかありません。これからはもっと厳しく、もっと高価になっていくでしょうね。

〜 山茱萸の蕾 〜
2024年2月18日(日) 


人生いろいろ
 今日は納骨の法要が3座、来客もあって、大忙しの1日でした。

 1座目を終え、墓所への納骨は副住職に任せ、ボクは来客の対応。信濃の某寺の住職の一行を隣寺の黒谷・西雲院へお連れし、玄関先で引き合わせてすぐ戻りました。今日しか来られないということでこの時間になりました。引き返して昼食をパパッと食べて、次の納骨。

 3年前にお母さんが亡くなり、昨年末にお兄さんが亡くなったのですが、遺された娘さんはお金がなく、二人とも葬式をせずに火葬しただけ。親戚にも知らせなかったそうです。今日の御布施は千円、墓地の納骨の費用も交渉して「寸志」にして貰い、やっと今日にこぎ着けました。

 当初は娘さん独りの参列の予定だったのが、親戚なども来てくださって8人になりました。両霊とも、亡くなってから回向をして貰うのは初めて。位牌などもお金がなくて作れませんでしたが、親戚の皆さんにも初めてお参りしていただけて、やっとお別れが出来ました。

 最後は、昨年秋に形だけの葬儀をされたままになっていた方の納骨。独居で認知症が進んだ状態だったところへ新興宗教に丸裸にされ、亡くなった時には家も財産も何も残っていなかったそうです。母娘が疎遠で、かろうじて葬儀をやっただけになっていたのを、こちらから連絡して百箇日で納骨となりました。参列は娘さんひとりだけでした。

 何の事情もなく納骨できたのは最初の1座だけ。あとの2座はいろいろ話を伺って、今後のことなども相談するなどに、読経よりも長い時間が掛かりました。さすがにくたびれました。

 何だか、いろいろな人生、最期を見たような気がしました。

〜 胡蝶侘助の蕾 〜

2024年2月17日(土) 


発送作業
 午前中で「宗議会」も終わり。午後からは反省会と、来月の全国知事会の天台宗版のような会議の打ち合わせをしました。

 「宗議会」も、10月の1回を終えればボクの任期も終わりです。任期が終わるまで、あと9ヶ月もあります。終わってみれば、あっという間でしょうね。

 少し早めに自坊に戻り、お彼岸の案内状の封入作業を始めました。発送してもまた大幅遅延があるかもしれないので、それを計算して早目に出します。郵政を使えばかなり高いし、宅配便を使うと安いけれどトラブルがあるので、困っています。
 封入作業は3日ほど続きます。

 明日は法事と来客が集中します。うまく回るかなぁ〜

〜 自坊前の水仙 〜
2024年2月16日(金) 


過去帳調べ
 「宗議会」3日目。今日は委員会審議ということで、担当の委員会に出たり、全員で予算委員会を開いたりでした。

 朝から雨で、夜には雷もありました。春一番という地方もあるようですが、この雨でまた春に近づいた気がします。

 帰ってからは、急に依頼された六尺塔婆を書いたり、ご先祖の戒名などを調べて欲しいという要望に応えるために過去帳を精査したりしました。

 その家の明治時代の戒名には、「鴬聲(声)」「仲夏」「風萩」などという季節の文句が入っていました。俳人や漢学者とかだったのか、時の住職が風流だったのかわかりませんが、印象に残る戒名です。

 ただ、昔の過去帳には、その時の当主から見た関係を書くだけで、実名が書いてないものがたくさんあります。順番に亡くなるわけではないので、関係性がよくわからないこともあります。今回依頼されてきた方に聞いてもきっとわからないでしょう。

 3代も経つと、名前やどういう人だったかなどがわからなくなることが多いです。死んだら終わりだなぁと、いつも思います。

〜 今日の琵琶湖 〜
2024年2月15日(木) 


ビックリ × 2
 今日の「宗議会」では3回答弁に立ちました。質問はあらかじめ通告されていて、答弁の原稿も作ってあるので、今日はそれを読みました。

 予定よりも早く日程が終わり、いったん自坊に戻って、2つある会派のうちの1つの会派の議員さん15人との懇親会に出かけました。議員さんたちはみな京都に泊まっているので、懇親会は祇園でありました。

 終わって直ぐに帰るつもりだったのですが、いつも一緒にいる役員仲間から有無を言わせずに2次会に誘われて、7人で満席になるようなカウンターだけのお店に行きました。

 先に3人のお客さんがおられましたが、座って直ぐにそのうちのご夫婦のお店が、祇園「一力」の近くの老舗料亭だとわかりました。「えっ、ひょっとして・・・」と苗字などをお聞きしたりして、奥さんが同じ小学校ので同学年だということがピンと来ました。

 ボクは小学校の同窓会の幹事をずっとしているので、特徴のある同窓生はなんとなく名前を覚えていて、祇園の料亭で女将をしている人がいることを知っていました。中学も一緒だったようですが、お互いの記憶はまるでなかったものの、共通の知り合いなどもいて、ボクは彼女の娘さんが芸能人だということも、うちの檀家の洋食屋さんの常連だったということも、いろいろ知っていました。まさか、まさかの出会いでした。

 話が一段落して、もう一人おられた男性に目をやると、どこかでお見かけしたようなお顔・・・なんと、真如堂の前に住んでおられる方でした。男性は店に入った時からボクに気が付いておられたようですが、ボクは同窓生との話に熱中していて、男性の方を見ていませんでした。
 その男性はお墓も真如堂にあり、毎朝散歩の続きにお墓参りをされています。奥さんは真如堂の婦人会の会長をしてくださっていて、ご夫婦ともよくお目に掛かり、立ち話などもする方でした。80歳だというその方と、祇園で呑み屋さんで会うなんて、ビックリしました。

 帰りはその方と一緒にタクシーに乗り、先にその方を降ろして、50メートルほど走って貰ってボクも降りました。

 こんな偶然が2つも重なるなんて、近年稀にみるビックリでした。実にいい時間を過ごすことが出来て、2次会に行ってよかったなぁと思いました。
 
〜 白川北通 〜
2024年2月14日(水) 


天台宗の宗議会
 今日から天台宗の「宗議会」が4日間の予定で始まりました。今日の午後から金曜日のお昼頃までは会議漬けです。今日は答弁等の出番がなかったので、ちょっとゆったりでした。

 その合間に、全国のお寺から募った能登半島地震の義援金の割り振りを考えたり、勤務先の建物をWiFi化する相談をしたりと、両睨みで仕事をしました。今日は結構仕事が進んだ気がします。

 18日には、金沢で震災犠牲者の四十九日法要が行われることになり、それにに行くことになりそうです。18日は自坊のことをしようと思っていたんだけどなぁ・・・。

 今朝は薄氷が張っていましたが、昼間は16度でした。このまますんなりと温かくはなりませんね。そのアップダウンに気をつけないと。

〜 職場近くの紅梅 〜
2024年2月13日(火) 


藤原詮子のご命日
 今日は真如堂創建の願主東三條院のご命日。供養塔のある「元真如堂」へ一山全員でお参りしました。

 東三條院は、いま大河ドラマで吉田羊さんが演じている藤原詮子。円融天皇の女御で、一条天皇の母。藤原道長の姉で、道長は詮子のお陰であれだけ出世したと言われています。

 その詮子の離宮の中に、慈覚大師円仁作の阿弥陀如来を比叡山から遷座したのが真如堂の始まりです。

 『大鏡』によると、詮子は長保3年(1001)閏12月22日に40歳で崩御され、宇治・木幡の藤原氏の陵墓に埋葬されました。道長は、その遺骨を首からぶら下げていたというほど恩義を感じていたのでしょう。

 長保3年(1001)閏12月22日を西暦換算すると、1002年2月7日になり、正確には2月12日ではありませんが、いつの頃からか今日をご命日としてお勤めをしています。


 午前中に納骨を1座。かつて檀家総代を務めていただいたご夫婦の奥さんが、10数年の自宅介護の末に亡くなりました。お寺としても、ずいぶんお世話になりました。

〜 東三條院の供養塔 〜

2024年2月12日(月) 


総代会
 今日は法事などはなく、お彼岸に向けての檀家総代さんたちとの打ち合わせをしました。

 檀家総代というと、会社の社長などに依頼するお寺が多いかも知れませんが、うちは人物本位。名前だけの人は依頼しません。ただ、スケジュールの融通が利く人じゃないと勤まらないので、自営やリタイアした人が多くなります。うちの場合は計量士、コーヒー焙煎、貿易商などがおられます。彼岸からは、女性の薬剤師も加わっていただく予定です。

 一番の問題は、コロナでストップしていた御供養をどうするかという問題。コロナ前まではお手伝いくださる方々にお願いして自坊でちらし寿司を作っていましたが、コロナでいっぺん止まってしまうと、ご高齢の方々にもう一度お願いするのが難しくなってしまいました。

 そこで、この春からは仕出し屋さんに頼んだお弁当を御供養にすることにして、どういう形でお出しするかなどを相談しました。いったい幾つ発注するのか、そこで食べていただくのか持ち帰って貰うのを主にするのかなど、いろいろ議論しましたが、とりあえず初回は混乱を承知の上でやってみようということになりました。

 昼食も交えながらワイワイと話をすること3時間、内容のある総代会でした。

 夕方からは、彼岸の案内のDMの作成。軽印刷機とプリンターを総動員して掛かりました。
 お正月の護符の発送が、郵政の宅配イジメのあおりを受けて、難癖を付けられたり届かなかったりということがあったので、今回は出来るだけ早い目に出す予定です。

 9時過ぎまで作業をして、今日はオシマイ! 封入もややこしくなりそうです。

〜 浅春の光を受ける裸木 〜
2024年2月11日(日) 


春の足音
 そんなに寒くないように思いましたが、薄氷が張っていました。光が春色になってきたのにだまされたのかも知れません。

 午前中は檀家宅で法事。法事のほとんどはお寺でされるのですが、今日の方はお墓が別の霊園にあるので、お家でされました。
 法事のお経を読んだ後、みんなで簡単なお経を一緒に唱えました。最初は小さかったお経の声も次第に大きくなり、親族みんなで一緒に法事をしたという雰囲気になってよかったです。

 午後はお寺でお二人だけの法事。千葉県から日帰りでお参りになりました。

 夕方、バイクで買い物に出たら、急に風が吹いて大粒の雨が降ってきました。ドラッグストアで雨宿り。天気の不安定さも、季節が変わって行く兆しかなぁ。

〜 自坊の梅の花 〜
2024年2月10日(土) 


W会議
 午前中は、来週から始まる天台宗の議会についての最終会議。予定されている質問に対する答弁をチェックしました。ボクも3回、答弁が回ってきます。

 原稿を音読するのはすこぶる苦手で、何度もつっかえます。特に片仮名はダメで、お経の本でも片仮名でルビが振ってあると、ぜんぜん進みません。何回も噛みながらも答弁するしかないですね。

 午後も会議。金曜の午後に会議が入ることは珍しいのですが、短くパッと終わりました。東京から来ていただいている方も多いのに、帰って気の毒でした。

 自坊に戻ってからは塔婆書き。最近、字が大きくなって困っています。視力が落ちたのかなぁ・・・。まっすぐ書くのも難しくなってきました。まだ60代なのになぁ・・・。

〜 勤務先近くの梅 〜
2024年2月9日(金) 


チラシ作り
 今日は、お寺の奥さん方の団体から能登地震の募金を受け取るだけで、これといった仕事はナシ。とはいうものの、あれやこれやと溜まった仕事がいっぱいあります。一つだけやっていると飽きるので、あっちを少しやって、次はこっちをちょっとずつ。どれも完成していませんが、並行して進んだという感じです。

 自坊に帰って、5月のミニライブのチラシを作りました。久々に使うソフトなので、やり方をかなり忘れていますが、何とか作り上げてネット印刷に発注しました。

 去年のライブの時に初めてこの印刷会社の会員登録をしたのですが、その時の特典のポイントが2000点あり、今回の印刷・送料が2070円だったので、合計70円で、A4片面カラーのチラシ600枚が注文できました。何という安さ!

 ただ、後から考えたら、「ああすればよかった」と思うところもあって、一晩「熟成」させればよかったと反省しました。こういうことが結構多いです。

〜 ミニライブのチラシ 〜
2024年2月8日(木) 


団体の案内
 昨年、三重県松阪に行った時に、「今度真如堂に拝観に行くので、案内をお願いしたい」と頼まれた団体に対応するために、お昼に早退しました。

 その団体は三井家とも縁のある方々でした。三井家は松阪出身で、その後江戸に進出し、最後は京都に本拠地を置いて「江戸店持ち京商人」となりました。今も松阪には「三井記念庭園」などもあって、その団体が三井家から委託を受けて管理しています。

 ‘ただの団体'ではないので、職員が普通に案内するわけにはいかないため、ボクが案内することにしました。

 お越しになったのは37人。三井グループの研修などに使う冊子をお配りして案内しましたが、皆さん実にお詳しい。事前研修でもされているのだろうかと思うほどでした。1時間程度の予定のところ、ずいぶんオーバーしてしまいましたが、皆さん喜んでお帰りいただきました。

 昨日・今日と、「立春大吉」の葉書が着いたというご連絡をいただきます。今年の立春は日曜日で、土曜日も郵便の配達はないため、1日の木曜日の早朝にポストに投函しました。金曜日に届いたという連絡はなく、月曜日もなし。昨日・今日になって届いているところが多いようでした。そんなに日数が掛かるようになってしまったのですね。

 お正月に檀家に送った護符などは、1ヶ月ほどして帰ってくるものがありました。今までは届いていたものが、同じように送っても届かない。しかも、返送されるのに1ヶ月も掛かるなんて・・・。人手不足や採算割れなど厳しい状態なのは承知していますが、これでは郵便の信頼性は失われてしまいます。料金も上がるので、これからこちらもどうしていくか考えなければいけません。

〜 午後の真如堂境内 〜
2024年2月7日(水) 


繰り上げ「初午」
 朝はまだ雨が残っていましたが、次第に天気は回復し、夕方には青空も見えるようになってきました。

 今日は、午前も午後も会議。天台宗の「議会」が近付いて来ているので、答弁案を作ったりする打ち合わせなどが忙しいです。

 お昼前には、勤務先の敷地内にある稲荷社前で、初午のお勤め。初午は12日ですが、行事日程の都合などで今日に繰り上げになりました。

 その後は御供養に食事が振る舞われるのですが、いなり寿司と思いきや、プラスチック容器入りの普通のお弁当。白ご飯のところが、餅米の赤飯になっていました。美味しかったです。

 何だかんだと忙しい日でした。

〜 自席横の窓から見た夕方の景色 〜
2024年2月6日(火) 


冷たい雨
 今日は会議も行事もなかったので、先日勃発した大きな問題の資料を読み込みました。決していい気分になるような内容ではないので、気分転換に途中で他のことを挟んだりしたこともあって、なかなか進みませんでした。

 外は冷たい雨が一日中降っていましたが、夜になっても雪になることはなさそうです。坂本へ通うために買ったスタッドレスタイヤは、結局一度も役に立つことはないのかなぁ。たぶん、スタッドレスが必要な天気の時は、休んでしまうでしょう。

 自坊に帰ってからは彼岸準備の事務作業。今日はかなり進みました。

〜 自坊の庭 〜
2024年2月5日(月) 


久々の回転寿司
 夕方に所用で出かけたついでに、夕食を食べて帰ろうと、帰路にあった回転寿司に行きました。回転寿司に行くのは数年ぶりです。

 入店して直ぐに係の人に声を掛けると、チェックイン機のようなものを操作するように案内されました、「前はこんなのなかったなぁ・・・」

 機械が出した座席番号のところへ行きましたが、以前はテーブルの上に置いてあった醤油やガリがありません。醤油も箸もお茶の粉末も、すべてテーブルの中に収納してあるのですね。湯呑みを探したら、一番高いところに置いてありました。すべて、一連の迷惑行為の影響でしょう。

 回転している寿司はごくわずかで、注文はタブレット。タブレットで注文したら、回転しているレーンとは別のレーンでサッと届きました。目で見て選んで食べるという楽しみはなくなりました。店員さんと会話することもありません。人件費やバイトのシフトの問題も、これで助かるのでしょう。

 子供連れとかだったら楽しいのでしょうが、何だか無味乾燥。ゆっくり腰を落ち着けて食べる気もしませんでした。席札を機械に読ませてスマホで決済し、サッと帰りました。超安かったです。

 ファミレスなどもこういうシステムになっているのでしょうね。軽いカルチャーショックでした。今後、こういうタイプのお店には、必要に迫られない限り行かないかなぁ〜

〜 水仙の花 〜
2024年2月4日(日) 


純子さん
 今日の「日数心経」の出番は、12時から30分でした。その後の結願法要は「メダカの学校」があるために欠席しました。

 「メダカの学校」は俳句の授業。講師は俳人・詩人の山本純子さん。彼女さんが書かれた記事が地元紙に載っていたので、「そうだ!」と思ってダメ元で依頼の手紙を出しました。

 彼女とは30年ほど前にセラピーの訓練を一緒に受けました。兵庫県の山中の不便なところが会場だったので、一緒に参加する友人を乗せていってあげたのですが、彼女はその同僚でした。それからずっとお目に掛かっていませんでしたが、新聞にも時々載っておられたので、その活躍ぶりは知っていました。

 彼女は直ぐに講師を快諾してくださって、メールのやり取りを4回ほどして今日を迎えました。会うのはちょっとおっかなびっくりでしたが、彼女はボクの誕生日が自分と1日違いだということをいまだに覚えておられました。そんな話したかなぁ・・・。慌てん坊ぶりは変わっておられませんでした。

 授業はとても楽しかったです。最後にそれぞれが俳句を作りましたが、みなさんお上手でしたねぇ。またもう1回お願いしています。

 さぁ、明日は立春だぁ!

〜 朝の光に赤く照らされた西山 〜
2024年2月3日(土) 


節分会
 今朝はまた少し冷え込みました。

 勤務先を11時で早退して自坊へ。早目の昼食を食べて、本堂で行われている節分の行事に参加しました。

 本堂では、「日数心経」という、般若心経を向こう365日分唱えて、除災招福を祈る行事が行われています。今日と明日は、真如堂の僧侶が30分交代で読経をします。30分で読めるのは、般若心経15回程度。2日間唱えるので、365回は軽くクリアできます。

 ボクも12時半から30分間読みましたが、喉の調子はイマイチでした。

 自坊に戻って、お彼岸の下準備を始めました。

〜 本堂前の赤鬼 〜
2024年2月2日(金) 


紅梅
 雨上がりの朝、勤務先横のお堂に行って、紅梅の写真を撮りました。まだ木々に雨粒が付いていたので、結構濡れてしまいました。

 紅い梅はいかにも春到来という感じです。日本中のどこよりも先に、能登に春が来て欲しいものです。


 朝は昨日の事件についての会議。6千人近い僧侶がいると、「何ということをするんだ」というような事件が時々起きます。当然、厳重に対処していくことになり、気が重たい日々が続きそうです。

 午後は地震などの災害の被害に対する保証制度の会議でした。

〜 紅梅と桓武天皇供養塔 〜
2024年2月1日(木) 


36年10ヶ月
 朝、天台宗の僧侶による性的被害についての記者会見が行われるという知らせがありました。夕方になると、そのニュースがネットで流れるようになりました。おそらく明日からは週刊誌なども取材に来るでしょう。しばらくザワザワしそうです。

 36年10ヶ月勤務した職員が今日で定年退職となり、職員全員で送り出しをしました。彼は今月60歳なので、23歳の時から勤めていたことになり、事務所の中では一番の古株でした。

 36年の間にはさぞかしいろいろなことがあったでしょう。最近はお母さんの介護のために、丹波篠山から2時間掛けて通っていたりしました。

 これからは自分のお寺のことに専念されます。バイタリティー溢れる人なので、これまで以上にお寺が発展していくことと思います。からだに気を付けて頑張って欲しいです。

 1月も今日で終わり。また一歩、ボクの退職に近付きました!

〜 ネットニュースの記事 〜
2024年1月31日(水) 


ソフトの載せ換え
 今日は午前も午後も会議。次々といろいろな問題が起きてくるなぁ〜という感じでした。

 職場で使っているスケジュール管理などのソフトが3月末で期限が切れるのに伴い、新しいソフトを使うことになりました。若い担当者がテスト使用を始めてくれましたが、ボクも一枚噛むことになって、今日から使い始めました。

 ホームページとの連携が課題のようで、ボクももう錆び付いているとはいえ一家言あるので、若い人にアドバイス?するようになりました。ちゃんと使えるようになるまでは大変そうです。

 こういう仕事なら生き生きできますねぇ。コツコツヤルのが向いている職人気質なのかも知れません。

〜 うっすら雪をかぶった蓬莱山? グランドのネット越しに 〜
2024年1月30日(火) 


ポスターの原案作り
 今日、勤務先では会議もなかったので、原稿を書いたり、ポスターのデザインの原案を考えたり、結構自由に過ごしました。

 ポスターは金曜日頃から、文字の配置で四苦八苦しています。ある程度の大枠が決まってから業者にデザインを依頼するつもりですが、口頭ではなかなか伝わりにくいので、原案を作っています。

 絵も字も、京都のお寺の住職に書いてもらったものです。先代住職とはずっと懇意にしていましたが、14年前に63歳で亡くなりました。今の住職も2人のお姉さんも、子どもの頃から知っていて、先代の奥さんとも冗談が言える関係です。そんな彼の絵や字を忖度抜きで使えるのは、彼の成長を見るようでとてもうれしいことです。

 絵をできるだけ損なうことなく字を配置するのはかなり至難の技、というか無理があります。でも、数人で「もう少しこっち」「字を小さくするかなぁ」などと言いながら、ワイワイとやりました。

 夜は鳥取のお寺から依頼された方のお通夜に伺いました。もちろん、故人もそのご親族も初めて会う方ばかりです。声が出にくかったですが、何とか無事に終えることが出来ました。

 ふぅー 今日もオシマイ!

〜 制作中のポスター 〜
2024年1月29日(月) 


法事3座
 今日は法事が3座。最初の2座は参列者の多い法事で、終わってからもゆっくり話をされていたので、次の法事までの時間はたっぷりあったものの、ニアミスでした。

 3座目は二人だけ。いろいろな事情から、葬儀後は寺で御遺骨をお預かりしていました。故人とは親しくしていたので、毎日拝めたのは有り難かったです。

 忌明のお勤めをして、納骨という時に雨が降り始めました。午前中は青空の広がる天気でしたが、天気予報では午後2時頃には雨と告げていました。ピタリ的中です。
 小雨の中、納骨をした後、4時頃までお二人は話しておられました。


 ずいぶん前にカメラの故障で止めてしまった「ライブカメラ」を復活させる取り組みを、夕方から始めました。ちょうどよかったカメラはもう製造中止となってしまい、復活させるにはいくつかのハードルがあります。ネットやWi-Fi環境などは格段に進みましたが、その恩恵を受けがたい点もあります。

 今日はまずはテストの第一歩。新しく買ったカメラの画像をスマホで見ることが出来ました。これは当たり前のことですが、この先が問題です。今日はここまで。

 法事3座は喉にはキツく、かなり疲れました。明日は遠方のお寺から依頼されたお通夜もあるので、とにかく喉を養生しなければ・・・。

〜 咲き始めた馬酔木の花 〜
2024年1月28日(日) 


真如堂開祖の972回忌
 今日は真如堂開祖の972回忌。塔頭の檀家総代に参列していただいて、一山の僧衆全員でお勤めをしました。

 御導師を務めるトップの体調がよくありませんでしたが、他の僧がその都度臨機応変に対応し、何とか終えることができました。

 一番寒い時期に行われるこの法要ですが、今日はまだ少し冷え込みもマシでした。

 自坊前の梅の花が少しほころんできました。あと1週間で立春です。

〜 自坊前の梅の花 〜
2024年1月27日(土) 


雪景色
 今日は延暦寺で「開宗記念法要」が勤められました。806年の今日、朝廷から天台宗が認められたという日を記念しての法要です。

 坂本にはほとんど雪はありませんでしたが、山を登って行くにつれて雪が増え、あっという間に一面の雪景色。道がアイスバーンのようになっているところもありました。でも、比叡山の人たちは雪には慣れっこで、頻繁に除雪をしていて、法要に支障はありませんでした。

 冷え切った大講堂で、天台座主の御導師のもとに法要。声を出している方が気が紛れますが、参列するだけでのボクたちは寒さがいや増したきがします。

 終わってから、延暦寺と1時間ちょっと会議をして下山。しばらくデスクワークをしてから帰りました。

 もちろん、京都では雪は見られません。近い距離なのに風景は大きく違い、なんだか小旅行に行ったような気分でした。

〜 お堂に向かう僧列 〜
2024年1月26日(金) 


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