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2004年10月の日記

青竹交換
 今度の日曜日、自坊で茶会が催されます。

 ボクはそれ自体には関わりがないのですが、庭などを整備しておかなければなりません。

 今日も法要の合間をぬって、つくばいかけひを青竹に交換したり、蹲の小石を洗う作業をしました。

 青竹には3ヶ所交換しましたが、小石を一つ一つ洗う作業は大変です。

 石の種類によっては、苔むしてきているものもあり、タワシでゴシゴシ洗って、苔や滑りを取っていきます。

 「洗い落とさなければならない苔が海草のアオサだったら、この作業にも熱が入るのになぁ」と思いながら、ゴシゴシ、ゴシゴシ。

 まだ、しばらくかかります。
2004年10月31日(日)  No.432

発送作業三昧
 お十夜法要の案内や寺報、来年の年回法要のお知らせなどをお檀家に発送する作業をするために、1日中、印刷・紙折り・封筒詰めの作業。

 腰が痛い! エコノミークラス症候群になりそう。

 夜、メール便のシールを貼って、あとは明日宅急便に渡せば完了です。

 寺報の表紙にruby>山茱萸さんしゅゆの実の写真を載せ、「お十夜の頃に綺麗ですから、見に行ってください」と書いたものの、昨日の「今日の散歩道」の更新の時に見に行ったら、今年は極めて不作。

 実がいっぱいなった去年の写真を使ったのですが、シマッタなぁ。
2004年10月30日(土)  No.431

出講打診
 京都の仏教系短大から、来年度から授業を受け持ってもらえないかという電話がありました。

 何という科目かわすれましたが、新しく設けられる科目のようで、仏教・寺院の社会活動について積極的に考えようという狙いのよう。

 「専攻科」といって、対象は大学や短大などを卒業した人たちで、「意欲を持った学生」だという説明でした。

 なんだかよくわからないけど…。

 若い人たちとふれ合うことでエネルギーを貰えるし、もっと意欲的な僧侶が育って欲しい……引き受けるかなぁ。

 でも、何だか雲をつかむような話だし、講義だけではなく、フィールドワークをどんどんしていきたいと思うけど、それは少し難しそう。

 そういう講座を設けようという学校の意欲はすごい!

 でも、どうしてボクが…。まったく繋がりがなかった学校なのに。

 今まで、佛教大学と龍谷大学に行きましたが、どちらも新設の講座ばかり。何をしてもいいけど、何をすればいいのか、すべて自分で考えながら、1年30回足らずの講座を進めなきゃいけません。
 それもしんどいなぁ。

 ん〜、どうするかなぁ。

 それどころではない、今日は更新日。

〜 更新掲載漏れの貴船菊 〜
2004年10月29日(金)  No.430

蔵元の廃業
 檀家への月参りを済ませて帰り、お十夜の案内や寺報を軽印刷機で刷ったり、紙折り機で折ったりしていて、ふとメールを見たら、ボランティアの事務所から「担当に名前が入っていますが・・・?」というメール。

 手帳を見たら、11時からボランティア、3時から研修担当の予定が入っているではありませんか!

 時既に12時前。「ギャァー!!」

 5分でご飯を食べて、車の運転は慎重に。約40分でボランティの事務所に着き、2時間遅れで、なんとか活動を始めました。

 あー、穴を開けるところでした。


 帰って、ホームページのボードを見て、ショックを受けました。その方は、新潟で醸造元を生業とされている方で、もう10年来のお付き合い。久々の書き込みには、「廃業いたしました」と書かれていました。

 その方が、一所懸命にお酒を造っておられたことを、古くからボクのHPに来てくださっている方はよくご存じです。

 京都にただ1軒だけ、その酒蔵のお酒が置いてある居酒屋があり、そこを訪ねたこともありました。
 去年のオフ会では、参加された皆さんがその美酒に酔わせていただきました。

 本当に、本当に、残念でなりません。


 朝、西の空にバルーンが上がっているのを見つけました。吉田山の向こうの方から空高く上がり、ロープで地面に繋がれています。

 「なんだろうなぁ。気流の調査かなぁ。大気の調査かなぁ」と思って気になり、マスコミの友達などにも聞いてみましたがわからず仕舞い。

 翌日になって、ようやく京都大学の学園祭イベント関連のものであることが、その近所の方の情報でわかりました。な〜んだ。

〜 空高くあがるバルーン 〜
2004年10月28日(木)  No.429

メロンの食べ頃
 今日お参りに行ったお檀家の仏壇に、メロンが御供えしてありました。

 お経を読み始めて、ふとそのメロンを見ると、食べ頃を書いた小さな札が下がっていました。

 「このメロンは、10月19日〜20日頃食べ頃です」

 えっ、今日は27日じゃないの…ということは食べ頃を1週間も過ぎている…

 手書きの日付の数字が一層リアル。

 お経をあげながら、「家の人はこのことをご存じなんだろうか…札が前のほうに垂らしてあるということは、わかっておられるんだろうなぁ…お花も新しいし、お花を替えられた時にも見ておられるはず…言うと、ボクが食べたいから言っていると思われないだろうか…やっぱり、言うのはやめよう…」と考えました。

 お経を終えて、家人のほうを向いた時、「やっぱり言おう」と即座に思い、開口一番「メロンの食べ頃から1週間過ぎていますよ」と言ってしまいました。

 家人はもちろんご存じでした。まだ柔らかくもならず、食べ頃のような匂いもしないので、まだ供えてあるそうです。

 失礼しましたぁ〜。
2004年10月27日(水)  No.428

中学生のだんご屋
 お使い物を買いに、道すがら、いつものみたらし屋さんに立ち寄ると、朝早く誰も客がいないのに、団子を焼いたりするスペースが何だか混み合っている様子。

 レジの横に置いてあったわらび餅が美味しそうだったので、みたらしと一緒に求めると、若い男の子2人が暖簾の中から出て来て、がビニールの手提げ袋に入れた品物を手渡してくれました。

 ふと胸元の名札を見ると、「○○中学」というのが名前に冠してありました。

 苦沙彌「研修?」

 中学生「はい」

 お 店「今日から研修に来られているのですよぉ。かわいいでしょう」

 苦沙彌「…… へぇ〜、自分で希望してここへ来たの?」

 中学生「はい」

 苦沙彌「いいねぇ、美味しいもの食べられて」

 お 店「………」

 余計なこと言ったかなぁ…団子を食べる研修じゃないんだから、そうは食べさせてはもらえないのかなぁ…でも、少しぐらいは食べさせてもらえるだろうなぁ…そうじゃないと、かわいそうだよなぁ。

 帰って御供えしたまま食べるのを忘れていたわらび餅。風呂に入っている時に思いだして、風呂上がりに食べました。
 とても美味しかったです。

 甘いものと辛いもの、仕舞いに糖尿になるぞぉー。


 雨の1日、大半をデスクワークで終えました。

〜 みたらし団子 〜
2004年10月26日(火)  No.427

秋の近江路
 秋を求めて滋賀県の山峡 朽木村へ行きました。

 京都から若狭へ通じる「鯖街道」は、ススキの穂が陽に輝き、とても綺麗。

 朽木の道の駅で、鯖寿司を購入。鯖寿司は高いものでは3〜4千円しますが、ここのは1600円。ちょっと安いかなぁとは思いましたが、帰って食べてみても、そうハズレではありませんでした。

 村営の温泉に行くも、休み。これで、ここにフラれたのは2回目。よほど縁がないと思われます。

 朽木村の“繁華街”には食べるところもなさそうで、道の駅の食堂も地元ならではのメニューではないので、来た道を戻って、「鯖寿司」の看板が目立つ街道沿いの、安曇川沿いに建つ、何となく人気がありそうな蕎麦屋に入りました。

 入り口の「営業時間 売り切れまで」というのも好感が持てます。「おすすめ」と書いてあった「ざるそば」を注文。「とちあげ」「豆腐の薫製」にも心惹かれました。

 後でわかったことですが、この蕎麦屋は大津坂本の有名な蕎麦屋と関係があるとか。繊細ではないものの、しっかりした歯ごたえでした。

 「とちあげ」は、朽木名物の栃餅を油で揚げたもの。美味しかったですが、長い時間、胃の中で存在感を誇示していました。
 「豆腐の薫製」は、スモークチーズのような感じ。燻した香りがして、美味しかったぁ。
 これでお酒があれば…ハンドルを持つ身のため、お酒を呑めないのが辛い。


 さらに戻って、琵琶湖大橋を渡り、比叡山を望む琵琶湖畔に建つ美術館で行われている「中尊寺展」を観賞。タダ券を持っていたので…。

 中尊寺には30年前の真冬に行ったことがありますが、ほとんど記憶に残っていません。
 金色堂って、すごく小さい建物だったのですね。東北に花開いた藤原文化のレベルの高さにも驚かされました。

 美術館や博物館というとよく人で溢れかえっていますが、この美術館はゆったりしていて人もかなり少なく、展示室を移る途中に喫茶室があったり、移動する時の廊下の外に人工池のせせらぎが見えたりして、なんとも言えぬ癒し空間。


 帰りに、琵琶湖大橋を戻ったところにあるホームセンターに立ち寄りました。

 ホ−ムセンターは土地土地の特徴がありますので、大津にあるこの店には以前からぜひとも行ってみたかったのです。

 結果は…大正解!

 まず、店に入ったところに、漬物容器と重しがズラッと並び、灯油ストーブの屋外タンクまで売っているじゃないですか。
 京都のホ−ムセンターでは見ることができないような園芸機械、工作機械などの豊富な品揃え! 素晴らしい!

 とりあえず、熊手などを買い、今度は買い物だけど目的にこの店を訪れることを堅く心に誓いました。

 今日1日最大の成果だった…かも。

〜 安曇川の河原に広がる芒の原/美術館のエントランス付近 〜
2004年10月25日(月)  No.426

晋山式
 今日は、真如堂の一塔頭の晋山式(住職就任式)。

 快晴の空に、吹き流しが映えていました。

 前住職は、長年にわたって真如堂の執事を勤められ、その貢献がきわめて大きい人でした。
 当然、真如堂の要職に就かれるべき方ですが、病にあって、今般、住職を譲ることになりました。

 祝賀会の席上でのサラッとした前住職の挨拶には、退任される残念さを、ボク自身が感じざるを得ませんでした。
2004年10月24日(日)  No.425

懐かしい煉瓦建築
 朝は檀家への月参り。今日は手袋をしてバイクに乗りました。


 午後は、ボランティア団体の主催する精神疾患と自殺に関する公開講演会。

 会場は同志社女子大学の教会の小ホール。女子大は大学に隣接しているので、近辺を少しブラブラしてみました。大学へ来るのは卒業以来です。

 煉瓦作り調の建物が並ぶキャンパス。京都市内の煉瓦建築の中で最も古い建物などもあり、木々の緑との調和が実に美しい。

 女子大に入るのは、入学式以来。なぜか、入学式は女子大の建物で行われましたが、学生運動の燃えかすのようなものが残っている時代で、式中もグリークラブの歌声が掻き消されるほど騒然としていたことを思い出します。

 講演会の会場作りや受付をし、講演を聞きに会場内に入ったのですが、ほとんど居眠りしていたような気がします。


 夕方、新潟の地震。長岡には知人も数名いて心配です。

〜 かつて入学式に出席した「栄光館」 〜
2004年10月23日(土)  No.424

時代祭
 朝、手袋をせずにバイクで走ると、ちょっと辛いなぁ、寒いなぁと感じるようになりました。
 この秋、初めてのことです。

 お檀家の家に着くと、いつものマルチーズが小躍りして喜んでくれました。

 家人が、「明日、お坊さんが来はるよ」というだけで、前日から待ってくれているそうです。

 なぜかこの犬は、ボクと洗濯屋さんがお気に入り。犬にはだけはモテるようです。あ、猫にも好かれています。

 お経を読んでいて、少し切れ間があったりすると、もう終わったのかと思って寄ってきて、また次の節を始めると、「早く終われ」と言わんばかりに、横に来ては吠えます。

 お経が終わって、しばらく遊んでやると、後は知らんぷり。

 先月は予定が変わって伺うのを失念したため、この犬は待ちぼうけだったようです。


 今日は時代祭。更新日と重なったので、そのネタに加えるために見物に行きました。

 葵祭もそうでしたし、見るのは初めてでした。祇園祭の巡行は人を案内して、これまた初めて見ました。時代祭は、去年、ネタ探しのために初めて見学し、今年は2回目。

 去年は平安神宮の真ん前で見学したのですが、あまりに終点に近くて、行列の人は皆「到着モード」でした。
 今年はそれより100メートルほど離れて見ましたので、そういうこともなく、結構楽しめました。

 薄曇りの、行列にはちょうどよい日でした。

 主催者側の係の人が、パンフレットを売り歩いているのですが、ほんの数ページのものに500円を出して買う人はほとんどなく、アルバイト代が出るのか心配でした。歩合だったら、丸損でしょう。

〜 お疲れですか? 「織田公上洛列」の鉄砲と弓 〜
2004年10月22日(金)  No.423

台風一過…。
 台風一過…朝のうちは小雨。

 そんな中、風で落ちた街路樹のギンナンの実を拾っている人の姿を、そこかしこで見ました。皆さん、ビニール袋片手に、一心不乱でした。

 先日、とれとれのギンナンを頂戴し、早速炒って食べましたが、かなり柔らかめ。もう少し、置いておいたほうがいいのかも知れません。

 パソコンサポートにお寺をハシゴ。無線LANやプリンタ・サーバーを増設したり、ついでに火災報知器の点検をしたり…?

 お寺によっては、境内にかなり小枝が散らかっていました。

 テレビのニュースでは、各地の台風の生々しい傷跡が映し出されています。死者・行方不明者80数名。京都でも、北部では大きな被害で出ています。

 会う人の多くは、「京都は、いつも何事もなくてよかったですねぇ」とおっしゃいます。

 確かにその通りですが、各所の惨状を見ていると、手放しには喜べない気分です。
2004年10月21日(木)  No.422

10個目の上陸台風
 台風到来。早くから強風域に入り、お昼前には警報が出ました。

 午後からは結構強い風が吹き始め、今年上陸した台風の中では“もっとも台風らしい”様相となってきました。

 午後6時頃には大阪に再上陸。この頃が京都に一番近かったのだろうと思いますが、逆に風は弱まり静かになりました。

 外に出て見回りましたが、落葉樹の葉っぱがたくさん落ちている程度で大したことはありません。ただ、雨はかなり降ったようで、排水路を勢いよく流れる泥水がゴォゴォと音をたてていました。

 先日、やっと修復した庭は、やはりちょっと傷んでいるみたい。

 8月に床下浸水した茶室を見に行ったら、どうもまた床下から水がにじみ出ている様子。裏の通路へ回って確認したら、排水が間に合わなくて、10センチほど水が溜まっていました。

 茶室の裏は1メートルほどの通路を隔てて、高さ1.5メートルほどのコンクリート壁があり、その上は生け垣を隔てて墓地が広がっています。
 そのコンクリート壁の水抜きパイプから、勢いのある水がどんどん流れ出していました。

 「土の中を通ってもこんなに勢いよく水が流れ出すなんて…お骨の間を通ってきている水?」と、目を疑いました。

 どうも排水パイプが詰まっているようなので、濁った水の中を手探りで触ってみたら、なんと、風で落ちてきた花梨の実が穴を塞いでいました。
 そして、それを取り除いたら、見る見る水が引いていきました。

 部屋に持って入って、鼻を近づけたら、ほんのり甘い香り。

 「よし! 風呂に入れよう!」と、その実をスライスして、入浴する時に湯船に入れてみましたが、まったくの期待はずれ。まだ熟す前に落ちてきたのですから、仕方ないかも知れません。

 9時過ぎになって、吹き返しの風がしばらく吹き荒れました。

 テレビからは、続々と被害の報。京都府下でもかなり被害が出ているようでした。

 呑気に風呂に入っている場合じゃなかったかなぁ…。
2004年10月20日(水)  No.421

PCサポート
 今日はオフになったので、先日から「プリンタが不調なので見て欲しい」と頼まれていたお寺に行きました。

 肝心のプリンタは付属機器を交換しないと直らない様子。その代わり、あれも、これもと次々と不具合が発覚。さらに、「このパソコンも」「こっちも」と次々と他のパソコンが登場して、結局4台を相手に大立ち回り。

 ウイルス検索をしたら、出るわ出るわ。ウイルスに感染したファイルやスパイウェアがザクザク。面白いほど発見されました。

 結局、朝10時から夕方までかかりましたが、作業を終えることができず、また後日出直しです。

 不具合のあるパソコンが次々と直り、ちゃんと動作するようになっていくのが、実はボクはとても嬉しいのです。「パソコン・フェチ」と言ってもいいくらい。
 逆に、工夫をすればいくらでも使える少し型遅れしたパソコンが、惜しげもなく捨てられていくのは、とても辛いことです。

 でも、年がら年中こういうことばかりしていると、オタッキーな人間になっていくような気もします。


 薄暮の帰り道、雨に濡れたアスファルトの上に、金木犀のあざやかなオレンジ色の花殻がたくさん落ちていて、ハッとするほど綺麗でした。

 明日は台風襲来ですね。
2004年10月19日(火)  No.420

ちょっと疲れ気味
 朝、檀家へお参りした帰りに、ボードで噂の「おとめさん」ご夫妻に遭遇。聞けば、その檀家のご主人と従兄弟同士だとか。

 世の中って本当に狭いなぁと、つくづく思いました。


 午後からはボランティアの研修と面談。

 昨日のガレージセールで疲れたような顔をされているボランティアの方もおられました。
 強い陽射しの中、女性は帽子をかぶったり、白塗りしたり。1日炎天下にいると、秋とはいえくたびれますね。

 終わってから恒例のパソコンサポートも併せてしましたが、先日から、ネットができない、メールが送れないと大騒ぎしていた原因が判明。単純に、LANケーブルのソケットが弛んでいただけでしたぁ。

 大したことはしていないのに、何だか疲れました。
2004年10月18日(月)  No.419

カメラ修理、法要、カレー屋
 今日も快晴で、動くと汗をかくほどでした。

 起き抜けに、昨日からの懸案、ライブカメラの修理に取りかかりました。

 結局、8ミリビデオは断念し、チャットなどに使う小型USBカメラのケーブルを何とか延長し、セット。画像は大きくなったものの、ズームは効かず、色もパッとしませんが、これで何とかしばらくはしのげそうです。

 これほどトラブルの多い8ミリビデオをオークションで入手することは、もうやめようと思いました。


 住職は、お檀家から「お葬式に来てもらえませんか」と頼まれ、浜松へ。一昨日・昨日は神戸で、通夜・葬儀。西へ東へと、超大変。
 ボクは外せない予定があるので、寺で留守番をして法要。
 昨日から、何かと多忙です。


 今日はボランティアの団体が主催するガレージセール。例年、カレー屋さんを出店します。

 すぐにでも注文に応じられるように、朝一番に1升のご飯を炊いて、会場に持参。
 会場の準備を少しして後は他のメンバーに委ね、寺に取って返して、10時半から法要。
 11時半からの法要が少し遅れ、いろいろあって、終わったのは結局1時半。

 すぐさまガレージセールの会場に行き、袈裟をエプロンに替えて、「さて、頑張るぞ!」と意気込みましたが、既にお昼のピーク時を過ぎているので、すっかり客足は遠のいていました。

 毎年隣に出店してくれているYMCAのラーメン屋を、お礼を込めていただくのが、恒例。あわせて、自店の売り上げを伸ばすために、カレーを食べ、もう首まで満腹状態です。

 他の出店を見て回って、めぼしいものがないか探していたら、仲間内のブースから小松菜を売り込まれました。

 似顔絵を描くブースが今年初めて出店していましたが、聞いてみると、朝からまだ2人しか客が来ていないとか。
 出店料を2千円いただいているのに、2人しか客が来ないのでは、似顔絵1人300円×2で、600円。まるで赤字。

 あまりに気の毒なので、ボクも描いて貰うことにしました。

 描いて貰っている間中、ボランティア仲間が、ボクの顔を見ながら、「まゆ毛がボサボサ…口だけ見るとゴリラみたい…鼻の下が長いなぁ…耳からケガ
本はえてるぅー」とか囃し立てました。

 出来上がった似顔絵は……こんな顔かなぁ…。他の人にも見せたら、見る人見る人大笑い。

 笑いをとったついでに、似顔絵屋さんの客引きを頼まれもしないのに買って出て、4人の客引きに成功。
 これで合計7人が描いて貰い、似顔絵屋さんは100円の黒字となりました。

 朝から、奥さんと、子供2人を連れての1日仕事。まぁ、楽しんでいただけたようなので、ヨカッタです。

 女性は、実物より若く、シワも少なく描いて貰っているのに、なんだかボクの絵は……。ちょっとキモイなぁ。


 帰ってホッとしたら、うたた寝をしてしまいました。起きた時の夕焼けがきれいでした。

 ライブカメラも、ちゃんと動いていました。

〜 実物以下の似顔絵 〜
2004年10月17日(日)  No.418

ビデオカメラの墓場
 昨日壊れたライブカメラに使っていた8ミリビデオの代替機として、オークションで1000円で落札したビデオカメラがちょうど今日到着し、午後、取り替え作業。

 三脚に据え替えて、電源と信号ケーブルを差し替える作業は、あっという間に終わり、早速運用開始。

 夕方になって、どうやらトラブルもなく安定しただろうと思って、雨除けのビニール・カバーなどを取り付けてからライブ画像の画面を見ると、画像が暗くなったり、変な色になったり。

 「おかしいなぁ。カバーのせい?」と外してみても症状は変わりません。

 「ダメだぁ、こりゃぁ。よし、分解しよう!」と分解し、組み立てて再び接続したら、今度はなーんにも写りません。

 「あーーーー」

 仕方なく、不調ながら何とか映るカメラに付け替え、昨日まで取り付けていたカメラの部品を、部品取り用にストックしてあったカメラの部品と交換したりしましたが、ダメー。
 それもそのはず、ストックしてあるカメラは、不具合だからストックしてあったわけですから。

 結局、4台のビデをカメラを、分解しては組み立てを繰り返しましたが、どうにか動いているのは1台だけ。それも、映像が上下に揺れる難有り。

 いずれのカメラも故障するのは、ピント。自動フォーカスから手動に切り換えても、ピントを合わせようとする部分の部品が弱いのか、不具合があるかで、手動フォーカスさえも効きません。共通した欠陥です。

 途中で、超宗派の僧侶の会「薄伽梵KYOTO」の例会を挟んで、夜12時頃までやりましたが、結局断念しました。

 これからどうしようかなぁ…。

〜 不具合のビデオカメラ群 〜
2004年10月16日(土)  No.417

「引声阿弥陀経会」でクラクラ
 昨日替えてもらった薬が効いたみたいで、喉の調子は飛躍的に改善しました。

 「引声阿弥陀経会」の2日目。

 そろりそろりと行道しながら声を出し続けていると、クラクラします。頭に酸素が届いてないような感じ。

 この症状がなかなか抜けず、午前中は「今日の散歩道」を更新する気力が湧いてきませんでした。

 ひょっとして、薬の副作用かも。調べてみると、低血糖症を起こすことがあるとか。
 お昼の食後は、この薬を飲まなかったら、次第に回復してきました。やっぱり副作用かも…。


 朝は曇りがちだった空も、午後には快晴へ。清々しいお天気でした。

〜 甘くて美味しそうな金木犀の花 〜
2004年10月15日(金)  No.416

引声阿弥陀経会
 朝9時から、年に1度の「引声阿弥陀経会いんぜいあみだきょうえ」。今日が初日で、3日間執り行われます。

 その昔、第3代天台座主 慈覚大師円仁(794-864)が渡唐されたとき、五台山において生身の文殊菩薩から、極楽世界八功徳池の波の音に唱和する「引声阿弥陀経」を伝授されたといいます。

 慈覚大師円仁は、真如堂のご本尊を彫られた方。
 大師が、唐からの帰りの船の中で、引声の一節を忘れてしまわれた時、焼香礼拝して祈祷されたところ、小身の阿弥陀如来が現れて、その一節を教えたとか。
 大師は、その弥陀を持ち帰り、真如堂本尊に胎内仏として納められたと伝えられています。

 その後、引声は鎌倉光明寺に伝えられたりしながら、途絶え消える危機を乗り越えて、今も毎年この季節に法要が行われています。

 「引声」とは、簡単にいうなら、普通はスラッと読んでしまうお経に長〜い節をつけて唱えるものです。

 何しろ年に1度。しかも、普段唱えるお経とはかなり違うものですから、初日の今日はなかなか声が揃いません。
 段々よくなった3日目が結願法要で、また来年です。

 まずは手探りの初日でした。


 終わって、伏見のお檀家までお参りし、すぐ取って返して昼食を食べ、急いで大津・坂本の天台宗の事務所へ。
 4時間近い会議でした。

 山中越から見た琵琶湖は、夕陽が映えてほんのり赤く、とても綺麗でした。


 帰りに病院へ。

 ただの咳の薬、アレルギーの薬と替えてきて、今日からは試しに喘息の薬が出ました。

 「だからぁ、最初から喘息だって言ってるじゃないのぉ」 …… いけません、「中の下」という印象が抜けなくて。

〜 2日前の夕焼け。今日もこんな空だったかな 〜
2004年10月14日(木)  No.415

危うし水琴窟
 歩いていると、「あっ、こんなところにも金木犀があったのか」と気付かされることが多いです。

 この香りを嗅いで、「トイレの匂いだ!」という子供がいるとか。それも仕方ないかも知れません。


 水琴窟の壷の水位が下がらず、壷の中の空間部分が狭くなっていて、あの癒し系の音色が聞けません。

 壷の中の水が抜けないだけではなく、どうやら回りに設置してあるコンクリート枠の中の水位自体が高いようです。

 こういう現象は今年の梅雨頃に1度あり、夏以降は頻発しています。

 地下水位自体が高くなっているのか、水はけが悪くて水が貯まりがちなのか…棒を突っ込んで、配水管の詰まりをチェックしたりしましたが、何しろ地面の下のことなので、イマイチ原因がわかりません。

 最悪の場合、一度掘り返さないといけないかも知れません。ん〜、困った、困った。

〜 水琴窟の構造図 〜
2004年10月13日(水)  No.414

竹酢液
 今日も秋晴れ。関東の方は、台風以降、お天気が悪くてお気の毒です。

 外回りに行ったついでに、ホームセンターに立ち寄りました。

 昨日寝ながら考えました。

 「唐辛子にしろ胡椒にしろ、数千円もお金を出してミーコ撃退グッズを買うのは馬鹿らしい。そうだ! 胡椒や唐辛子入りの液を作って、それを水鉄砲で発射すればいいのだ!」と

 季節はずれだとは思いましたが、高圧で発射する水鉄砲がないか、ホームセンターに見に行きました。

 でも、残念ながら、10月の今、やはり水鉄砲は売っていませんでした。

 いろいろな売り場を見て回り、園芸コーナーの前に立った時、木酢液のラベルに「虫・獣害予防に」という文字が目に飛び込んできました。木酢液にはそういう効果もあるのですね。

 実は、唐辛子や胡椒では水鉄砲のノズルが詰まらないかと心配だったのです。木酢液を猫が嫌がるなら、これを発射すればいいわけです。詰まる心配もありません。

 「よし! これだぁ!」と、なぜか竹酢液を買い求めました(竹酢液も同様の効能をうたっていました)。

 結局、水鉄砲は入手できませんでしたが、まずは一歩前進です。


 午後はひたすら植木屋。

 木に登ったりして普段使わない筋肉を使ったので、夜には足や腰が痛みました。
2004年10月12日(火)  No.413

猫除けスプレー
 爽やかな秋晴れの1日となりました。

 草刈り機で草を刈ったり、庭の修復作業をしました。

 草刈りは、これが今年最後…にならないだろうなぁ。

 庭はほぼ復旧できましたが、今砂利の部分に敷いてある猫除けの金網がなんとも格好悪い。猫さえ来なくなれば取ることができるのですが…。


 「そうだ! 最近話題になっている熊除けスプレーは効果ないだろうか!?」と、夜になってネットで調べてみました。

 いっぱい検索されてきました。結構高いですねぇ。たかが唐辛子の入ったスプレーだと思うのですが、1〜2万円程度もします。

 中には、襲ってきた熊をには熊除けスプレーは効果がない。効果があるのは鳴物と鉈だという記事がありました。人間を食べ物と考えるヒグマがいる北海道ならではだなぁと思いました。

 ビックリしたのは、催涙スプレーやスタンガンなどがいとも簡単に手に入ること。しかも、扱っているのはアダルトグッズを売っているようなサイト。これなら悪用目的で買おうとする人もいるでしょう。規制はないのでしょうか。


 いろいろ見ましたが、「いかにミーコといえども熊除けスプレーを吹きかけられてはかわいそうだなぁ…」とミーコの苦しむ様子が頭に浮かび、購入するのはやめることにしました。

 「催涙ペッパー」スプレーならいいかなぁ…。
2004年10月11日(月)  No.412

本職に勤しむ
 台風一過の暑〜い日。最高気温は29.5度。もう一歩で真夏日になるところでした。

 いつも庭師かパソコン屋かわからないようなことをしていますが、今日1日は坊さんの仕事に勤しみました。

 そのほうが疲れるような…。

 この暑さに冬の衣はきつかったです。汗だくになって、2度、下着を着替えました。
2004年10月10日(日)  No.411

台風の来なかった日
 一時台風の強風域に入りましたが、影響はまったくなし。かえって昨日のほうが風は強かった気がします。降っては止んでしていた小雨も、お昼頃にはあがりました。

 テレビで見ると、関東地方が大変なことになっていました。


 今日は1日雨だろうと思っていたのに、雨が上がって儲けたような気分。

 ここぞとばかり、庭の補修をしました。

 8月以降に繰り返し降った夏のスコールのような雨に痛み付けられたままになっていて、その復旧がなかなか進まないのが、ずっと気になっていたのです。

 庭ができてから今までに何度も苔を貼る作業をしましたが、なかなか定着してくれませんでした。墓地などは、何もしなくても苔が生えてくるのに…。

 「どうか今回は根付いてくれよ」と願いつつ、薄暗くなるまで地味な作業を繰り返しました。

 一段落までは、あと数回、今日のような作業をしなければなりません。


 秋の蚊は、ちょっと蚊取り線香を放すと、すぐにまとわりついてきました。その必死さが、彼らの季節の終わりを物語っているかのように思えました。
2004年10月9日(土)  No.410

サイン会
 今日は「今日の散歩道」の更新日。

 朝からずっと雨降りで、風は結構強いし、あたりは薄暗いし、カメラは濡れるし……。やっと8時頃に更新を終えました。


 この前から吉野に行ったりして、企画や校正に関わってきた本ができました。『修験道っておもしろい!』です。

 吉野・金峯山寺修験本宗の宗務総長をしている、ボクの高校の1年先輩が執筆しました。

 彼は、吉野を世界遺産にした立役者で、いまあちこちで講演に引っ張りダコ。

 講演の後に著者のサイン本を即売する計画があって、サインは花押のほうが格好いいと、先日、洛北・圓通寺さんに花押の指導を受けたばかり。

 そして今日、急遽、サイン入り本を用意しておくために、うちで“サイン会”となりました。

 サインをする本人を前に、「そこはもっと下げた方がいいですよ」「それはもっと太く」と、出版社とボクでいろいろ注文を付け、何とか花押入り本が30冊完成。

 「売れるのかなぁ」「売れなかったらどうしよう」と心配顔の著者に、「どうにかなりますよ」とその場限りの慰めを言うボクでした。

〜 著書とサインをする著者 〜
2004年10月8日(金)  No.409

カレーうどん、コワイ
 今日は、朝から夕方まで、ずっとお腹が張ったり、チクチク痛くて、まいりました。

 起き抜けから胃がもたれていました。お腹が一回り大きくなったようにも見えていました。
 原因は明らかです。夕べのカレーうどんしかありません。

 元気な若者のように、あんな時間にヘビーなものを食べたことを、つくづく後悔、反省しました。

 メールで、「マルちゃんの豚カレー(うどん)美味しいですよ」などと、ご親切にお知らせいただきましたが、しばらくは懲り懲りです。

 夕食もあまり食欲が出ず。ちょうどいいかも知れません。トホホ。
2004年10月7日(木)  No.408

カレーうどん
 最近、自分でも心配になるほど食欲があります。

 今日の夕食はカレーだったのですが、夜遅くになって、カレーうどんが食べたくなってきてしまったのです。

 カレーうどんって食べたことがないのですが、なぜかこの前から食べたくて、今日は絶好のチャンス!

 一瞬、「今頃食べるのは、絶対体にはよくない」と思いましたが、そう思いながらすでに体はカレーうどんを作る体制に入ってしまっていました。

 1割ぐらい、そんな気持を引きずりながらも、カレーうどん作りはどんどん進みます。

 今まで作ったことなどないし、作り方を調べたわけではありませんが、作り方のイメージははっきりと頭にありました。どうしてかな?

 鍋の中に残っていたカレーをだし汁で延ばし、片栗粉を溶いてとろみをつけます。

 うどんは讃岐うどんの半生麺があったのでそれを茹で、仕上がる前にカレーの中に入れて、味を馴染ませました。
 ついでに、ネギも放り込んで少し煮て出来上がり!

 いやぁー、我ながら美味しい! 出汁の味、とろみの具合もちょうどいい!

 一気に食べました。ついでにビールも飲んじゃいました。あーーー。


 しばらくして、咳が出て出て……カレーうどんは、喉にはよくなかったようです。


 あー、食べちゃったなぁ……
2004年10月6日(水)  No.407

中の下
 ようやく、医者に行きました。

 去年行った耳鼻咽喉気管支科の治療はあまり効果がありませんでした。そこで、ネットでそう遠くないところに呼吸器科がないか調べた結果、車で15分ほどのところに個人医院があるのを見つけました。

 たまたま、ご主人がドクターをしておられる知人の家から近かったので、彼女に「あのお医者さん、評判はどうですか?」と聞いてみたところ、彼女のご主人と呼吸器科医院のドクターは、総合病院時代の元同僚だったとのこと。

 そして、ご主人の評価は「中の下」。え〜、中の下!

 そうと聞いて、やっぱり行くのはやめようかと数日逡巡しましたが、だんだん症状がひどくなるので、ダメ元で行くことにしました。

 診察室に入って、ドクターと初顔合わせ。「中の下」という言葉が頭から離れません。
 この人が「中の下かぁ…」。

 診察室の机の横に、「気管支科・アレルギー科 ○○医院」という紙が貼ってありました。
 せっかく呼吸器科を探してきたのに、場合によってはそっちを紹介されるのかなぁ…。

 そして …………… やっぱり評価通りだったかも知れません。

 問診は何となく的はずれ。胸に聴診器はあてましたが、気管支鏡などは使わず(ないのかも)、処方された薬は気管支拡張剤、去痰剤などで、銘柄こそ違うものの内容は同じ。違うのは抗生剤が入っていること。

 「うちの処方で4日間やってみてください。4日後にまた来てください」と言われ、何となく納得いかないままに帰りました。


 夜は仕事の打ち合わせがあり、ロシア料理店へ。ズブロッカって美味しいなぁ。でも、倒れそう。

〜 ロシア料理店の窓から見た南座 〜
2004年10月5日(火)  No.406

咳止まらず、マニュアルOK!
 朝、お葬式。

 ボクのすぐ後ろに参列者の焼香台があり、その煙がまともにボクのほうに流れてきました。

 ただでさえ咳が出るのに……。

 故人は自宅で酸素吸入をされていました。「故人も、こんなふうに苦しかったのだろうなぁ」と思いながら、読経をしました。



 午後から、ボランティアの事務所に行って、新しい機器を取り付けると共に、昨日作ったマニュアルを掲示しました。

 試しに、居合わせた人に、それを見ながらちゃんと使えるかどうかやってもらいました。評判は上々。まずはOK!

 若い人だったからかなぁ……「字が小さい」とか「片仮名が多い」とか文句を言う人がいるだろうなぁ……ったくもう!
2004年10月4日(月)  No.405

わからないところがわからない
 午前中に3座法要を済ませて、お昼ご飯を食べたら、うたた寝してしまいました。

 連夜のお出かけと止まらない咳でちょっとお疲れ気味?

 気を取り直して植木屋に変身し、生い茂っていた笹の刈り取り作業。気持のいい汗をかきました。

 少し薄暗くなってきたので外作業をやめてデスクワーク。ボランティアで使う機器の取り扱い説明を作りをしました。


 いろいろな年代、機械が得意・不得意な人が使う機器やパソコンを、誰でもがわかるように取り扱い説明書を作るのは大変です。

 先日も、パソコンソフトの使い方を掲示したところ、「日本語で説明してください」という意見がありました。

 パソコンソフトによっては、操作するアイコンが、例えば【Start】などと、英語表示になっているものがあります。それを「【開始する】をクリックして…」などと説明して欲しいということのようです。
 でも、、そんなことをしたらどのアイコンをクリックしたらいいのかわからなくなってしまいますし、ソフトの表示自体を日本語化するのは、プログラムを改編しないとできません。

 英語というだけで拒否反応を示されているのでしょうが、融通性・適応性がないというか、頭や心が硬直しているというか…そういう人にちゃんとボランティアがつとまるのかなぁと心配になります。

 取り扱い説明って、使い方のよくわかっている人が作ると、大事なプロセスが飛ばしてあったりして、わかっていない人にとってはチンプンカンプンになることがよくあります。

 ボクもその轍を踏まないようにしないと……でも、たぶん、「ここがわからない」という指摘を受けて、何度か作り直すことになるでしょう。ボクも、わからないところがわかってないのかも知れませんから。
〜 たとえばこんなインターフェースのソフト 〜
2004年10月3日(日)  No.404

パン屋の奥さん
 昨日に引き続き、9時から大津坂本で会議。

 土曜日で天台宗のお役所は閉庁で本来なら会議は開かないのですが、昨日からの会議チームが担当する講演会が午後からあり、せっかくだからその前に会議もしてしまおうという魂胆。

 夕べ、坂本に車を置いて帰ったので、今日は電車を乗り継いで行きました。

 三条京阪から京阪電車で坂本へ。高校2年の終わりに坂本の寮を出て、自坊から通った経路です。

 高校の時は、ずいぶん混んでいて、大津で乗り換えようとしても乗れないことさえあったこの路線。
 今日は土曜日のためか、ガラガラ。また、大津から坂本へ向かう途中で車掌さんは降りてしまい、それ以後は大半が無人駅となるため、運転手さんが切符を受け取っていました。
 廃線の話題が持ち上がるのもうなづけました。


 坂本駅の一つ前の駅で降りて、パン屋さんに向かいました。

 このパン屋さんは寮生活をしていた時によく行ったお店。寮の食事だけではお腹が空くので、食パンを買ったり、パンの耳などもよく貰いました。

 高校時代、このパン屋さんには美しい奥さんが店番をされていました。当時30歳過ぎだったのでしょうが、寮生たちは無口で、おとなしいその奥さんに憧れを持ち、パン屋さんに向かうのが楽しみでした。

 「そうだ、久しぶりに寄ってみよう。奥さんは店番してないだろうなぁ」

 高校時代は、安っぽい作りの店だったそのパン屋さんも、今では白壁に土蔵風の外観に変わり、支店を3つ持つまでに大きくなっていました。店の奥には工場が、横にはガレージが出来ていて、掲げられたレトロ調の看板のロゴだけが昔のままでした。

 お店を入ったらすぐに若い店員さんの姿が目に入りました。

 「あー、やっぱり…」

 でも、あれから30年。きっと綺麗な奥さんは結構なお歳になられているでしょう。あのころの姿が記憶の中に残っているほうがいいでしょう。何となく、おられなくてホッとしました。

 朝から何やってんだか。

 適当にパンを買って、事務所に向かいました。

 9時から講演会の準備を少ししてから、会議。

 お昼前に終わって、「立松和平さんの話を聞きたいなぁ」と思いつつ、昨日置いて帰った車に乗って家路を急ぎました。


 午後からは「メダカの学校」。夜は遠来の客。忙しい1日でした。

〜 石積みの町坂本を表現したという「石積みのパン」(手前) 〜

2004年10月2日(土)  No.403

真夏日の更衣
 真夏日の日数を更新!とまではなりませんでしたが、30度に手の届きそうな暑〜い日となりました。空には雲一つありません。

 午前中、東山のお寺で「大般若」の法要。

 こんなに暑い今日から冬衣となりました。夏の衣と違って、羽二重の冬衣の重いこと。

 窓もなく締め切った小さな本堂は、さぞかし暑いだろうなぁ…と心配していたら、「クーラーを入れましょう?」との住職の問いに、出仕した人は異口同音に「ぜひ!」。

 クーラーをガンガンに効かせたお堂で冬の衣を着て法要をしましたが、何となく奇妙な感じでした。

 それでもなお、汗をかいた大般若でした。


 大急ぎで衣からスーツに着替えて、大津・坂本で会議。終わって懇親会。

 何度も会議を重ねているワーキングチーム初の宴会とあって、とても楽しく、意義深い時間となりました。

 お酒を呑んだので車は置いて、JRと京阪電車を乗り継いでの帰路でした。たまには、夜の電車の光景も楽し。
2004年10月1日(金)  No.402

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