[一覧] [最新]

2017年10月の日記

晋山式
 今日は、東山の門跡寺のご門主の晋山式。法要へ出仕し、祝宴にも参加させていただきました。

 朝の境内の気温は7度以下まで一気に下がり、初めて灯油ストーブを点けました。

 今日の法要の式場には暖房もなく、人いきれで温かくなるとは思いましたが、冷えて法要途中でトイレに行きたくなったら困るので、背中にカイロを貼りました。これも、今季初。みぞ落ちが痛いので、温めたほうがよかろうと思い、小さなカイロをペタッ。昨日の講演会で肩が凝ったので、左右の肩にもペタッペタッ。合計4枚のカイロを貼りました。10月からこんなことしていてどうするんだとは思いましたが、今日は非常事態です。

 法要への出仕は8人。比叡山から3人、京都から5人で、上から3番目になってしまいました。でも、特別な役は当たっていないので、助かりました。

 寝殿は300人ほどの参列者で埋め尽くされていました。ボクの座る位置の後ろは、天台座主猊下や天台の御門跡、大寺の住職がズラッと並び、向かい側には各宗派の管長が座っておられました。

 最初はちょっと緊張しましたが、法要が始まってしまえば肝が据わり、ごく普通に読経して、無事に終わりました。ただ、今日は、法衣も袈裟も袴も、ほぼ真っ新のものを着用したので、かなり動きづらかったです。

 ホテルの祝宴は、560人ほどの方がご出席とか。広い会場は、ズラッとテーブルが並び、どこに誰がおられるのか、わからないほど。親しい女性アナウンサーが司会だったので、宴が始まる前に「楽しみに聞いてるよ」と挨拶に言ったら、「プレッシャー掛けないで!」と叱られました。

 御祝辞が5人の後、今様の歌舞や鏡開きがあって、食事がスタート。懐かしい方々ともたくさん会えて、お目出度く、楽しい一時でした。

 自坊に帰ったら、もう4時前。夕食はパスして、早目に寝ました。寝るのは最高!

〜 帰ってきた時の、夕陽に照らされたムクロジの黄葉 〜
2017年10月31日(火)  No.5232

講演会
 風の強い日でした。木枯らし1号が吹いたとか。琵琶湖の西を通るJR湖西線も強風のため一部で運行を中止していました。

 今日は、坂本で行われる天台宗の公開講演会の手伝い。講師は、清水寺貫主の森清範師。約300人の方が参加されました。

 参加者にはご高齢の方が多く、ボクは会場での誘導などをしていましたが、いろいろな方がおられました。
 待ち合わせをしたのだけど、携帯を忘れて連絡が取れなくて先に来てしまった。相手の人のことが心配と、ずっとウロウロされている方。自宅のガスをちゃんと消してきたか心配なので、いったん帰るという方。明日、観光をしたいのだが、どこへ行ったらいいかと尋ねる人。場違いな短いスカートの若い女性がいると思ったら、宗教紙の記者だったり、「久しぶり!」と声を掛けてきた人をよく見たら、神戸の震災の時に一緒に炊き出しなどをした人だったり・・・。

 森貫主のお話はユーモアに富んで面白く、年末に発表される「今年の漢字」のエピソードも愉快でした。森貫主とは30年近い知己で、今回の講師もボクが提案したので、皆さんに喜んでいただけてよかったです。

 それにしても、一気に寒くなったなぁ〜

〜 講演される森貫主 〜
2017年10月30日(月)  No.5231

台風接近
 朝から雨。今日は法事が2座あるのに・・・。

 1座目の法要を終えて、弟子に墓前回向を頼みました。回向から帰ってきたら、衣の色が変わるほどのずぶ濡れ。すぐに次の法事があるので、僧位に関係のないボクの衣を貸しました。

 2座目は百箇日の法要と墓所への納骨。墓所へ行く時は、さっきよりも雨脚が強くなっていて、お墓の前の通路は‘小川’と化していました。

 その‘小川’に立っての回向。当然、足袋までずぶ濡れになりました。ボクの僧衣は濡れても色があまり変わらないのですが、たぶんかなり濡れていたでしょう。

 納骨をされた方は、「亡き父が、まだ家にいたいと言っているのかも知れません」と仰っていました。きっと、ご家族は納骨するのが寂しく思っておられるのでしょう。大きな区切りを終えて、お疲れが出なければいいですが・・・。

 夕方には、雨もほとんど上がりました。風は少し吹いた程度でした。

 2週続けての台風。今年はもうこれを限りとして欲しいです。

〜 自坊の庭。花水木が綺麗! 〜
2017年10月29日(日)  No.5230

結婚披露宴
 夜が明ける頃から雨。こんなに早くから降り出すとは思っていませんでした。

 今日は親族の結婚式。高瀬川沿いの1組貸切の結婚式専門の会場での結婚式と披露宴でした。

 結婚式や披露宴もずいぶん変わりましたねぇ。昔のような堅苦しさがありません。参列された皆さんに祝福して貰おう、一緒に楽しんでもらおうという雰囲気に溢れていました。

 式後の名古屋流「餅撒き」ならぬ「菓子まき」では、老いも若きも、皆さんキャァーキャァー言って、投げられたお菓子をキャッチされていました。

 披露宴の演出も奇抜で、主賓のスピーチだけは少し厳粛でしたが、後の余興などはビデオが多用されたり、寸劇があったりと、大いに盛り上がっていました。

 楽しくて素晴らしいパーティーでした。

 帰って、防犯ビデオのチェック。寺が空っぽになっていたので、その間の来客などを確認しました。

 画面に動きがあった時だけ録画をするという機能はまだセットしていないので、目を凝らしながら、6時間分を8倍速で確認しました。

 写っていたのは3人だけ。早速、電話をしたり、対応しました。防犯カメラが初めて役に立ちました。

 夜、お風呂に入ってボーッとしていたら、檀家の方が「いま、若狭で釣ってきました!」と、お魚をたくさん持ってきてくださいました。内臓を取っておけば、明日でも刺身で食べられると仰ったので、それからは‘魚屋’。

 大きな鯵、鯖が2尾、鯛が大小4尾、カワハギのような魚(名前を忘れました)2尾。それらの頭と内臓を取って、魚によっては3枚におろしました。

 カワハギのような魚はお刺身が美味しいと伺ったので、半身だけ刺身にして、生姜を付けていただきました。味が濃くて、美味しかったぁ!

 鱗や水が飛んできたりして、体が何だか生臭くなったので、もう一度お風呂に入り直し。

 雨の中、わざわざ持ってきてくださって、本当に有り難たかったです。

〜 今日の披露宴 〜

2017年10月28日(土)  No.5229

色付き始め
 今日は快晴! 台風の合間の秋晴です。

 朝、ガラス戸の内側が結露するようになってきました。寒い季節が近付いて来ていますね。

 寒い日があったりして、紅葉が少し進みました。今日は「今日の散歩道」の更新日だったので、午後から写真を撮りに境内を一回りしました。

 本堂前の「花の木」はもうかなり色付いていて、光の当たり加減によってはかなり綺麗です。もみじも色付いているのがありますが、ずば抜けて早く紅葉している木は、「枯れないだろうか・・・」と心配です。

 境内に‘景色’が出てきて更新の写真を撮るのも楽になりました。Facebookも3ヶ月ぶりに更新しました。

 今日は何となくゆったりした日でした。

〜 色付き始めた境内 〜
2017年10月27日(金)  No.5228

火葬場の混雑
 午前中は宇治などに月参りに伺い、午後は葬儀。

 葬儀が終わって火葬場に行きましたが、予想通りの混雑でした。

 京都市の火葬場は、一般的に仏式の葬儀が行われない「友引」を考慮して休場となります。亡くなる方にはそんなことは関係ありませんから、その分、翌日が混雑してきます。今日はその「引き(友引)明け」の日でした。

 おまけに京都市中央斎場の火葬炉24基のうち、2〜3基がリニュアル工事中で使えません。亡くなる方が多い12〜2月を避けての工事でしたが、今日は2月並に葬儀が多かったそうです。何が関係しているのでしょう?

 そんな、「引き明け」、工事中、葬儀の多さが重なって、火葬炉に向かうまでに約1時間、車中で待ちました。待っている間も、葬儀会社の人やタクシーやマイクロバスの運転手さんなどがたくさん行き来されていました。普通は、運転手さん達が車から降りることはほとんどありませんので、火葬場でこんなに多くの人の姿を見るのは初めてでした。

 カレンダーを見て、待つことはある程度覚悟していましたので、「さもありなん」でした。

 若い頃は毎月お参りに伺っていたお宅のおばあさん。10数年前に施設に入られたので、お写真で懐かしくお顔を拝しました。96歳でした。ご冥福をお祈りします。

〜 去年の竜胆が咲きました 〜
2017年10月26日(木)  No.5227

細々とした作業
 今日は細々とした作業をしました。

 皐月などの徒長枝を一つ一つ切ったり、小さな棚を作ったり・・・。境内からは、今日もブロアの音が盛んに聞こえてきました。台風が残していったものの片付けに、職員さんは追われているようです。

 境内の溝は、水がまだチョロチョロと流れています。地面がそれだけたくさんの水を含んでいるのでしょう。また次の台風が近付いて来て、週末は雨になりそうですね。

 お墓へ行くと、先日、お性根抜きをしたお墓が片付けられていました。石屋さんも、ここしばらくは雨続きで作業が進まないようでしたが、昨日急いで片付けられたのでしょう。埋葬されていたご遺骨は、清掃・乾燥が済んだらこちらに届けられ、後日、親族の別のお墓に合祀される予定です。

 また、空き墓地ができました。たくさん空きがあって、仕舞いにわからなくなってしまいそうなので、早速、「吉祥院」と書いた樹脂杭を立て、‘空き墓地リスト’に場所や面積、向きを記録しました。

 夕方はお通夜。式場は暖房が入って汗が出るくらい。乾燥して声が出にくくなる季節がやってきました。

〜 ひっそり咲いていた山茶花 〜

2017年10月25日(水)  No.5226

台風の後始末
 台風の強風で散乱した落ち葉や小枝が乾いたので、朝から掃除。

 自坊の門前付近に落ちていた大きなものは昨日片付けましたが、細かいものや他の場所にはまだたくさんの落ち葉や小枝が散乱しています。それをブロアで吹き集めては袋に入れていきました。

 境内の数ヶ所や墓所からもブロアの音が聞こえて来ます。みな、一斉に台風の後始末です。

 人的被害ではないですが、府立植物園では樹木約100本が倒れた、大津市の比叡山大霊園の本堂の屋根が吹き飛ばされた、木津川の流れ橋が流された、JR湖西線の電柱9本がなぎ倒されて運休しているなど、身近に「えっ」と思うようなこともたくさん起きていました。

 枕経を挟んで、また作業再開。今日は掃除三昧の日でした。

〜 今年も咲いた「眉刷毛 万年青」 〜

2017年10月24日(火)  No.5225

台風一過
 朝、薄暗い中で外を見てみてら、いろいろなものが飛ばされたり倒れたりしていました。参道には小枝や枯れ枝がたくさん散らばっていて、中には結構大きな枝も落ちていました。

 ボクが子供の頃は、台風のために木が根こそぎ倒れたり、途中でボキッと折れたりしたことも何回かありましたが、ここしばらくは小枝が少し散らばっている程度でした。今回は、それよりもちょっと‘被害’が大きかったです。雨は大したことありませんでした。

 明るくなるのを待って、小雨の中、散らばっている枝や葉っぱを大ざっぱに掃除をしました。参道が濡れていたりして、スッキリとは掃除ができせんでした。

 午後は、神奈川県藤沢市在住の檀家さんの七回忌。台風の進路に近く、JRが止まったり、新幹線が遅れたりしていたので、昨日のうちに「遅れても大丈夫です」とメールを送っておいたのですが、返事がありませんでした。

 定刻30分前頃に、その檀家さんから「いま、京都駅からタクシーに乗りました」と連絡があり、ほぼ定刻に到着されました。交通機関が乱れると思って、夕べは品川にお泊まりになって、そこから新幹線でお越しになったとのこと。新幹線も遅れたようですが、それほど遅れることなくお着きになりました。

 4年前の11月に三回忌をされましたが、京都の大混雑に辟易とされ、今回は10月にされました。それがこの荒天。「父が、ちゃんと覚えておくようにと、いたずらをしているのかも知れません」と仰っていました。

 法事が終わった頃には、スッキリした青空が広がっていました。数日間、京都観光をしてから帰られるそうです。

 さぁ、本格的な掃除は明日です。

〜 参道はこんな感じでした 〜
2017年10月23日(月)  No.5224

台風接近
 天候のせいで、年中行事の日吉神社神幸祭が中止。真如堂の鎮守日吉神社の御神輿が本堂前まで参来したり、子供たちの太鼓の奉納が行われたりという行事がなくなってしまいました。ずっと練習してきた子供たちは、さぞかし、がっかりしているでしょう。

 もともと法事の予定もなく、月参りも悪天候を察して断って来られたので、今日はな〜んも予定がなくなってしまいました。

 外の作業も出来ないので、ちょっと早いですが、灯油ストーブを出したり、部屋の大掃除をしたりしました。

 昨日直せなかったノートPCの修理にも再度挑戦。HDDを換えたり、別のACアダプタを使ってみたりしましたが、やっぱりダメでした。処分するしかありません。

 夕方から夜になるにつれて、次第に風雨が強まってきましたが、思っていたよりもマシでした。京都のピークは0時頃でしょうか?

 今夜、門は風の影響を受けにくいように開けっ放しです。

〜 こんな予測画面を見っけ! 〜
2017年10月22日(日)  No.5223

ノートパソコンの故障
 朝から雨。1日中、降り続きました。台風ではなく、秋雨前線の雨のようです。

 午前中、法事がありましたが、お墓の通路は川のようになっていて、墓前回向も大変でした。

 今日、七回忌の法事をされた方の葬儀は、前住職が執り行いました。ボクは、梯子から落ちて骨折し、病院のベッドで横たわっていました。もちろん、ご遺族もそのことはご存知で、この方の法事がある度に、その話題が出てくるでしょうね。

 7年前に買ったノートPCを、久しぶりに使ってみると、立ち上げて1〜2分で電源が落ちるようになってしまっていました。パワーポイントを使った説明のために買ったのですが、最近は出番が減っていました。

 ソフト的にいろいろやってみましたがダメ。とりあえず、パソコンからHDDを取り出して、データを抽出しました。その後、リカバリをやってみてもダメ。電源に問題はナシ。機械的な問題のようなので、ヒートシンクを外したり、メモリを調べたり、いろいろやりましたが、どうしても直りません。

 さぁ、どうしようかなぁ。HDDを買って載せ換えるという方法もありますが、それで直る保証はナシ。WINDOWS7なので、2020年には延長サポートも終わります。大きいノートPCで、持ち運びには不便。もう処分してしまおうかなぁ・・・2in1で、SIMフリーのパソコンが欲しいなぁ・・・買っても使う機会はあまりだろうなぁ・・・。

〜 採り忘れていた椎茸 〜
2017年10月21日(土)  No.5222

初めて伺う墓地
 檀家の奥さんの実家のお墓の「お性根抜き」に、七条西大路まで行きました。

 お寺の墓地ではなく、集落の共同墓地のようで、「どのお寺に拝みに来てもらってもいい」ということを墓地の管理委員会に確認してもらいました。
 お墓の処分を依頼する石屋さんについても、「指定業者はないので、どの石屋さんでもかまわない」ということを確かめてもらいました。真如堂出入りの石屋さんに、作業を依頼することになりました。
 このあたりを間違うと、後で大問題になりかねません。

 市街地のまっただ中にあるブロック塀に囲まれたお墓。きっと昔は畑などに囲まれていたことが、容易に想像できます。墓地の隣のコインパーキングに車を駐めて、お墓に向かいました。

 ブロック塀に設けられた広くはない引き戸を開けると、目前におばあさんが肩を落として独りで座り込んでおられました。お互いにビックリ。
 14日の法事の時にお墓の処分の相談を初めて受けて以来、おばあさんは共同墓地の管理者と連絡を取ったり、区役所に行って戸籍を調べたり、改葬許可証を発行してもらったりと、月曜日から5日連続で、お住まいの大津から京都にやって来ては、いろいろな手続きをしてこられました。思いついたらじっとしていられないようで、すごいスピードです。今日も早く来て、お墓の草引きをされていたそうです。さぞかしお疲れになったのでしょう。

 「先にお渡しするものを・・・」と、矢継ぎ早に書類やお布施、戒名を書いた紙などを渡されました。ボクも負けじと石屋さんの見積書を渡しました。

 お性根抜きのお勤めを終えた時、おばあさんは、「はぁー、これで長い間、心につかえていたものがスゥーっとしました。あー、よかった」と仰いました。余程、気に掛けていらしたのでしょう。

 「これで、このお墓とも最後ですから、記念写真を撮りましょう」と、そのつもりで持参したカメラでお墓とおばあさんの‘ツーショット’を撮って差し上げました。

 石屋さんの作業は、たぶん雨で延び延びになるでしょうが、ご遺骨がこちらに届いたら、今度は自坊の永代供養墓に納骨する運びです。それで、本当に一段落です。


 午後、高校の同級生が、奥さんと娘さんと3人で、三重からやってきました。高校の時、寮生活を共にした仲間なので、気心が知れています。

 土産にもらった久しぶりの赤福は美味しかったぁ! ちょっと食べ過ぎたかも・・・。

〜 赤福 〜
2017年10月20日(金)  No.5221

防犯カメラの取り付け
 今日は朝から防犯カメラの取り付け作業。今日は、50メートルと20メートルの配線をしなければなりません。壁や板に穴を開けたり、高所作業もあるので、ちょっと大変です。

 そんな中、門の中に選挙公報がドサッと置いてあるのに気が付きました。中を見ると、投票日の2日前までに漏れなく配付して欲しいとのこと。それは無理だわ・・・。

 今年は町内会長(市政協力員)に当たっているので、ドサッと来たわけですが、これから各組長さんに配付して、そこから各戸に漏れなく配って貰わなければいけません。昼間はお勤めの方もおられるので、夜しか配れない方もおられます。しかも雨ですし。もう少し早く持って来られないかったのかなぁ・・・。

 とにかく配らなければいけません。カメラの取り付け作業は中断。何軒分もまとめて分厚くなるのでポストには入らないこともあり、留守も多いので、雨に濡れないようにしっかりビニールで包んで、雨の中をバイクで各組長さん宅に届けました。組長さん、お願いします!

 さて、作業に復帰。天井裏、軒下、塀などを這わせて門まで配線し、カメラを取り付け。玄関前にも設置。角度を調整して、昼過ぎには2台の取り付けが終わりました。

 暗くなってからの写り具合を見るためにモニターをチェックすると、白い靄が掛かったようでぼやけてしか見えません。「おかしいなぁ〜 初期不良かなぁ」とカメラを入れ替えてみたりしましたが、ダメ。「送り返して交換して貰おうかなぁ」と思って、カメラのレンズをよく見ると、養生のための小さなビニールが張ってありました。「あ〜〜 これだ〜」とビニールを取って画面を見ると、ちゃんと写っていました。最後にくたびれてしまいました。

 もう1台カメラを設置するのと、細かい設定などもあるので、まだ当分この作業は掛かりますが、とりあえず3台のカメラの稼働開始です!

〜 門に取り付けた防犯カメラ 〜
2017年10月19日(木)  No.5220

天井裏を這いずり回る
 久々の晴天! 早朝お墓に行くと、朝日が塔婆に当たって、あちこちから湯気が立ち上っていました。こんな光景は滅多に見られません。ちょっと幻想的でした。

 今日は午後から防犯カメラの設置作業、夜は発送作業の予定。昼食を食べてすぐに、設置に必要な資材をホームセンターに買いに行きました。週に1度はホームセンター通いをしています。

 作業の手順を頭の中でいろいろとシミュレーションしてきたことに基づいて、まずは天井に穴を開けて、配線をする作業。天井裏を這いずり回って第1段階の配線作業。天井裏には殺鼠剤がいっぱい落ちていました。

 次は玄関にドーム型カメラの取り付け。法事などの時は人の出入りが多いので、これで玄関まで見に行かなくても様子がわかります。

 取り付けを終えて、無事に画像チェック。ただ、機械が一流メーカ製のものではなく、ちゃんとしたマニュアルが付いていません。カメラは、望遠や広角に画角が変えられるはずなのですが、イマイチわかりません。細かい設定は後にして、とりあえず今日はここまで。

 夕食後は、封入の終わった発送物の封緘作業。これも9時半頃には終わりました。明日、宅配業者に取りに来てもらえば完了です!

 今日もくたびれましたぁ。

〜 墓所の6尺塔婆に朝日差す 〜
2017年10月18日(水)  No.5219

二胡の音色
 時間を見つけては、寺報の印刷と発送準備作業。

 ところが、紙折り機がダウン。直そうと試みましたが、力の掛かるところにあるプラスチックの部品が細かく割れていて、接着して直すことも出来ません。

 紙折り機は、おそらく25年ほど前に購入したもので、メーカーをサイトを見ても、型番さえ検索できません。もちろん、部品の供給などはしていないでしょう。

 思えば、よく働いてくれました。若い頃はいろいろな活動をしていたので、紙折り機は頻繁に稼働していました。いまは、年に数回使うだけなので、新しい機械を買うべきかどうか・・・。

 しかたがないので手折りしましたが、この作業は首に堪えるのです。時々、体操などをしながら何とか折って、丁合も済ませました。封筒へのラベル貼りも終えて、明日は封入作業です。


 来月の「メダカの学校」の講師をお願いしている二胡奏者の尾辻優衣子さんが、ご紹介くださった方と一緒に打ち合わせに来てくださいました。会場を見ていただき、音出しのテストをされました。

 「メダカの学校」で楽器を演奏していただくのは初めてです。素人の方にフラメンコを踊っていただいたことはありますが・・・。来月は、いつもの教室形式の会場ではなく、法事などを行う本堂のほうに会場を移して演奏などをしていただきます。近い距離で、ダイレクトに演奏をお聞きいただければと思っています。

 音のチェックのために少し演奏されましたが、うっとりするような音色ですねぇ。癒やしの音です。あんな小さな楽器から、どうしてこれほどまでにも素晴らしい音が出るのだろうと不思議なくらいでした。

 来月が楽しみです! 寺報と一緒に、急遽作った来月のメダカのチラシを発送して、多くの方に来ていただきたいと思っています。

 お近くの方は、ぜひどうぞ!

〜 音チャックのために演奏中の尾辻さん 〜
2017年10月17日(火)  No.5218

急いで寺報作り
 「引声阿弥陀経会」の結願法要を終えて、さぁ、今日は寺報作り。今日中に作り終えて、明日からは発送作業に掛かりたいと思っています。

 今回の発送は、封入するものがたくさんあります。お十夜法要の案内、寺報、来年の年回表、宗派発行の機関紙、それと来月の「メダカの学校」は二胡を生演奏なので、その案内。頭の中が混乱してきそうです。

 そんな中、一昨日、お墓の相談をされた方が、早速区役所に行って改葬証明の手続きを始めたので、他所にあるお墓の処分を急ぎたいという連絡してこられました。役所が開くのを待って、すぐに行かれたようです。

 いろいろなことを尋ねたり、石屋さんに連絡したり、しばらくそれに掛かりっきり。一段落して、また寺報作りに復帰しました。

 結果的には、10時頃までやって、ほぼ完成。並行していろいろと印刷もしました。明日は寺報の印刷です。

 目はショボショボ、肩がガチガチ。はぁ、くたびれた。

〜 朝イチ皮むきしたぎんなん 〜

2017年10月16日(月)  No.5217

1日中、雨
 「引声阿弥陀経会」の2日目。昨日よりも声や所作が揃ってきました。

 ほとんど立ちっぱなし、そろりそろりと行道ばかりなので、ふくらはぎや腰が少し筋肉痛です。引声の時は、毎年そうなります。

 行道しながら、「どんどん歳を取っていったら、この法要はキツイなぁ」と思いましたが、老僧方もやってこられているので、まぁ、何とかなるのでしょう。


 1日中、雨。自室に籠もって、塔婆書きと寺報の原稿書きを交互にしました。

 6尺塔婆を何本か書きましたが、自分で見ていてどうしても嫌な字と字配りの塔婆があって、思案した挙げ句、書き直しました。他の人が見ても何とも思わないのでしょうけれど、自分では見る度に嫌な感じだったので・・・。書き直してスッキリしました。

 寺報の原稿は、何とか明日中には完成させたいなぁ・・・。

〜 たくさん落ちていたぎんなん 〜
2017年10月15日(日)  No.5216

今日も‘墓仕舞い’
 今日から3日間、「引声阿弥陀経会」の法要。

 慈覚大師円仁が、中国の五台山から伝えたもので、比叡山の常行堂で行われた後(851)、大原や大山、そして真如堂に伝えられました。現在も定例法要として行っているのは真如堂だけです。

 五台山の波の音に調和するようにゆったりと唱えるのですが、普段の声明などとは違う節で、1年に1度しか唱えないので、初日は探り探り。大学の研究者なども聴聞に来られていたので、ちょっと緊張しました。

 この引声法要の時には、汗をかくほど暑かったこともありますし、板の間から足袋を通して冷たさが伝わってくることもありましたが、今日は声を出していても暑くなく、板の間も冷たくはなく、ちょうどいい感じでした。

 終わって、自坊の法要が2座。

 後の法要の折、「ご相談したいことがあります」と切り出されたのが、他のところにあるお墓を処分して、自坊の永代供養墓に入れたいというお話でした。

 参列された親族には先に帰っていただき、他所のお墓を墓仕舞いする時の手順を急遽ワープロで打ってお渡しし、残った母と息子の言い合いを制しながら、こちらの永代供養墓の説明などをして、現場も見ていただきました。

 法事と合わせて2時間以上掛かりましたが、「やっとこれで長年つかえていたことがスッキリします」と喜んで帰られました。でも、ちゃんと段取りよく進むかどうか、ちょっと心配です。

 いま取り掛かっている寺報の記事の一つも「墓じまい」についてです。‘ニーズ’は相当あるのですが、方法がわからなくて躊躇されている方も多いと思うので、ことある度にお知らせしています。何としても、無縁墓を増やさないようにしないと・・・。

〜 色付きが進んだ花水木 〜
2017年10月14日(土)  No.5215

寺報作り
 本堂で定例の法要があった時、11月15日に行われる「お十夜」法要の案内をもう投函したと、2ヵ寺の住職が話していました。そういえばもう1ヶ月前です。自坊では、例年もう少し遅い目に案内を出していますが、早いに越したことがありません。

 法要の案内や来年の年回表などの準備はもう出来ているのですが、寺報がまだ。これが一番厄介です。弟子にも原稿執筆を依頼してあるのですが、まだ取り掛かってもいないとのこと。「早く書いて」と督促しつつ、ボク自身も原稿書きに臨みました。

 今日は「今日の散歩道」の更新日。寺報の原稿よりも、そっちが先です。お昼から境内を回って写真を撮り、文章を書いて、3時過ぎに完成。それからようやく寺報の原稿書き・・・なかなか進みません。

 夕食を食べてから寝るまでやりましたが、ほとんど進んでいません。こういう‘溜め’の時間があって、一気に出来ているはず・・・明日の出来具合に期待しましょう!

〜 石畳の上の百日紅の紅葉 〜
2017年10月13日(金)  No.5214

墓仕舞い
 お昼前にお墓のお性根抜きのお勤めをしました。

 そのお家は真如堂の墓地に2軒分、神戸にも1軒分のお墓を持っておられて、今回、真如堂と神戸の各1軒分のお墓を‘墓仕舞い’されて、共に吉祥院の永代供養墓に埋葬されることになりました。

 宮崎から90才を過ぎたご親戚もお越しになって、昨日は神戸で、そして今日は真如堂で‘墓仕舞い’のお勤めをされました。

 ここしばらくは、いつの間にか誰もお参りされなくなったお墓を多く見て来たので、このように最後まで粗末にされることなく、ちゃんと供養してくださると、こちらも救われる気がします。

 価値観が多様化する中、散骨や樹木葬、はたまた宇宙葬も結構ですが、やっぱりお墓があって、そこにお参りしてお花屋お線香をお供えするというのが、心が安らぐ気がします。


 午後は坂本で会議。メンバーが若返ってきたので、最近はジェネレーション・ギャップを感じています。

〜 カメラにメモリを入れ忘れて持ち出したので・・・昨日修理した外灯 〜
2017年10月12日(木)  No.5213

通路灯の作り替え
 朝、落ち葉掃除のついでに、伸び放題だった蔓日々草の蔓を除去しようと引っ張ったら、蔓が通路照明に引っ掛かって、照明器具のプラスチックが砕けてしまいました。

 もともと安価な照明器具である上に、17年ほど風雨にさらされていたので、かなり劣化が進んでいました。同じ時に設置した2つは一昨年に壊れて修理済みで、今日のものも壊れるのは時間の問題でした。。

 作り替える通路灯は、排水管の上にガラス瓶をかぶせて火屋にするという簡単なもの。まずは材料集めですが、排水管は捨てずにとっておいたものがありました。ホームセンターへ行ってセメントを求め、火屋にするためのガラス瓶を買いに100均に行きましたが、前回と同じものがなかったので、多少形の違うものを買いました。排水管の口径と合いさえすればOKです。

 工事は至極簡単。排水管に塗装を施し、地面にモルタルで固定するだけです。モルタルは少し多めに練って、石積みや参道を補修するのにも使いました。結構目立つところで作業をしていたので、いろいろな人に見られてしまいました。

 明日、モルタルが硬化するのを待って、ガラス瓶をパテで固定すれば完成です。

 数年越しで思案していた防犯カメラも発注しました。この取り付けは大ごとになりそう・・・。上手くいくか、今からワクワク、ドキドキです。

〜 排水パイプとガラス瓶の通路灯。右は壊れた器具 〜
2017年10月11日(水)  No.5212

防犯カメラ選び
 10月10日は「体育の日」という感覚が残っていて、いまだにどこか特別な日のような気がします。

 「メガネの日」「銭湯の日」「トマトの日」など、10月10日は1年で一番記念日の数が多い日なのだそうです。でも、メインがなくなってしまったような感じがして、ちょっとさみしい気がします。

 今日は、いろいろな相談を承ったり、来客があったり。‘墓仕舞い’のお墓の撤去作業も見に行きました。建てるのには時間が掛かりますが、撤去するのはあっという間です。

 防犯カメラを自分で取り付けようと思って、いろいろなサイトを見ましたが、「こんなに安くて大丈夫?」というものから、うんと高価なものまでいろいろ。

 先日、真如堂の塔頭の住職が、門前に落ちていた糞の‘犯人’を防犯カメラで鹿だと特定したと言っていました。それぐらいなら平和でいいです。

 でも、何が起きるかわからない昨今。一応、付けてみようと思っています。

〜 疎らに紅葉し始めた櫨の葉 〜
2017年10月10日(火)  No.5211

秋茗荷
 昨日はかなり忙しかったのに、今日はまるで暇。

 朝一番に除草剤の撒布。雑草は今はあまり目立ってはいませんが、大きくなる前に枯らしておかないと厄介です。次に撒くのは、来春になるでしょうねぇ。

 お次は墓地調べ。今まで、どこにどの家の墓地があるかを調べてマップを作って来ましたが、今日は空き墓地の調査。これも、今までにほとんど完成していたのですが、‘墓仕舞い’で空いた墓地を含めて、記録が抜けていないかを含めて、改めて調べました。

 今日は昨日よりも暑く、お墓に行ったときはちょうどカンカン照り。頭がジリジリと焦げそう・・・。

 調べた結果、驚くことに、いますぐお墓を建てることが出来る場所が、広い狭いを合わせて25か所以上もありました。未整備のところを入れると30か所あまりにもなります。

 墓地が求めて来られる人は、今では年に1〜2軒。一般の霊園ではないので、檀家になることが墓地を提供する条件になります。一方、‘墓仕舞い’で空く墓地は、今年だけですでに7か所。‘お墓の過疎化’は、確実に、急激に進んで行きます。

 空き墓地の場所と面積、お墓を建てたときの向きなどを追加記録して、作業は終わり。後は、法事のために大塔婆を書いたりして、静かに過ごしました。


 今年6月に買った茗荷の苗に、茗荷が出来て花が咲いているのを見つけました。

 かつては、食べきれないほどの茗荷が出来たのですが、建物を建てた時に‘茗荷畑’がなくなってしまいました。その後、何度か苗を買って植えたのですが、場所が不適なのと、収穫しにくいのとで、結局ダメでした。

 今年、絶好の場所を見つけたので、苗を買って植え付け、順調に地上部は育っていました。植え付けが時期的に遅かったので、茗荷の収穫はまったく期待していなかったのですが、今日久しぶりに見ると、大きな茗荷ができて花を咲かせていました。

 「えっ、今頃?」と思って調べてみて、‘夏茗荷’と‘秋茗荷’があるということを初めて知りました。収穫時期はもちろん、色味や大きさなども違っているとか。夏のイメージしかありませんでした。

 ところが、同じ茗荷から夏に収穫するのを「夏ミョウガ」、秋にに収穫するのを「秋ミョウガ」と呼ぶと書いてあるサイトと、夏ミョウガは早生種と秋ミョウガは中・晩生種という品種の違いだと書いてあるサイトがあります。どっちが正しいのでしょう?

 ともあれ、花が咲くと美味しくないでしょうから、今年の収穫は諦めて、株を充実させるようにします。来夏には薬味に使えればいいなぁ〜

〜 茗荷の花 〜
2017年10月9日(月)  No.5210

多忙な秋の日
 昨日と一転して、今日は快晴。28度まで気温が上がりました。

 今日は忙しかったぁ〜

 まず、地域の運動会の準備のため、7時半に小学校へ。行っても役には立たないのですが、町内会長という立場上、行かないわけにもいかず・・・。ほとんど、毎年参加されているお母さん方に頼りっぱなし。

 開会式の入場行進とラジオ体操に参加して、帰らせてもらいました。


 急いで僧衣に着替え、東山の妙法院門跡で行われる「七卿西竄記念法要」に出仕。観光客が多いのか、いろいろなイベントが行われているためか、道路はかなり込んでしまいした。

 文久3年(1863)の政変で、公武合体派に敗れた尊王攘夷派の三条実美、三条西季知などの7人の公卿などが、再挙を図るため妙法院に集まって京都を脱出し、長州藩に落ちのびました。
 「七卿落ち」ともいうこの事件を記念して、今も七卿をしのぶ法要が、子孫の方々によって妙法院で行われています。

 新しい御門跡が就任されて初めての法要で、ボクはソロパートも当たっていたので、少し緊張しました。冬の衣に‘帽子’と呼ばれる羽二重の襟巻き付けたので、暑かったです。

 浄斎を辞退して、自坊へすっ飛んで帰りました。幸いにも帰路はそれほど渋滞していませんでした。


 1時から檀家さんの法要でしたが、「ゆっくり目にお越しください」とお願いしていたのと、道路渋滞に遭ったのとで、少し遅れて来られました。これ幸いと5分でお昼を食べて、法要に臨みました。

 納骨を終えて墓所から戻ると、3時の法要の方がお越しになっていました。準備をして、すぐに開式。終わった後、ご先祖のことで聞きたいことがあると仰ったので、過去帳などを調べました。お話を伺って、過去帳に記載されている方々の続柄がよくわかりました。


 急いで普段着に着替え、運動会の撤収作業へ。時間的にはもうまったく間に合いません。町内のテントなどを収納する倉庫へ行ってみると、ちょうど荷物を載せた軽トラが帰ってきたところでした。何とか荷下ろしだけは手伝いました。運動会には、まったく役立たずでした。

 さすがに今日は疲れました。一度涼しくなってから戻ってきた暑さも堪えました。さぁ、寝るっきゃない!

〜 大人の競技が始まったばかりの運動会 〜
2017年10月8日(日)  No.5209

雨にも負けず
 今日は、お天気に翻弄されました。

 昨日早い時点の天気予報では9時頃までが雨だったのが、夜になると6時頃まで雨と早く上がる予報に変わっていました。今日の早朝でも同じだったのが、しばらくすると9時まで雨、その後、12時、15時まで雨マークとどんどん変わりました。

 雨雲レーダーを見ていても、8時過ぎには雨雲が切れそうだったのが、いつの間にか次々と雨雲がやってきて、なかなか止みそうにありません。

 今日はバイクでお参りに行く予定。1軒は祇園の飲食店街の路地の中。もう1軒は京大近くの、やはり路地の中。少し歩けばコインパーキングはあるのですが、空いている保証はないので、何としてもバイクで行きたいのです。

 10時過ぎ、雨雲が来るのを承知で、小雨の中をバイクで出かけました。多少は降られましたが、大したことはありませんでした。何とかバイクで行けてよかったです。

 午後は「メダカの学校」。講師の坊さんも、雨を覚悟でバイクで来られましたが、お帰りの時には少し青空も顔を見せ始めていたのでよかったです。

 「メダカ」が終わってから、明日行われる地域の運動会の準備に、会場の小学校に行きました。準備は終わっていて、まったく役に立たず。バイクで往復しただけでした。

 明日は雨の心配をしなくても済みそうなので、バイクで出かけられます!

〜 雨粒いっぱいの擬宝珠(ギボウシ)の花 〜
2017年10月7日(土)  No.5208

コーヒーカップのアイコン
 午前中、京都市に西南に隣接する向日市へお参りに行きましたが、帰りがずいぶん渋滞。「こりゃダメだ」と思って、途中からは抜け道ばかり走りましたが、それでも普段よりもずっと時間が掛かりました。

 雨で車が多いのでしょうか? 事故渋滞でもなさそうでした。

 雨が本降りなので、外作業は無理。「今日の散歩道」を行進したり、来月初めに檀家さん向けに発送するものの準備など、事務的な作業をしました。


 WINDOWS10のアプリなのか、長い時間パソコンを使っていると、右下に「作業時間がながくなっています」「「ちょっと休憩しませんか」のようなコーヒーカップのアイコンが出てきます。

 「そうやなぁ、長くなってるなぁ」と気が付く場合もありますし、「もうちょっとで終わるし」と突っ込む場合もあります。

 今日はアイコンが出っぱなし。でも、予定の仕事が終わったので、OK!

〜 彼岸花の葉っぱ 〜
2017年10月6日(金)  No.5207

今日も大文字
 月参りに伺う予定の9?才独居のおばあさんが入院されたので、今日はお参り中止。お天気も良さそうなので、また大文字山に行こうと計画していました。

 ところが、夕べ布団に入ってから咳が出て、今朝は肋骨が痛みました。お盆の後と一緒です。気温の変化で、喘息症状が出たのでしょう。

 「肋骨が痛い」「靴が痛い」という理由を付けて大文字行きを止めるのは、何だか言い訳がましくて癪です。わずか1時間ほど歩くだけですから、我慢できなくなったら這ってでも帰ればいいと、行くことにしました。

 またバイクでひとっ走り、鹿ヶ谷の登山口まで行き、「大」の火床の天辺まではこの前と同じコース。今日は鹿には会いませんでしたが、猪が掘り返した跡は至るところで見ました。鹿よりも猪は恐いです。

 「大」の天辺からさらに登って、大文字山の三角点へ。さらに奥に入って、南禅寺や山科、鹿ヶ谷への分岐点へ。鹿ヶ谷へ降りる道をとって、俊寛僧都らが平家打倒の密談をした山荘跡を通って、バイクを置いた登山口へと降りてきました。休憩を入れて1時間20分ほど。この前の倍、歩きました。

 アルプスに行くことを考えるとわずかな時間ですし、空気も薄くないので、楽チンのはず。でも、この前よりは、ちょっと疲れました。肋骨は登る前よりも痛くなりました。また、団栗をたくさん拾い、山水を汲んで帰ってコーヒーを淹れました。あ〜、楽しかった。


 自坊に帰って、石屋さんの工事の進捗具合を見にお墓に行ったら、鋭くなっている無縁墓への‘勘’が、働いたのか、また無縁墓を2基見つけてしまいました。江戸時代末期と明治期に建てられたお墓で、何度も前を通っていたのに、これまでは気が付きませんでした。

 これまで何基も見つかった無縁墓。処分をするには多額の費用が掛かりますが、処分して更地にしても、お墓のニーズは多くありません。結局、無縁墓のまま置いておくよりも仕方がないのです。

 30年ほど前までは「空いている墓地はありません」とお断りしていたのに、ずいぶん早く大きな変化です。これからは運営できないお寺がますます増えて、数も急減していくでしょう。

 大変な時代になっていきます。

〜 大文字山より見た真如堂。本堂の向こうに自坊の屋根が少し見えます 〜
2017年10月5日(木)  No.5206

ファミリーヒストリー
 夕方、お墓の移転工事の進捗具合を見に墓地へ行きました。ついでに、ちょっと気になるお墓があったので、写真を撮って帰って調べてみると、あらぁ〜 また吉祥院の無縁墓。

 最近は、「これはそうかも?」と‘勘’が働くようになってきました。だんだん無縁墓探しに長けてきましたねぇ。

 夜、ふとテレビをつけると、『ファミリーヒストリー』という番組をやっていました。著名人の父母や先祖について調べるというドキュメント番組で、今日は西田敏行さんの‘ファミリーヒストリー’でした。

 西田さんは5歳の時に、実の姉夫婦のもとに養子に行ったそうで、2人の‘父’と‘母’がいるわけです。両母の実家、実父の家系、養父の家系と、「そんなところまで、よく調べたなぁ」と驚くような事実と資料が次々と出てきていました。

 そういう内容が、今している無縁墓探索と重なります。

 昔は、養子縁組をすることが珍しくありませんでした。子供は、出産の時、少し大きくなった頃に亡くなることも多く、場合によっては母子の亡くなった年月日が同じということもあります。出産の時に母子共に亡くなっているのです。また、子供が次々と亡くなっていることもあります。結核などの伝染病です。夫婦が同じ日に亡くなっている場合もあります。事故か心中でしょうか?

 無縁墓を見つけ、過去帳でその家系を辿る中で、おぼろげながら‘ファミリーヒストリー’が見えてくるわけです。最後は誰もいなくなって家系が途絶え、しばらくは参っていた親戚も来なくなり、墓がそのまま残っていった・・・。

 いまの自坊の檀家で、子供がいない、女の子だけで他家へ嫁いでいるという理由で、お墓を継承する人のいないお家は、少なくとも20〜30軒あります。無縁墓とならないように、「お墓をどうされますか?」という話もしていかなければなりません。遠い親戚しか残っておられない場合は、寺の費用でお墓を整理しなければならないケースも増えていきます。

 大変な時代になってきたなぁ〜 無縁墓の家系は、過去帳からだけしかわかりません。「家系を辿ることのできる人は幸せだなぁ」とも感じました。

〜 上手く撮れなかった中秋の名月 〜
2017年10月4日(水)  No.5205

1日中、お墓
 朝、明るくなってきた頃、雨もあがってきました。

 昨日に未解明のままだったお墓の疑問を解くべく、静まりかえった墓地へ。所在不明の2家の墓石を探してぐるぐる回りましたが、やはりよくわかりません。一旦諦めて自坊でまた調べ物をして、墓地管理人が来るのを待って、また墓地へ。

 頼みは、管理人さんの持っている墓地マップ。それを頼りに一緒に探しましたが、なかなか見つかりません。何とか「ここかも知れない」と目星を付けて写真を撮り、帰って過去帳を調べて、「ん〜、ここだろうなぁ」と特定しました。

 ついでに、管理人さんに「ここも吉祥院さんとなっていますが・・・」と、無縁状態になっているお墓をいくつか教えてもらいました。まったく知らなかったお墓、絶家になってお墓はもうなくなっていると思っていたところ、過去帳では知っていたけれど誰もお参りされないので意識したことさえなかった家のお墓など、また一気にたくさんの宿題を抱え込んでしまいました。ほとんどが、最後に埋葬されたのが明治から昭和初期。曾孫すら存命ではないでしょう。お墓を見ても、お参りした形跡がまったくありません。

 さぁ、そこから調査開始です。表に「○○家」と書いてあるお墓ならいいのですが、昔は戒名だけが彫ってあるお墓が多く、家の名前が横に彫ってあれば大きな手がかりになります。さらに、その戒名の方が亡くなった日付が彫ってあれば、かなりの確率で誰のお墓かが特定できます。

 まずは、文字が彫ってある面をすべて写真に撮ります。汚れて見えにくい場合は水とワイヤーブラシで苔などを洗い流した上で撮影。風化して読みにくい場合は、フラッシュを焚いたり、撮る角度を変えてやってみます。
 その後、自坊に帰ってパソコンで写真を拡大しながら過去帳と照らし合わせる作業を延々としました。その間も、もう一度写真を撮り直したり、「ひょっとしたら」と確かめに行ったり、今日は何度お墓へ行ったことでしょう。

 苦労の甲斐があって、8基のお墓が解明できました。古いものは江戸時代。すべて無縁となってしまったお墓です。自坊の後継者が再びこんな苦労しなくてもいいように、過去帳に入力し、自坊のお墓マップもすぐに修正しました。

 長い間、誰にも参られることもなかったお墓なので、調べただけでは気の毒。それぞれのお墓の塔婆を書いて、針金を持参して墓石に塔婆をくくりつけて供え、簡単ながら回向しました。

 もうこれ以上、調べなければいけないようなお墓は出て来ないだろかなぁ〜 やっぱり、あるかなぁ。

 今日は墓石や過去帳凝視することが多く、目が疲れました。

〜 こんなにはっきり読めると助かります 〜
2017年10月3日(火)  No.5204

さぁて、どうしよう・・・。
 朝、雨の中、土木の業者さんと打ち合わせをしました。夏の大雨の時、墓地の境界の斜面が少し崩れたので、そこに擁壁か石垣を作る相談です。

 長さが40メートルほど、高さも4.5メートルほどありますので、工事費は相当な金額になります。

 真如堂の墓地は、本坊と8軒の塔頭の共同管理のようなもので、これまで、墓地に関わる大きな普請の費用は墓地の永代志納金でまかなってきました。でも、最近は墓地のニーズ自体が大きく下がって永代志納金は期待できず、今度の工事費用をどうやって捻出するかは頭の痛い問題です。

 今日ざっと見てもらって、ごく大まかな見積を出して貰いますが、数百万かかるのか、一千万超か、もっともっとか? 素人にはまったく見当が付きません。費用をどうしましょう・・・困った、困った・・・。

 次第に雨が本降りになってきたので、今日は事務仕事。暑さが収まったので水やりをサボっていると、思った以上に土が乾いていて鉢植えのものも萎びていたりします。ですから、たっぷりの雨もまた嬉しいです。

 もう10月ですねぇ〜 お盆過ぎると早いなぁ〜

〜 色付いてきた自坊の庭の花水木 〜
2017年10月2日(月)  No.5203

お地蔵さんを預かりました
 今日は、東山の尼寺での大般若、帰って自坊で法事、近くの町内のお地蔵さんのお性根抜きと、ちょっと忙しかったです。

 移動の途中のいくつもの小学校では、運動会が催されていました。尼寺の横の女子校は文化祭だそうで、かなり賑やかでした。そんなことからも秋を感じますが、お天気は昨日ほどはよくありませんでした。

 近くの町内のお地蔵さんのお性根抜きは、今までお地蔵さんが安置してあった場所が個人の敷地だったようで、そこが売却されたために、立ち退かざるを得なくなったのです。
 町内で他の安置場所を探した結果、幸いにも移転場所を提供してくださる方がおられるのですが、隣家の方が自分の敷地の鬼門に近いから反対だとか・・・いろいろな意見の方がおられるようです。
 拝んでいる時間よりも、次の安置場所の選定や祠の向きなどについての相談のほうが、ずっと長く掛かりました。

 次の安置場所が決まるまでの間、自坊にお預かりして安置しておくため、お地蔵さんを移動しなければなりません。祠には底がなくて、土台の上に直接安置してようなので、数人がかりでお地蔵さんの祠を高く持ち上げてもらい、土台の上に残ったお地蔵さんをボクが僧衣を着たまま、「えー、大丈夫ですか!?」と言われながら、ひとりで車まで運びました。ちょっと大きかったので、重たかったです。

 帰って、お地蔵さんが集まっておられる場所に仮安置。この場所のお地蔵さんは、いずれもいろいろな事情であちこちから集まって来られた方ばかり。祠ごと引き受けたケースもあります。

 今日のお地蔵さんが、円満無事に次の安置場所が決まって、また元の町内に戻られますように・・・昔からずっと町内の皆さんの崇敬を受け、夏には地蔵盆の‘主人公’になってこられたのですから。

〜 自坊の前のお地蔵さん。奥の大きい方が、今日お預かりしたお地蔵さん 〜
2017年10月1日(日)  No.5202

No. PASS
 OR AND
スペースで区切って複数指定可能
[日記一覧]
shiromuku(fs2)DIARY version 1.25