新春を迎え、皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。

 100年に1度の不況、派遣切り、株価下落と、年末にかけて暗い話題が続きましたが、「今年の10大ニュース」などを見ると、「あー、そういえば、そんなこともあったなぁ」と、大きな出来事をすっかり忘れている自分に驚かされます。
 皆さんにとって、昨年はどのような年でしたか?

 「苦沙彌のインターネット僧坊」には、昨年、約7万5千回のアクセスがありました。
 96年12月中旬、「お寺をより多くの方に親しんでいただきたい」と、インターネットという新しい“道具”を使った発信を始めたこのページ。
 そこから、新しいご縁が次々と生まれていることを、とても嬉しく思っています。

 昨年からボク自身が忙しくなって、なかなか思うように更新作業などが出来なくなってしまいましたが、今年も精一杯、このページを続けてまいりたいと思っています。皆さんがいろいろな思いを持って、真如堂を、このページを訪ねてくださることを、こころよりお待ちしています。

 どうか今年1年、世界が平和で、皆さまが幸せな時をお過ごしになりますことを…。


  苦  沙  彌
 (竹内純照)
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■ 苦沙彌のINTERNET僧坊
     http://kusyami.com




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   大晦日の鐘楼堂 / 着ぐるみ姿で鐘を撞く外国人    マウスを載せれば写真が変わります
 「盆と正月が一緒に来たような」という諺がありますが、まさにお寺のためにあるような言葉だと常々思います。
 大晦日の晩には除夜の鐘。除夜とは「旧年を除く夜」という意味で、除夜の鐘は鐘を撞くこと、あるいはその音を聞くことによって、1年のうちに作った罪を懺悔し、煩悩を除いて、清らかな心で新しい年を迎えるという行事です。
 108回という鐘の数については、煩悩の数だと言われ、いろいろと108を導き出す計算法がありますが、数自体にそれほど根拠があるわけではありません。「たくさんの煩悩」という意味でしょう。
 真如堂にも、500人以上の方が鐘を撞きにお越しになります。多くは家族連れですが、若い人たちは友人同士。中でも、外国人が多いのが特徴的で、100人近くに登るのではないでしょうか。


     鐘を撞く順番待ちの長い列 / 薬湯の接待    マウスを載せれば写真が変わります
 11時45分からの読経に続き、まず一山の僧侶が鐘を撞きます。その後は、一般の方々に5〜6人1組で鐘を撞いていただきます。
 皆さん結構神妙な面持ちで鐘を撞かれ、合掌して、来る年の多幸などを祈願して帰られますが、外国人は丸っきりイベント感覚。12時の時報が聞こえる前にはカウントダウンの歓声が上がっています。
 最後に、もう一度僧侶たちが鐘を撞いて、108つすべてが撞き終わるのは1時15分頃。遠くの方からは、大きくて撞くのに時間がかかる知恩院の鐘の音が低くゴ〜ンと聞こえてきました。

 ちょっと一眠りしたら、「修正会」が始まります。
 真如堂では、1年の最初に出す声でお勤めをするという意味で、法要が始まるまで話をしない習わしになっています。
 法要の準備をする間は目配せをして意思の疎通を図ったり、お互いに挨拶をする時も黙礼だけで済ませるなどして、法要に臨みます。

ご本尊前の鏡餅
 本堂での修正会に続いて、開祖や発願主、歴代のおまつりされているお堂でお勤めをした後、赤毛氈を敷いた部屋で年頭の拝賀の式。
 自坊に帰って、仏間でやはりお正月のお勤め。お屠蘇やおせちをいただいていると、そろそろ檀家の方がお正月の墓参に来られます。
 京都では、お正月に墓参をするのが一般的。1日中、ひっきりなしに墓参の方が来られ、お昼もゆっくり食べている時間がありません。お正月をゆっくり過ごすなどということは、夢のまた夢です。
 大晦日から休みなく続いてきた忙しさも一段落。夜になるとほっこりして、「あー、やっと寝られる」とうれしくなってきます。
 ところが、今年は年末から風邪を引き、修正会の後すっかり寝込んでしまって、後ろめたい思いをしながら、初めての「寝正月」を過ごしました。波乱含みの年明けです。
 今年も、またその折々の真如堂の様子をこのページでお届けしてまいります。またのお越しをお待ちしております。





  正 月 や 冥 途 の 旅 の 一 里 塚  め で た く も あ り  め で た く も な し      一休宗純