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晴れていれば、もっと綺麗なのに/何に「オー、ノー!」ってしているの?マウスを載せれば写真が変わります
 今日は1日中、曇天。晴れ間がのぞくこともなく、わずかに薄日が差したような気がする瞬間があっただけでした。
 青空に映える新緑に満ち溢れる境内を皆さんにお見せしたいと思っていたのですが、残念です。
 もみじの新緑は、今、実に鮮やかなのです。透過光で見ると、その美しさは一層際立ちます。新緑も紅葉も、日の光が鮮やかに演出してくれます。しかも、朝の光と夕方の光では、色が違います。朝の光は新緑向き、夕方の光は紅葉向き。昼間のトップライトは‘万人向き’ですが、少し趣きが浅い気もします。今日はそのいずれをも欠いていました。
 連休の合間で、訪れる人はわずか。授業に集中しにくいからなのでしょうか、大阪の女子校の生徒たち数十人が遠足で来て、境内のあちこちでお弁当を広げ始めました。境内の其処此処で「キャァー!」という黄色い声が・・・。「大勢で来て境内を使うのなら、ちゃんと事前に連絡をして欲しい」と、引率の先生に一言申し上げました。


         菩提樹の新緑 / 八重桜の落花     マウスを載せれば写真が変わります
 菩提樹の新芽が、ようやく葉を広げ終えようとしています。カエデの木などは、もうすでに実を付けているというのに。菩提樹は、おそらく境内一の‘晩熟おくて’です。
 樫や楠などの常緑樹は、いま盛んに古い葉を落とし、職員はその掃除に追われています。
 「常緑樹」といっても、ずっと同じ葉っぱが付いているわけではありません。常緑樹も落葉樹と同じように、春に新しい葉を出します。ただ、落葉樹のように何もなかった枝から新しい葉が出てくるわけではなく、前からあった葉に隠れるように出てくるので、ほとんど目立ちません。新しい葉は、古い葉と交代しながら出てくるのです。春は常緑樹にとって芽吹きの時であると共に落葉の時期でもあるわけです。
 カサコソと落ち葉は降り積もり、朝、掃除をしても、夕方にはまた大量の落ち葉が木の下には散らばっています。本当に掃除人泣かせです。
 境内にブロアのけたたましいエンジン音が鳴り響いていたら、樫や楠の落ち葉掃除に追われているのだと思ってくださいね。




        春  落  葉   し  き  り  に  音  を  か  さ  ね  け  り        岸田稚魚




     炎のように赤い躑躅と新緑 / 自坊前の躑躅   マウスを載せれば写真が変わります
 「今年は当たり年かな?」と思うほど躑躅つつじの花付きがよく、色鮮やかな花が木を覆うがごとくに咲いて、甘い香りを漂よわせています。
 清少納言は「汗衫かざみは、春は躑躅、桜。夏は青朽葉、朽葉」と記しています。汗衫とは、平安時代の貴族階級の女児用の薄手の上着。古の人は、重ね着をするのにどういう色の組み合わせが美しいかを熱心に研究していたようです。
 「躑躅色」と聞いて想像されるのは、ピンク系、赤紫系? 清少納言の頃の躑躅色は、いま私たちが思いつく躑躅の色よりはずっと地味で、山躑躅の色が基本だったようです。また、躑躅色にも、躑躅 紅躑躅、白躑躅などがあり、色彩感覚は今の私たちよりももっと敏感だったように思います。それだけ、自然と共に暮らしていたと言えるのではないでしょうか。
 躑躅が咲き出すと、初夏の訪れを感じます。1日は八十八夜、5日はいよいよ立夏です。

          風にそよぐ卯の花 / 野にはハルジオン     マウスを載せれば写真が変わります
 咲いている花の種類は、桜の頃よりも今のほうがずっと多目です。
 自坊の前では、躑躅と唐種招霊からたねおがたまが甘い香りを競い放っています。シャガも一面に咲いています。卯の花が小さな花をいっぱい咲かせ、少し重たそうに頭を垂れて揺れていました。
 卯の花が咲くと「卯の花くたし」という言葉を連想します。京都でこの花が咲くのは連休の頃。比較的お天気も安定しているので、花が腐るほどの雨が降るという実感はありません。むしろ、好天の中、卯の花が風にそよいでいる光景のほうが印象的です。
 境内をゆっくり歩いていると、他にもたくさんの花に出会うことができるでしょう。それぞれの心に適った出会いがあるのではないでしょうか。
 どこへ行っても人だらけの連休。真如堂の境内も多少は人が増えますが、きっとのんびりお過ごしいただけます。
 新緑の境内に、ぜひお越しください。境内から吉田山へ向かうもよし。黒谷を抜けて、蹴上浄水場の躑躅を見に行くのもよし。青葉から降り注がれるやわらかく若いエネルギーを満身に感じてみてください。




      分  け  入  つ  て  も   分  け  入  つ  て  も  青  い  山        種田山頭火