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少し肌寒いものの、日向にいると陽光が体中をあたためてくれました。かえって、建物の中にいるほうが寒いくらい。今日も境内には普段よりも多くの人がお見えになりました。 天気がいい日は、‘もの’の見え方が違いますが、春の芽吹きの頃や秋の紅葉の時分には、特にそう感じます。 今朝起きてみると、天気予報通りの快晴。8時前の日の光が境内に差し込んでくる頃、カメラを持って境内に出かけました。境内にはすでにカメラを持った人が2、3人おられました。 今日は「はなまつり」。お釈迦さまが誕生された日で、9時から本堂で法要があります。写真を撮っている場合ではないのですが、今時分の快晴の日の朝は見逃せません。
法要さえなければ、光が織りなす景色の変化を、いつまででも見ていたのですが・・・。 春は美しい・・・ 有終の美を飾ろうとしている桜には申し訳ないですが、今朝は‘それ以上’の景色を見せてもらった気がしました。 桜 散 る 見 え ぬ 世 か ら の 風 の 来 て 田中政子
桜の花びらを掌の中に収めようと走り回る子供、あちこちのベンチではお弁当を食べる人、そしておこぼれをねだる猫たち。写真を撮る人。本堂の階段に腰掛けてしゃべっているご婦人方。それぞれ思い思いの時間を、春爛漫の境内で過ごしておられました。 真上から照らされている時の桜花は、少し凡庸な気がします。でも、色褪せてきたとはいうものの枝いっぱいに付いた桜の花。そして真っ青な空。時おり吹く風に枝を離れる数千、数万の花びら。それはそれは素晴らしい景色でした。
普段の季節ならば、朝夕は犬の散歩タイムで、それ以外の人はほとんど見かけませんが、桜や紅葉の季節は夕方になっても人の姿が絶えません。 今日は和服の女性がずいぶん多かったですが、何かイベントでもあったのでしょうか? 一様に、おしとやかという雰囲気はまったくなく、花に浮かれ騒ぐばかり。 「散りゆく桜が似合うような女性は、なかなかおられないものだ」と、風情のなさに落胆。詩歌の世界に求めるしかなさそうです。 やがてそんな人たちも去り、静かになった境内を群青がかった暗闇が覆っていきました。 風情を求めるならば昼の盛りではなく、朝夕。今日はそれを堪能させてもらった気がしました。
若緑の葉と一緒に赤い蕾がビッシリと付き、緑と赤の色鮮やかな景色を見せてくれています。 春は本当に駆け足です。昨日と今日、今日と明日では、また景色が違っています。 そんな様子に活力を貰う人もあれば、自分だけ置いて行かれたような気になって焦ってしまう人もいます。春は人間にとっても微妙な季節です。 さぁ、これからの楽しみは新緑です。紅葉も綺麗ですし桜もいいですが、すべてを包んでくれるような新緑には深い安心感があります。
本堂正面に花御堂を置き、その中に甘茶で満たした灌仏桶を置いて、誕生仏の像をまつります。 お参りする時は、誕生仏に杓で甘茶を注いで祝いますが、それはお釈迦さまがお生まれになった時、9つの竜が天から清浄の水を注いで産湯としたという伝説に由来しています。 甘茶はがく紫陽花の一種。その葉を蒸して揉み、乾燥させたものを煎じて作りますが、ほんのり甘くて、少し苦みがあります。 お参りされた方は、「わぁー、久しぶり!」「ホント、後口が甘いのねぇ」などと話しながら、甘茶を飲んでおられました。 さて、これからしばらくは、また次々と花が咲いて来ます。シャガの花もあっという間に開花しました。灯台躑躅も咲き始め、藤や八重桜ももうしばらくしたら開花してきます。 春の花や新緑にあふれる境内へお越しください。 ぬ か づ け ば わ れ も 善 女 や 仏 生 会 杉田久女 |