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            新緑の正面参道桜蘂降さくらしべふる中でお飯事ままごと   マウスを載せれば写真が変わります
 「春に3日の晴れなし」の言葉通り、お天気が安定しません。
 先日、朝の天気予報で「100%、傘はいりません」と自信たっぷりに気象予報士が言っていたので、傘を持たずに遠出したら、昼下がりからはすっかり雨。「このあたりは、今の季節は雨になることが多いのです」と土地の人は言っておられましたが、「ところによりにわか雨」とも言わなかった予報士を、雨に濡れながら恨みました。
 昨日は快晴でしたが、今日から下り坂。日曜から火曜まで「一時雨」。さて、この予報もどこまで当たるでしょう。春はそれほどお天気が変わりやすいのですね。
 ボクにとって今の時期の雨は、本当は楽しみでもあります。雨が降ると、「これでまた草木が大きくなる」と思いますし、黄砂や花粉が洗い流され、空気中の塵も落ち着いて、新緑がいっそう美しく見えるからです。雨の後に急に晴れてきたような日にはまして。急いでカメラを持って出かけない手はありません。まだ乾ききらない雨粒や新緑がキラキラと宝石のように輝いています。
 また、新緑には朝の光がよく似合います。紅葉には夕日。雨上がりの快晴の朝が一番! 条件が厳しすぎますか?
 今日は朝のうちは快晴でしたが、午後は薄曇り。曇るよりも雨のほうが楽しみがあるかも知れません。いえ、お天道様のされることですから、文句は言わずに、それぞれ楽しませていただくと致しましょう。


    本堂裏の緑もあざやかに / 開き切らぬ若葉越しの塔   マウスを載せれば写真が変わります
 それぞれが自らの持つ色を主張して‘点描画’のようだった先週に比べ、ここ数日の境内は次第に緑に向けて統一されていく流れを感じるようになりました。
 染井吉野はすっかり散って、いまは蘂がたくさん降ってきます。今の時期、ボクの敏感な頭皮が何か違和感を感じたら、それは必ず桜のしべです。もみじの花柄もたくさん降ってきますが、小さいので感じません。
 赤い桜の蘂やもみじの花柄がすっかり落ちると、境内は緑に占められるようになります。今はちょうどその過渡期。‘点描画’だった先週のほうが、それぞれの色が鮮やかに複雑に絡み合い、綺麗だったように思います。
 境内の様子は昨日と今日でも違いますし、朝と夕でも違います。いまは少し気を抜いていると、あっという間に様子が変わっています。とても駆け足で季節が移ろっているのを感じます。
 そんな中、知恩院の大きな鐘楼がゆっくりと地を這うように「ゴォ〜ン」と鳴るのが聞こえてきます。法然上人の遺徳を偲ぶ「御忌ぎょき」が行われていることを、いつもこの新緑の頃に鐘の音で知ります。その度に、「あの鐘の音は春聞くには重たすぎるなぁ」と思います。



       掃   き   よ   せ   て   朝   の   湿   り   の   桜   し   べ        荒井正隆




      鐘楼まわりの桜 / 自坊の窓から見た鐘楼と桜    マウスを載せれば写真が変わります
 いま、京都で桜を見るとしたら、仁和寺にんなじの「御室おむろ」。それも、もう散ってきているとか。これからの花の話題は藤やつつじ、杜若かきつばたなどへと移っていくのでしょう。
 実は真如堂の境内でも、まだ桜が見られます。しかも、今がちょうど見頃です。
 本堂に向かって右側に鐘楼堂がありますが、その回りにピンクの八重桜「関山」が5本、遅咲きの一重が1本植わっています。生け垣があって遠目には目立ちにくいのですが、ゆっくり境内を散策されている方なら気がつかれるはずと思いきや・・・しばらく観察していましたが、気付いて見に行かれる方は1割にも達しませんでした。「八重桜満開」という立て札でもたててあげようかな。
 ちょうど鐘楼の石の基壇の高さと花の高さが同じ、基壇に登れば桜越しの三重塔も眺められて、ロケーションは最高! ここでお弁当を食べれば、もうどこへも花見に行く必要などありません。しかも、ほとんど人は来ないし、タダ!
 「今年はお花見が出来なかった」という方は、今からでも遅くありません。ぜひお越しください。
      たぶん「普賢象桜」/ 散り終えようとする山桜    マウスを載せれば写真が変わります
 塔の横にも茶色い葉の山桜が咲いています。
 境内には他にも茶葉系の山桜が数本、緑葉系が1本ありますが、みな染井吉野よりも早く咲き、もうすっかり葉桜となっています。そんな中で、この1本だけ晩熟なのです。
 低いところに枝がないので、うっかりすると見落としてしまいます。塔の横を歩いておられて、花びらが点々と落ちているのに気がつかれたら、立ち止まって見上げてみてください。素朴な桜が見られます。
 もう1本、秘中の秘? たぶん、「普賢象ふげんぞう桜」だと思われる桜が、いまちょうど満開です。
 普賢象桜は、葉化した雌しべが普賢菩薩の乗る象の鼻に似ているというのですが、似ているでしょうか?
 本堂の堂守さんに、「あれはたぶん『普賢象』という桜ですよ」とその名の由緒と共に教えたら、「フゲンゾウ、フゲンゾウ、フゲンゾウ・・・忘れちゃいかん」とつぶやきながら、話もそこそこに本堂に戻って行きました。戻ってすぐに「フゲンゾウ」とメモをして、来られた方に「あの桜は『普賢象桜』といいます。普賢菩薩さんの象の鼻に似ているのです」と自慢げに語ること請け合いです。間違って、「モンジュシシ」とか言わないかなぁ・・・。
 さて、この‘たぶん普賢象桜’がどこにあるかは、境内をゆっくり歩いて見つけてください。‘お宝探し’です! ヒントは、本堂に向かって左側。低い位置には枝がありませんので、上をご覧ください。ただし、近くのお堂で改修工事をしていますので、つまずいて転ばないようにご注意ください。
 桜も、手を替え品を替え、ずいぶん長い間楽しませてくれますね。

      団扇かえでの新緑/ 灯台躑躅の花ともみじの新緑   マウスを載せれば写真が変わります
 大きくて、とても柔らかそうな葉でしょう? 「団扇うちわかえで」の葉です。数年前、西多摩の玉泉寺の十夜鉦講の方々が、真如堂でお勤めをされた記念に植樹してくださったものです。木のもとの小さな石にはこの木の由緒が書いてあります。
 こちらでは自生していない木なので、風土が合わないのかも知れません。なかなか大きくなってくれませんが、今年も元気な若葉を出してくれました。新緑よし、紅葉もよし。さて、この木はどこにあるでしょう?
 この鈴蘭のような花は、馬酔木あせびのすぐ近くに咲いていますが、馬酔木ではありません。「灯台躑躅どうだんつつじ」です。
 「細い枝の分かれた形が結び灯台の脚に似ていることから、‘トウダイ’が転じて‘ドウダン’となったとされる。漢名の『満天星』は、古い中国の伝説にある、太上老君がこぼした霊水がこの木に散って、満天の星のように輝いたという話にちなむ。」
 ん〜、わかったような、わからないような、やっぱりよくわからない説明です。植物の名前って、皆が納得するというよりも、‘付けた者勝ち’みたいなところがありませんか? まったく関係はありませんが、「満天星」というラーメン屋が近くにあります。

    清々しい白山吹の花/ 「花の木」にはもう種ができました   マウスを載せれば写真が変わります
 いま、境内では、桜、椿、馬酔木、灯台躑躅、シャガ、山吹、白山吹などが咲いています。地面に目をこらせば、もっともっとたくさんの野の花が咲いています。
 白山吹は、先週1、2輪咲いていると思っていたら、あっという間に満開になりました。
 自坊吉祥院の前あたりに10株ほど咲いていて、新緑と相まってとても清々しい雰囲気を作り出してくれています。
 ボクはこの花が大好きで、毎年種を採っては蒔き、苗を育てています。自坊の前の白山吹も、そうして増やしたものです。
 残念ながら、小さい苗を植えておくと、すぐに盗られてしまいます。かといって大きくなるまで別の場所で育てることもできません。いま白い花を咲かせてくれているのは、そんな花盗人の災禍を越えて来た‘百戦錬磨’の株たちです。
 まだ枝先には黒い種が付いていますので、この花が気に入ったという方は、種を採って帰って蒔いてみてください。3年ほどしたら花が咲くでしょう。
 春は、うかうかしていて花の見頃が過ぎてしまっていたということがよくあります。境内にお越しになられたら、まず、今日このページに載っていた花を探してみてください。‘たぶん普賢象桜’や団扇かえではどこにあるでしょう? 晴れて寒くない日にはお弁当を持参して、鐘楼でお花見を! ゆく春を存分にお楽しみください。
 今日は「穀雨」。立夏にかけて少しずつお天気が安定し、日差しも強まってくるでしょう。チャンス!




       急   ぐ   用   あ   る   か   と   問   は   れ   春   の   暮         奥坂まや