12/13版 




                    冬晴れの境内          マウスを載せれば写真が変わります

 今日も寒い朝でした。ここ1週間ほど、毎朝、結氷していて、まるで真冬のようです。
 でも、昼間は久しぶりに最高気温が2桁になって、寒さも少し弛みました。日差しもあって、風もそれほど強くなく、‘冬’を楽しみたい気分になりました。
 境内は、紅葉期とはまるで違って人影はほとんどなく、静まりかえっています。ただ、落ち葉を掃除するブロアのエンジン音だけが、彼方此方から聞こえて来ます。
 主のないハンカチや他のお寺の拝観券、踏みつけられてテカテカしている地面などが、喧噪の頃の置き土産として、落ち葉の中から顔を出しています。
 葉を落とした木の枝が冬の空に伸び伸びと向かい、身軽になったことを主張しているようにも見えます。木々の‘素顔’が見られる冬の季節が大好きです。


             来週にはなかるらん 残り紅葉       マウスを載せれば写真が変わります
 まだほんのわずかに紅葉が残っています。といっても、「あそこと、あの木と・・・」と並べられるほど。訪れた人は、必ずといっていいほど、そのわずかな紅葉をカメラに収めておられます。
 いま、境内にお越しになるのは、紅葉の時期に来られなくてやむなく今になったという方ばかりではありません。紅葉期の人の多さや喧噪が嫌で、静かになるのを待っていたという方もおられます。
 今なら、しばしの間、紅葉を独占することが出来ますし、自由に歩き回ることも、ベンチでゆっくり座っていることもできます。そんな今のほうが、‘真如堂らしい’といえるでしょう。ボクも紅葉の最盛期よりも、今のほうがずっと好きです。
 残った葉の紅さはさすがに減じ、張りも失ってきていますが、光が当たるとハッとするほど綺麗に輝きます。見通しのきくようになった境内では、そんな光景を探すことは難しくありません。
 最後の最後の‘置き土産’、独占されてみてはいかがですか?




    遠   い   木   が   見   え   て   く   る   夕   十   二   月       能村登四郎






              最後まで取り残したる敷き紅葉     マウスを載せると写真が変わります
 落ち葉掃除はなかなか進みません。ようやく半分ほど出来た程度でしょうか。
 ブロアで吹き飛ばして集められた落ち葉は、フレコン(フレキシブルコンテナバッグ)という袋に入れられます。ある程度まとまったら、総合支援学校に持っていって、畑の堆肥や茸の培地に使われる、といった流れです。
 でも、一所懸命やっても、1日で掃除できる範囲は限られています。どんどんフレコンに入れていきますが、総合支援学校の畑までは片道30分以上掛かるので、軽トラでピストン運送しても追いつかず、今ではフレコンが山となっています。
 そして、落ち葉となっても見ごたえのある場所は、最後の最後まで掃除をしないようにしてあるので、写真のような景色がまだ見られます。さすがに落ち葉ももうカラカラに乾いて茶色く縮れているのですが、日が当たれば何とか何とか綺麗です。
 今年もあと半月あまり。今年中には何とかしたいと思っているのですが・・・。


    冬の日を一杯浴びて彼岸花の葉 / 思い出された炉開きの花 マウスを載せれば写真が変わります
 落ち葉を掃除したら、元気な葉っぱが顔を出しました。彼岸花の葉です。
 彼岸花の葉は、花と入れ違いに顔を出します。紅葉が始まる前はまだそれほど大きくなかった気がするのですが、落ち葉の中から出てきた葉はずいぶん立派になっています。
 木々が葉を落として日当たりがよくなる時期に、彼岸花の葉は日の光を一杯浴びて栄養をため込むのでしょう。
 境内では、山茶花や寒椿なども咲いています。
 10月に咲き始めた「炉開き」の花も、紅葉の時期はその存在を忘れてしまっていました。落ち葉を掃除した昨日、その愛らしい花が咲き続けているのに気が付きました。まだ植えたばかりの小さな木ですが、まだまだ咲いてくれそうです。
 同じように、紅葉に‘埋没’していた山茶花の花が、今はとても新鮮に綺麗に見えます。
 ♪ 山茶花 山茶花 咲いた道 たき火だ たき火だ 落ち葉焚き ♪ ちょうど、今頃の情景を歌った歌です。
 季節が移ろい、また違った景色を楽しませてくれる。自然って本当に奧深く有り難い存在です。気忙しい季節ですが、しばしその恩恵に浸ってみるのもいいでしょう。
 体調を崩されませんよう、ご自愛ください。




    手  に  み  か  ん   ひ  と  つ  に  ぎ  っ  て   子  が  転  ぶ       多田道太郎