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      一分咲の染井吉野と境内 / 桜ばかりにあらずと椿も顕示  マウスを載せれば写真が変わります
 日が陰ると、ちょっと肌寒い日でした。曇り空と晴れる時間が半分ずつ。時おり時雨れたり、風が強く吹いたり、虹が出たり。花の咲く時期らしいお天気でした。
 春休みのためか、境内を訪れる人も子供連れが目立ち、団体客も次第に増えて来ました。都大路も時々渋滞するようになり、手に観光マップを持った人をよく見かけるようになってきました。春の観光シーズン到来の実感がします。
 境内もすっかり春めいてきて、つい2週間ほど前とはずいぶん違います。今は季節が駆け足でやってきて、目まぐるしく景色が変わっていく時期です。
 赤ん坊が、毎日のように‘できること’が増えていくように、春は毎日新しい発見に溢れています。「椿が咲いた」「枝垂れ桜が見頃になってきた」というように。秋はその逆、‘引き算’です。やがてほとんど動きがなくなって、‘ゼロ’になり、見かけ上は何も動かなくなる冬がやってきます。
 皆さんにとって、春はどんな季節でしょう?


      見頃を迎えた枝垂れ桜 / 春日局お手植えの「縦皮桜」    マウスを載せれば写真が変わります
 24日、京都の気象台は、染井吉野の開花を宣言しました。例によって、「どこに咲いているの?」という違和感のある早さです。
 京都はさほど広い街ではありませんが、桜の開花の様子を見ていると、場所によってずいぶん気候が違うことがわかります。
 気象台は街中にあり、余程あたたかいのでしょう。「まだぜんぜん咲いていないのに」と思いながら鴨川畔を車で走ると、七条あたりはずいぶん咲いていて、四条辺りもチラホラ咲き。逆に、北大路以北や洛西の方では、まったく咲いていなかったりします。真如堂の境内の桜が咲き出すのも、気象台から遅れること3〜4日。それだけ違うのに、「標本木」だけを見て開花宣言をする意味があるのだろうかと、疑問に思えてきます。
 今年の真如堂境内の染井吉野の開花宣言は、26日の午後、ボクが個人的に出しました。「縦皮桜」は例年では染井吉野よりも1日ほど早いのですが、今年は26日の午前、枝垂れ桜は例年境内一早く開花して、今年は23日、それぞれ開花しました。
 見頃は開花から約1週間後です。枝垂れ桜は満開になる前の29・30日頃が一番の見頃でしょう。満開になると色が褪せ、白々としてきてしまいますので。
 全体として、今年の桜の見頃は、4月3日頃ではないでしょうか。小学校の入学式に桜はほとんど散っていそうですね。




       世   の   中   は   三   日   見   ぬ   間   に   桜   か   な        大島蓼太





夕暮れの野良猫のミニ集会 /‘あんぱんマント’をひるがえして駆ける少年 マウスを載せれば写真が変わります
 最近、すっかり真如堂のアイドルとなった感のある野良猫たち。最も羽振りをきかせていた雄に、近所の人がお金を出して去勢手術を施してくださったらしく、その是非は別として、以後、猫たちの世界は平穏無事。1日中、参道脇の茶所にたむろして、お参りの方を癒してさし上げています。
 今までは‘野良のプライド’か、触ることも許さなかったのが、最近は極めて親和的。春ののどかな景色と猫は、よくマッチしています。
 境内にいると、いろいろな人と出会います。
 久しぶりに会ったオランダ人の友人と話していたら、風呂敷をマントにした男の子がボクたちの前を掛け去っていきました。
 「最近、あんな格好をして遊んでいる子も珍しいねぇ。ボクは『月光仮面』などの真似をして、風呂敷を背中に羽織って自転車に乗ったよ」と話したら、彼は「ボクは『怪傑ゾロ』の真似をして、あんな格好をしたなぁ」と言いました。『怪傑ゾロ』、何て懐かしい響き。
 でも、目前の子供は『月光仮面』も『怪傑ゾロ』も知っているはずがありません。「あれは‘あんぱんマント’じゃないかなぁ」ということに落ち着きました。
 そんな暢気な話が出来るのも、春ならではです。

        連翹と塔 / ‘精勤賞’の「十月桜」        マウスを載せれば写真が変わります
 境内は、春爛漫、百花繚乱の感がしてきました。
 あたたかくなる前から咲いていた、馬酔木や山茱萸さんしゅゆはもちろん、椿はいまが盛り。とりわけ、正面参道の一番下に咲いている大きな椿は見事です。
 桜は申し上げるまでもなく、これからがピーク。
 本堂前の「花の木」も、今、真っ赤な花を咲かせています。通りがかる人も、「あれは何だろう? 新芽かなぁ」と不思議そうに見上げておられます。日が当たると、その紅さは一層際立ち、とりわけ夕焼けの頃は幻想的でさえあることがあります。
 自坊では、連翹れんぎょうが一気に満開になりました。山吹もそろそろ咲き出しそうです。門の中では、胡蝶侘助こちょうわびすけが満開。椿とはまた違った可愛さがあります。
 昨年の10月からずっと咲き続けていた十月桜ですが、3月初旬に、花数が急に減り、「そろそろ終わりかなぁ」と思っていたのが、ここ数日で一気にたくさんの花を咲かせるようになりました。
    夕日に透かされた「黒文字」の花と新芽 / 満開の胡蝶侘助  マウスを載せれば写真が変わります
 冬の花の少ない時期に咲いてくれていただけでも感謝に値するのに、またこの時期になって、今までにないほどたくさんの花を開かせました。「精勤賞」に値する木ですが、咲き続けで疲れはしないかと、ちょっと心配になってしまいます。
 目を地面に転じると、いつの間にか蒲公英たんぽぽがいっぱい咲いていました。境内に咲いている蒲公英も、ご多分に漏れず、ほとんどが西洋蒲公英です。
 「あー、春が来たんだなぁ」と思わせてくれるのが、大犬おおいぬのふぐり。「もっとマシな名前を付けてあげればいいのに」と思う筆頭格です。
 今年はこの花の開花に気が付く前に、他の花がたくさん咲いていました。「急に春が来て、何もかもが一度に咲き出した」というのが、今春の特色かも知れません。
 春になって万物が動き始めると、「春が来たから、何か始めないといけない」と焦る人がたくさんおられます。草木は子孫を残すために万を持して春を持っていたのですが、人には春でなくてもチャンスはやってきます。何も焦る必要はありません。訪れた春の中にゆったり身を置いて、のんびり行く末を考える。それは人間に与えられた特権かも知れません。
 ゆっくりと春をお楽しみください。




       吾   も   春   の   野   に   下   り   立   て   ば   紫   に          星野立子