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2005年2月の日記

“一隅を照らす”木を植えよう!
 今朝は寒く、自坊のつくばいには氷が張っていました。

 朝から夕方まで、大津・坂本で会議でしたが、大津へ行く山中越の道ばたには、まだ雪の残っているところもありました。

 坂本の土手にツクシが出ていないかと見てみましたが、まだ少し早すぎるようでした。


 10人ほどの会議は、あちこちで咳をする人だらけ。「わぁーうつされる」とボクが言える立場ではありませんが、まだボクのほうがマシ。


 何だかしょっちゅう会議をしていますが、この会議から実際にいろいろなことが実現できていくので、やり甲斐があります。

 先日、京都議定書が発効されましたが、これを契機に、天台宗の寺院に、皆さんの思いのこもった「“一隅を照らす”木を植えよう!」という運動を、今日提案しました。

 何百本? 何千本? いや、何十本かな? 何とか実現できるように、また次の会議で詰めようっと!
2005年2月28日(月)  No.554

セキの山
 朝起きたら、うっすら雪景色。

 地面には雪はなかったので、バイクで出かけましたが、街中にはまったく雪の気配もなし。
 真如堂と市街地では、そんなに温度が違うのでしょうか・・・。

 風邪は治ったのですが、咳が取れなくて、難儀しています。喉はボクの最大のウィークポイント。

 今日お経をあげに伺ったお宅では、読経の途中で、そっと水を出してくださいました。ありがとう。

 バイクで走っていった後にお経を読む時は、なおさら咳き込みます。そうなるのはわかっていても、車で行けないところもあるので、やむを得ません。

 咳き込みながらのお経は少しも有り難くないどころか、聞き苦しいだろうなぁと思いながらも打つ手がなく、早く治るのを待つのみです。
2005年2月27日(日)  No.553

ロケット打ち上げ
 H2Aロケットの打ち上げがようやく成功。よかったです。

 経費がかかりすぎとか、国際競争力がないとか、いろいろな批判はさておき、宇宙に向かってロケットが飛ぶというのは夢がありますね。

 前回の失敗で、「日本の技術って、大したことなかったんだぁ」と失望ぎみだっただけに、今度の成功は嬉しかったです。

 これで、気象衛星の精度もあがるし、航空管制の高度化も期待できます。

 子供の頃、アポロが月面に着陸した場面などをワクワクしながら見たのを思い出します。あれはアメリカの自作自演だという人もいるようですが。

 今回の打ち上げ成功は、ニュースでちょっと触れただけ。もう少し取り上げてくれてもいいのになぁ。実況中継をして欲しかったなぁ。
2005年2月26日(土)  No.552

ラジオ収録
 夜、お坊さんグループ“薄伽梵KYOTO”のラジオ番組の収録をしました。

 今日のゲストは、都市景観計画や歴史的環境保全を専門とする大学の先生。

 町並みや景観保存への興味は、最近特に高まっていますが、財産権の問題なども絡んで、なかなか理想通りにはいきません。

「東京の建築の先生は、町屋を保存して住むなんて貧乏人のすることだと思っています。価値なんかないと思っているのです。そんな人が京都に住んで3年ほど経つと、少し変わってきます」と、先生。

 古い町並みや民家に価値を感じず、ビルを建てることを至上とするような価値観を持っている人が、日本の建築を動かしているのでしょうか?

 高度経済成長から抜けきれないような、バブリーな価値観を持ち続けているような人が、たとえばあの壁のようなJR京都駅ビルを設計し、“創造”の名の下に、京都の景観を台無しにしているのでしょうか。

 京都議定書、愛知万博など、環境への取り組みも盛んですが、生きざまが変わらなくては何も変わらないなぁと思いました。


 それにしても、京都の三条から月1回放送している“Radio 薄伽梵KYOTO”、われわれのグループでさえ誰も聞いたことがないみたい・・・。誰か聞いてくれているのかなぁ。
 ネットでも聞けるみたいです。
2005年2月25日(金)  No.551

目がスゥースゥー
 どうでもいい話ですが・・・

 マスクをしながら、メントール入りの飴をなめ、息を吐くと、すご〜く目が涼しいです。

 今日買った飴は、甜茶エキスとシソの実エキス、シソの葉エキスなど、8種類のハーブエキスを配合した強力メントール入りとやら。ノンシュガーで、まったく美味しくもなく、ただスゥーッとするだけの飴でした。

 目を涼しくするには、吐いた息が鼻の両脇のマスクの隙間から目の方に向かって抜けていく必要がありますので、ガーゼのマスクではダメかも知れません。

 息をするたびに、とにかく目がこそばいほどスゥースゥーして、楽しく過ごせること請け合い!

 皆さんにもぜひ一度お試しいただきたいと思いました。
2005年2月24日(木)  No.550

セルフのGS
 近くのセルフのガソリンスタンドに行きました。

 最近、ガソリンスタンドの廃業が多く、スタンドの数もめっきり減りました。過当競争も激しいのでしょう。

 スタンドに行った時の、「窓をお拭きしてもよろしいでしょうか?」「はい」、「灰皿、ゴミはよろしかったでしょうか?」「はい」、「ガソリンタンクの水抜き剤をお入れしましょうか?」「いりません」、「ボンネットの点検をさせていただきましょうか?「いいえ、結構です」などというやり取りが面倒で嫌いです。

 いいのは、「車の中をお拭きになりますか?」と雑巾を渡してくれるところぐらい。

 ただガソリンを入れてくれるだけのスタンドはないものかと、ガソリンを入れるたびに思っていました。

 今日行ったセルフのスタンドは、自坊から一番近いGS。この前までコンビニ併設でパンまで焼いていましたが、昨年頃にコーヒーショップに替わったようでした。

 スタンドのセールストークが嫌なのと、セルフでガソリンを入れる作業が好きなこともあって、前から入れに来ようとは思っていましたが、僧衣姿で運転していることが多く、「衣姿でガソリン入れるのは・・・」と躊躇していました。

 ガソリン残量の警告灯がついて数日経った今日、もうそろそろ入れないとエンストしてしまうと思い、僧衣姿ではありましたが、意を決して寄りました。

 給油機の前に車を止めて、支払い方法、油種、量などを選び、静電気を除去して、はい給油スタート! 

 スタンドの人が入れる時より油量メーターの回りが遅いようですが、そういう構造なのでしょう。

 満タンになったら、ビックリするぐらいの衝撃と共に、止まりました。

 現金払いの場合は、コーヒーショップのレジで精算するシステム。これはちょっと気恥ずかしい。

 次回からはわざわざ支払にコーヒーショップに寄らなくてもいいように、クレジットカードと連動した特殊な器具を貰いました。

 次回からは洋服を着ている時を選んで、ここで入れようっと!
2005年2月23日(水)  No.549

地下会議
 京都駅前で会議室を借りて、朝から夕方まで会議。

 いつも大津・坂本で開いている会議が、会場の都合で開けず、場所を替えて開催しました。

 京都タワーの横、建物を出れば壁のような京都駅が正面に見えるホテルの地下会議室。

 携帯は入らないし、もちろん窓は一つもないし、テーブルと椅子とコート掛けだけの殺風景な部屋。

 こんな部屋での長時間の会議は、気分まで閉塞的になります。

 よかったのは、いつもはお弁当の仕出しだった昼食が、今日は自由に食べに行けること。

 今回はそれぞれがバラバラに食べに行くと時間もかかるので、近くの居酒屋チェーン店を予約しておいて、そろって食べに行きましたが、気分転換にはもってこい。

 歩道で配られていたポケット・ティシューも往復に貰えたので、満足で〜す。

 会議の参加者は、群馬・東京・名古屋・滋賀・兵庫・香川・島根から来られているので、「のぞみ」が停車する駅の真ん前というのはなんと言っても最高の場所です。

 これで地下ではなく、眺望のきく会議室だったらなぁ・・・借室料が高いのでしょうねぇ。
2005年2月22日(火)  No.548

終わり悪し
 お経を唱えに行ったついでに、鷹峯のお寺でPCサポート。

 机の下に潜ったりしているうちに、「ビリッ」と着物がほころびる音が何回かしました。ちょっとヤバイ・・・。

 駐車場の車の中で衣から普通着に着替え、コンビニでサンドウィッチとコーヒーを買って、信号待ちのたびにかぶりつきながら、ボランティアへ。

 研修会に参加し、終わってから機器のセッティングをしましたが、イマイチうまくいきません。

 終わり悪ければすべて悪し? 何だかすごく疲れました。
2005年2月21日(月)  No.547

雪舞う
 最低気温5度、最高気温7.6度と、気温がほとんど上がらず、風が強くて屋外の体感温度はかなり低め。

 雪の舞う寒〜い1日。真冬に逆戻りしたかのようです。

 お墓で回向をしていても、焼香が風で飛ばされてしまいそうでした。


 先日買ってきた5箱パックのティシューが、どんどんなくなっていきます。自室には2箱が置いてありますが、部屋にいる間中、消費されている感じです。

 花粉症の人は、常にこういう感じなのでしょうか。お気の毒。


 最近のテレビは、ホリエモンのことか北朝鮮絡みばっかりの金太郎飴状態。

 ホリエモンがフジを乗っ取って、ちょっと違う毛色の番組を流してくれるのもいいかも知れません。

〜 満開の馬酔木 〜
2005年2月20日(日)  No.546

勤続30年
 お世話になったおばあさんお二人の1周忌と3回忌をお勤めしました。

 数えで100才と93才。ボクが物心ついた時には、すでに“おばあさん”でした。

 お一人は神主さんたちの装束作りに、もうお一人は学生服のお仕事に、亡くなる直前まで携わっておられた、心の通った方々でした。

 考えてみれば、子供の頃から“おばあさん”だった人たちは、もうほとんど亡くなりました。

 家を代表する人が、ボクより若いたちというケースも増えてきました。

 振り返ってみると、ボクも30年あまり坊主をやっているんだなぁ・・・その割には・・・。
2005年2月19日(土)  No.545

あと一息
 風邪はかなり治りました。もう寝ていなくても大丈夫。

 今日は更新写真を撮りに出た他は、おとなしくデスクワークをしていました。

 もう少し元気になったら、あの木の剪定をしなきゃ、肥やしもやっておかないとなどと、窓の外を眺めながら思っていました。

〜 梢に残っているモミジの枯れ葉 〜
2005年2月18日(金)  No.544

風邪をおして・・・
 天台宗関係の機関紙の取材のために、朝、三千院に伺って、御門主にインタビュー。

 気さくなお人柄で、いっぱいお話くださいました。

 後はそれをまとめるのボクにかかっているわけですが・・・困ったなぁ。


 午後は、部品待ちで延期したボランティア事務所のLAN工事の続き。

 こちらは3歩後退4歩前進・・・逆かも知れません。やればやるほど新しい問題が見つかったりして、また頭を抱えて帰ってきました。


 風邪は前進も後退もせず。ボクの中で停滞中。

〜 インタビューに応えて下さった三千院御門主 〜
2005年2月17日(木)  No.543

風邪全快せず
 1日ゴロゴロしていましたが、風邪はよくならず、牧師との夕食会をキャンセル。

 食欲はあるので、栄養を摂って治そうと、食事や果物などもいっぱい食べました。それでいてゴロゴロしているのですから、きっと太っているに違いありません。

 「風邪太り」は、結構ボクのパターンかも知れません。
2005年2月16日(水)  No.542

『通販生活』
 先日、年甲斐もなく暴飲したのがたたって、昨日辺りからの風邪が本格化してしまいました。

 インフルエンザではないようなので、少し休養をとることにしました。

 吸入の薬もなくなりかけていたので、いつもの「中の下」ドクターに行きました。

 診察室に待っている人の姿はなく、受付をしていると、すぐ横のトイレからドクターが出て来られました。

 今処方されている吸入薬は声がかすれたり裏返ったりするので、違うタイプの吸入薬に替えてもらい、併せて風邪薬も出して貰いました。


 帰りに本屋に寄って、寝ながらでも読めるようにような、通販のカタログ誌を買いました。こういうのを見るのは大好きです。

 帰って開いてみると、最初のページは「歩ける寝袋」や「目隠し携帯枕」など、「誰が使うの!?」と思えるような珍品ばかり。

 「髭押さえ珈琲カップ」は、「中の下」ドクターにプレゼントしてあげたいなぁ。


 チラッと見ただけで、あとはひたすら寝ました。

〜 「髭押さえ珈琲カップ」 〜
2005年2月15日(火)  No.541

便利屋
 午後からボランティアの事務所の模様替えをしました。

 備え付けの棚を移動したり、壁に穴を開け畳を上げてLANの配線をしたりと、一人で大騒動。

 事務所の機能を止めての作業なので、早く仕上げなければいけないという制限もあり、焦る気持ちからか、窓を全開していても汗だくになりました。

 それぞれ大切な時間やお金を使って活動してくださるボランティアの人たちに、少しでも快適で活動しやすい環境を作りたいと思っています。

 そのために、ボクは“便利屋”的な立場で、大工、電気、パソコンなどの分野が一番貢献できるかなぁと思っています。

 200人近いボランティアが活動していると、なかなか落としどころも難しいですよ。。。
2005年2月14日(月)  No.540

枳殻邸で思う
 夕方、枳殻邸(渉成園)に行きました。

 ここへ来るのは20年ぶりぐらい。以前は、仕事で来たので、ゆっくり見ることはできませんでした。

 背中が河原町通に面しているとは思えない静けさ。人もまばらで、時間さえあれば、ゆったりできるでしょう・・・残念ながら終了まで30分しかありませんでした。

 枳殻邸と言えば、近年の東本願寺の扮装の中で、裁判沙汰になった因縁の場所。今ここを訪れている人で、そんなことを知っている人はおそらくボクだけでしょう。本当に静かです。

 かつては東山などが借景になっていたのでしょうが、今はグルッと見回すと、マンションや京都タワーが木々の向こうに見えてきます。

 町の真ん真ん中ですから仕方がないことですが、借景の庭の多くは借景が壊れていく危機にさらされています。

 先日、そういう庭のある寺のご住職と話をしていたら、龍安寺も昔にそういう危機にあって、それから塀を作ったのだ、今の庭からは「虎の子渡し」はわかりにくいというようなことを話しておられました。

 その住職の寺の借景も、借景の中に建物が建つ危機が迫っています。

 京都市は、眺望景観を保存するために、100箇所を選んでガイドラインを作り、場合によっては土地を購入するという計画を発表しました。京都の文化観光資源を守ることにようやく腰を上げたのでしょうか。
 「観光都市・京都」と大見得を切る割に、今までの京都の観光に対する姿勢、文化を継承しようという意欲は、あまりにもお粗末でした。

 開発と保全は、多くの場合なかなか両立しない課題です。それを守ってこそ京都であり、多くの人に来ていただけるのでしょうが・・・。

 枳殻邸のゆったりした雰囲気に浸りながらも、景色の中にいろいろなことが見えてくる気がしました。

〜 森の向こうにはマンションや京都タワーが見えます 〜
2005年2月13日(日)  No.539

友あり、遠方より来たる・・・長浜へ
 連休を利用して京都に来た遠来の友と、長浜の盆梅展に行きました。

 わざわざ京都に来ているのになぜ滋賀県に・・・と思われても当然ですが、こんな梅は京都では見られないし、何よりボクが見たいので。


 盆梅展に行くのは今回が3回目ですが、何度行っても感動します。

 明治天皇行幸の折に地元の富豪によって建てられたという建物に入ると、強い梅の香りに鼻が刺激されました。

 樹齢100年、400年ほどという古木が、偉容を誇って、ズラッと並んでいます。

 桃色、緋色、白、一重、八重、心が枯れて皮だけで生きながら素晴らしい花を咲かせている木、大木を思わせるような木、いやぁ、とても表現し切れません。

 土曜ということもあってか、老人クラブのような団体が多く、もううるさいほどしゃべってばかり。「静かにして!」と言いたくなるくらいの雰囲気には閉口でしたが、それくらいで梅の素晴らしさが減るわけはありません。

 強引にでも行ってよかったです。


 戦国の世、羽柴秀吉の城下町となった長浜は、自由商業都市として大いに賑わい、今も町並みからその様子が伺われます。

 狭い長浜の町は観光ゾーンは大勢の人で溢れ、むしろ京都より活気があるような感じでした。


 馬酔木が咲いているというお寺に、今回初めて行きました。

 真宗大谷派の長浜別院大通寺は、伏見城の遺構と伝えられる本堂や大広間をはじめ、円山応挙、狩野山楽・山雪、岸駒の襖絵など、期待を遙かに超えたお寺でした。長浜にこんなお寺があるなんて・・・。

 馬酔木にはまだ早かったですが、これまた感動しまし、帰りにピンクの馬酔木の苗を買いました。


 盆梅展会場の「焼鯖そうめん」というチラシに惹かれ、大通寺に行く前に覗いたらズラッと行列が出来ていたので、「後でもう一度寄ってみよう」と思っていたお店が、ねらい通りガラガラ。

 焼鯖を炊いた汁にそうめんを通した焼鯖そうめん。骨まで食べられる焼鯖の美味しさとその旨みと汁の甘みが麺に絡んだ味。予想もしなかった取り合わせですが、美味しかったです。


 帰りには通りがかったホームセンターに迷わず立ち寄り、いつもながらの「これ欲しいなぁ〜」を連発。ホームセンターは奥が深い!


 長浜に行ってよかったなぁ。

〜 盆梅展/焼鯖そうめん 〜
2005年2月12日(土)  No.538

新しい力
 朝、東山の方から号砲の音が聞こえてきました。

 今日は某新興宗教の大護摩を焚く行事があるので、その知らせの号砲でしょう。

 参加者は数万人にも及び、市バスの臨時路線が開設されているのか、見慣れない表示のバスが走っていました。

 この某新興宗教も次第に落ち着いてきましたが、それだけの信者を集める力はものすごいもの。

 それだけ悩んですがる人が多いのでしょうが、そのような人はあまり既成の教団には来られません。

 このままでは既成教団はじり貧の一途だという思いがしてきます。
2005年2月11日(金)  No.537

若返りメイクアップ
 「今日の散歩道」の更新、ボランティア絡みの書類作り宗派関係の機関紙のアイデアを考えて、頭はグルグル。

 かつては、もっといろいろ一度に抱え込めたのになぁ・・・。仕事のやり方を変えないといけなくなってきたのでしょうか。


 パソコンに向かっていると、いろいろなメールが入ってきます。メールソフトやセキュリティーソフトの振り分け機能で、直接[削除済み]ホルダーに放り込まれるメールは、1日100通ほど。
 たまに大事なメールが入ってしまうこともあるので、[削除済み]のゴミメールをひっくり返して“宝探し”をします。


 今日来たDMメールの中に面白いのがありました。

 「ワンクリックでシワやシミを取り除いてしまいましょう」とあったので、化粧品かエステのDMかと思ったら、パソコンソフトのPR文句でした。

 「とてもカンタンな操作で被写体を若返らせるデジタルメイクアップ アーティストです」って、顔写真を1クリックすれば、メチャクチャ若く綺麗に変身させてくれるソフトなのでしょうか?

 原形を留めないほど変身させられたら、その方がショックかも知れませんね。いろいろなことを考える人がいるのですね。

 どんな人が使うのでしょうね。

〜 バレンタインのチョコ山積み? 〜
2005年2月10日(木)  No.536

タイヤ交換
 昨秋の車検で、「タイヤを交換しましょうか?」と言われたのですが、デューラーで交換すると高くつくので断り、そのうちに替えなきゃと思っていました。

 知人にタイヤのことを話したら、「ネットで買えば安いですよ」と言われ、調べてみたら確かに3割ほども安い。「送料がいるしなぁ」と思いましたが、「送料無料」。

 「ほんまかいなぁ・・・」と思いつつ、そのままになっていました。


 最近になってタイヤを見てみたら、ひび割れなどがあって、「高速でバーストでもしたら・・・」と思うと、だんだん怖くなってきました。

 もう一度ネットで調べてみたら、やっぱり安いし、送料無料だし、料金は着払い。

 買ったはいいけど、入れ替え作業はどうするか・・・カーショップに電話して聞いたら、持ち込みタイヤの作業料はその店でタイヤを買った場合より高くなるものの、ほんの数百円高。

 即、電話で注文! 翌日の今日には届きました。


 昼食を食べて出かけようとしていたら、宅配業者から「もうすぐお届けします」コール。

 「どうせなら直接車に積んで、出先からカーショップに回って交換しちゃおう」と、外で宅配御者を出迎え、着払いのタイヤ代を支払って、車の後部座席にそのままドス〜ン!

 それが、ボランティアの事務所に着くまでの40分間ほど、臭いのなんのって。タイヤがあんなに臭いとは思っていませんでした。

 ゴム臭だけではなく、なんだか昔の肥汲み現場のような臭いが車の中に充満。あまりに臭いので、前のガラスは半開き、後部座席は全開にして、寒さを堪えながらやっとの思いで着きました。
 もう少し乗っていたら、気絶していたかも知れません。

 用事を済ませて、また臭いのに堪えながらカーショップへ。臭さにもちょっと慣れたようで、今度は案外大丈夫でした。

 タイヤの入れ替えはあっという間でした。

 タイヤを替えた車は、何となくハンドルの切れも、乗り心地もいい感じ。これで大丈夫。どこへでも行くぞ!

〜 後部座席に載せた臭いタイヤ 〜
2005年2月9日(水)  No.535

機関紙の編集
 今度創刊することになった宗派関係の機関紙、ようやく大枠が決まってきた状態で、まだ記事の1本も出来ていません。

 3月半ばには10万部を全国の天台宗寺院に配らなければいけません。

 午後からは自坊に、今までにも何冊かの出版の仕事を一緒にした出版社の社長で、今回の機関紙の専門委員を委嘱した方にお越しいただき、ああでもない、こうでもない・・・。

 先日の会議でようやく決まった「 Be−ONE 」という紙名も、お年寄りには馴染めないとトップからダメ出しされ、ボツ。また振り出しに戻ってしまいました。

 3時間ほど協議をして、とにかく取材や原稿依頼をする算段をして、あとはとにかくやるっきゃない!

 来週には、三千院に行ってこなきゃ。
2005年2月8日(火)  No.534

瓢箪から駒?
 3月の「メダカの学校」の講師に、ひな祭りにちなんで人形の話をしてくださる方を探していましたが、昨日、ネットで調べているうちに、「伏見人形」という京都の伏見に伝わる土人形を知りました。

 伏見人形は五穀豊穣の神、商売繁盛の神として幅広い信仰をもつ伏見稲荷大社の稲荷山の土で作られた人形で、 日本の土人形の中で最古の歴史をもち、全国で90余種以上ある土人形で、伏見人形の影響を受けないものはないと言われるほど、日本の土人形の元祖的存在だそうです。

 そういえば、うちにもそういう土人形があって、端午の節句の時に五月人形のついでのように飾られていた気がします。


 ネットであちこち検索して、伏見人形を研究されているというMさんに講師をお願いしたい旨のメールを差し上げたところ、数時間経って、お引き受けいただける返事をいただきました。

 Mさんのメールには、「真如堂の前に約7年下宿していました」と書き添えてありました。

 今年70歳になられるというそのMさんは、学生の頃から結婚されるまで真如堂門前に住んでおられたというのですが、何回かメールのやりとりをしている間に、どこに住んでおられたのかが具体的にわかりました。

 わかってビックリ!

 Mさんが下宿されていたのは2階で、今日ボクがお経をあげに行くSさんご家族は1階に住んでおられたのでした。
 苦学生だったMさんは、大学の先生をされていたSさんご夫妻に、まるで家族のようにお世話になったとのことでした。

 Mさんは、「若いときの楽しい思い出が一挙に吹き出た感じです。仏さんが、家族のように世話になったSさんを一度お尋ねしなさいとおっしゃったような感じです」と感激され、ボクが読経に行く今日、ぜひとも伺いたいとおっしゃったのですが・・・夕べの段階ではすでにご予定が入っていて叶わないはずでした。

 ところが、今朝、Sさん宅に伺うと、Mさんから電話があって、ボクがお参りする時間にあわせてお越しになるとか。

 読経を始めてしばらくすると、人の気配がし、終わって振り返ると、Mさんご夫妻が座っておられました。

 予定を変更して、とにかく駆けつけて下さったのでした。

 話していると、不思議不思議の連続。

 SさんとMさんは50年来の知己。

 わずか50メートルほども離れていない近所におられたSさんとは、やはりその頃から今にいたるまでずっと懇意で、35年ほど前に今の場所に転居されてからも、家族全員が出かけなければいけない時には留守を願いしたりしたこともあった仲。
 ボクとSさんの子供さんも幼なじみ。もちろん、お宅には何度も遊びに伺っていました。その2階に住んでおられたのです。

 Mさんとボクも、きっと数十年前にすれ違ったことがあったに違いありません。
 初めてお目にかかるMさんのお顔は、そういうこともあって、とてもなつかし感じがしました。

 10年前、Sさんのご主人が亡くなった時には、ボクはお葬式の読経をしに伺い、Mさんは遺族同様にやはりそこにおられたのだとか。

 Sさんの奥さんは、古いアルバムを出してこられ、涙・・・。

 「メダカの学校」の講師依頼というまったくの偶然が縁で、こんなにあれよあれよと数十年の時と空間が一気に縮まるとは・・・。

 何だか嘘のような時間でした。

〜 伏見人形の立雛 〜
2005年2月7日(月)  No.533

お断り!
 今年の4月から出講を依頼されていた学校を断りました。

 先日来、講義概要の原稿を書くのに四苦八苦していましたが、あまりにもずさんな対応に呆れてしまいました。

 その学校は、大学卒業者を対象に「専攻科」というのを新設したいと文部科学省に申請し、今春からの開設が認可されたのです。

 ボクが出講打診の電話を受けた時に聞いた話とは、その後担当者から説明を聞いたのとは少し話が食い違っていて、ボクに「実践仏教学」の他に「経営学」という科目を依頼したいということでした。

 「経営学」などとはまったく寝耳に水なので、どうういう趣旨でこの科目を設置するかという説明を何度も求めてきましたが、「内容については、あらためてご相談いたしたく」などというだけで、結局まったく説明なし。

 先週、会って説明したいと予定を聞いてこられたので、ボクは3日分の予定を知らせましたが、その後なしのつぶて。

 担当者の性格なのか、学校の体質かわかりませんが、あまりにもひどい。

 学科を新設した学校の意気込みはとても素晴らしいと思っていたのですが、学校生き残りの策として新コースを設置するという発想なのでしょうか、設置することばかりが先行して、きちんと内容まで詰めていなかったのではないでしょうか。

 以前行った他大学の新設コースでも、設置の趣旨としてPRした内容と実際が大きく違い、学生が学校当局に団交するに至ったこともありました。

 こんな状態で開講しても、学生が気の毒な状態になること必至。

 残念でもありますが、お断り!
2005年2月6日(日)  No.532

展覧会をしよう!
 夕飯前になって、大学時代のクラブの後輩から電話がありました。

 「今、東京やにゃけど、これから京都にいくんやけど・・・」「おお、久しぶりやなぁ。ほな、呑もか」と即決。

 四条河原町近くの裏通りにある、昔のたまり場だった居酒屋で呑むことにしました。

 すっかり変わった町並みから取り残されるように、その居酒屋のある幅2メートルばかりの場末の雰囲気漂う露地だけが、昔を彷彿とさせてくれました。

 この店に来るのも6年ぶり。「社長」はちょっと老け込んだけれど、奥さんはまったく変わりなし。ボクたちの時代同様に、クラブの後輩がアルバイトをしていました。

 ボクは大学時代、美術部に入っていました。美術部といっても、油絵や水彩をするばかりではなく、ポップアート、版画、写真、陶芸など、表現に関わることなら何をやってもいいクラブで、ボクは写真と陶芸をしていました。

 東京から来た後輩とは10年ぶりくらいかなぁ・・・

 お決まりの「あの人はどうしてる?」という話や加齢による身体的変化の話題が大半を占める中、「もう一度、展覧会をやろうよ!」ということになりました。

 大手食品メーカーに勤める彼は、大学を卒業して25年来、何ら“表現をする”ことに関わって来なかったそうです。

 企業論理とは違う価値観を持っていたい、表現者であった自分を取り戻したいというような、自分を見つめ直す年代に至ったのかも知れません。

 つい最近立ち上げた美術部OBのメーリングリストを通じて、展覧会の賛同者を募っていくことになりました。

 新しいアクションの兆しが生まれた、いい夜となりました。

〜 昔ながらの居酒屋で 〜
2005年2月5日(土)  No.531

焼酎ボンボン
 朝から夕方まで、大津・坂本で会議。案件が処理しきれないので、今月中にあと2回、会議を開くことになってしまいました。

 坂本は、真如堂より雪がたくさん残っていました。


 帰ったら、何やら荷物が届いていました。

 開けてみたら、「おお! チョコレート! バレンタイン?」

 しかも、ウイスキーボンボンならぬ、焼酎ボンボン。芋あり、麦あり、日本酒まであり。

 焼酎もチョコも好き。でも、それが合体するとどんな味になるのやら・・・。

 昨日届いたコーヒーと焼酎ボンボンの組み合わせはいいかも知れない・・・いや、きっといい!


 会議に行くまでに写真を撮って、夜遅くまでかかって、「今日の散歩道」の更新を定例日に済ませました。
2005年2月4日(金)  No.530

1杯19円
 友人が、「一人分入れるのだったら、これがいいわよ」と教えてくれた、テレビや新聞でも「1杯19円」とCMをしている1人用ドリップバッグのコーヒー。

 ホームページから、初回注文に限定した「お試しセット」を購入しました。

 モカ/ブラジル/マイルドブレンド/ヨーロピアンブレンド/コロンビア各16袋+コク深焙煎2袋 計82袋が入って、1980円。

 1980÷82=24.1 ん? よく見ると、「19円から」と書いてありました。まぁ、いいか。

 飲む分だけ入れるのが美味しいのはわかっているのですが、面倒なので、いつも3杯分ほど入れ、最後の1杯はかなり時間をおいてから飲むこともあります。当然、美味しくありません。

 水出しコーヒーなら、しばらく冷蔵庫で保管しておいてもスッキリした美味しさは変わらないのですが、水でコーヒーを入れることはかなりの時間がかかります。

 そんなこんなで、最近は結構美味しいインスタントもあるので、そちらに傾きつつありました。

 そんな時のドリップバッグのコーヒー。飲んでみたらなかなか美味しい! 入れてしばらく経ったコーヒーよりは、確実に美味しい!

 一つ一つパックしてあるので、長持もしそうです。今回買ったのでも6種類の味が楽しめますので、気分によって「今日はモカにしよう」「あー、今日はヨーロッパな気分」とかいって、味もよくわからないくせに替えてみることもできます。

 楽しみが増えたような気がします。
2005年2月3日(木)  No.529

一太郎
 今日・明日と、真如堂の節分で、般若心経を1年の日数分唱え、向こう1年間の除災招福を祈願する行事が行われています。

 1人ですべてではなく、8人で30分交代で唱えるので、難行苦行ではありません。

 30分間に唱えられる般若心経は約15回。それを10時から4時まで交代で唱えると、1日で180回になります。2日で360回。ちょうどいい数になります。

 お参りに来られる方の大半は、隣山の吉田神社に行かれる途中に通りがかったような方ですから、人数も多くありません。

 薬湯の接待をしているテントに入ってこられる方と雑談などをしながらの、のんびりした節分会です。


 「一太郎」の会社から、「そのまま継続して製品を使用できます」というメールがきました。
 昨日の松下電器との特許権侵害の裁判を受けてのことです。

 ボタンを押せば説明が簡単に表示される機能があるなど、昨日のニュースを見るまで知りませんでした。別になくても支障のない機能です。

 ボクは、「一太郎」を使っています。「一太郎って、金太郎の兄弟?」と思われる方もおられるかも知れませんが、ワープロソフトです。

 データベースソフトも、和製の「桐」という、今となってはマイナーなものを使っています。

 両方とも15年来のつき合いで、「マイクロソフトのWORDなんかには、絶対に替えないぞ!」という妙な思い入れがあります。

 「一太郎」も「桐」も、ボクにとっては“苦楽を共にしてきた”大事なソフトです。マイクロソフトにつぶされたり、元気がなくなってもらっては困ります。

 「つまらないことで、松下も訴えないで欲しいよ!」と思いました。

 逆ギレかな?

〜 日数心経中の僧 〜
2005年2月2日(水)  No.528

三昧
 東山の尼寺で、「大般若転読会」法要がありました。

 御本尊は大聖歓喜尊天ですが、御厨子の中におられて、実際に拝んだことはありません。

 像の頭をして人の体を持ち、男女が抱き合っているお姿で、もともとはヒンズー教最高神の一人シバ神の子供 ガネーシャ神です。「いい加減に拝むと怖い」と聞きます。

 「インドの神さまを、今ここで拝んでいるのも不思議だなぁ」と思いながら、しっかり拝ませていただきました。


 読経三昧、念仏三昧の生活ができれば、どれだけいいでしょう。いつかどこかの山寺で自給自足に近い生活をしながら、そんな時間を過ごしたいです。


 今日はメチャクチャ寒〜い! そんなこと言っていたら、山寺には行けないぞぉ!
2005年2月1日(火)  No.527

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