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関西では、春の到来を感じるお寺の行事として、お水取りや比良八講などがあります。「お水取り」は、3月12日にクライマックスを迎える東大寺二月堂の修二会で、「お水取りが済むまで春は来ない」などと言われます。 また、「比良の八講荒れじまい」と言って、3月26日に琵琶湖で行われる「比良八講」の頃には寒気がぶりかえし、比良山から突風が吹き荒れて、湖国に本格的な春の訪れを告げるとされています。 あたたかくなったと思って喜んでいたのにまた寒さがぶり返した時、「やっぱり、お水取りが済まんと」とか、「比良の八講が終わるまでは寒いですねぇ」などと‘言い訳’を言っては、まだ本格的な春が来ていないことを自らに納得させるのです。 18日は彼岸の入り。「彼岸西風」が吹くと、寒さが戻ると言われますが、今日の風がそうだったのでしょうか?
例年、気象庁の開花宣言は「どこに桜が咲いてるの?」という頃に出される実感の乏しいものですが、ボクの予測では、今年は予想通り28日には桜が咲き、開花宣言が出されるでしょう。いや、もう少し早いかも知れません。 もみじの芽吹きは例年は桜の開花と同じ頃ですが、今年はすでに本堂裏の2本のもみじが芽吹き始めました。まだ彼岸前なのに、ちょっと早過ぎます。他のもみじも芽吹きの準備を進めていますが、まだ芽吹きには遠い感じです。先行した2本のもみじが、紅葉するまでに疲れてしまわないといいのですが。 このところの寒さで、季節はちょっと足踏み状態です。それでも、動き出したものは止まりません。例年よりも早く春が訪れる確実な予感がします。 毎 年 よ 彼 岸 の 入 に 寒 い の は 正岡子規
15日、本堂では月遅れの涅槃会が修せられ、一山の僧侶が大涅槃図の前に横一列になって、「南無帰命頂礼大恩教主釈迦牟尼如来」と五体投地礼を行い、読経をしました。 この涅槃図は、本堂が建立された頃にその大きさに合わせて作られ、三井家の女性たちによって寄進されたものです。浄土系の僧厭求がプロデュースし、海北友賢が実際に筆を持ったものですが、300年前に描かれたものなのにいまだに色鮮やかで、お勤めをしていても惚れ惚れします。 隣席にいた僧侶が、「本当は今日じゃないんでしょう? 5月なんでしょう?」と、法要が始まる前にボクに話しかけてきました。 日本では涅槃会を2月か3月の15日に勤めますが、スリランカなど南東アジアの仏教国では、お釈迦さまの生誕・成道・入滅をすべてヴァイシャーカ月(古インド暦の第2の月)の満月の日、5月15日としています。臨席の僧はそのことを言っているのです。 中国や朝鮮半島そして日本へ伝わった仏教では、同じ「ヴァイシャーカ月」を翻訳したはずなのに、生誕は4月8日、成道は12月8日、入滅は2月15日としています。どうしてこうも違うのか、摩訶不思議です。 不思議がっていては読経に集中できません。真面目に、「南無帰命頂礼大恩教主釈迦牟尼如来・・・南無帰命頂礼大恩教主釈迦牟尼如来・・・南無帰命頂礼大恩教主釈迦牟尼如来」。 自分が出ている法要の写真を撮ることができないのが、このページの永遠のジレンマです。
本堂の前に座っていたら、ちょうど拝観を終えた方が出てこられて、「来てよかったねぇ。ゆっくり説明してもらえたし」と話しながら靴を履き始めました。それを聞いて、ボクも胸をなで下ろしました。「拝観料、高かったわね」とか「来なきゃよかった」などと言われては、いくら汚い服を着て、帽子にマスクで変装していても、逃げ出したくなってしまったでしょう。 いまは涅槃図が特別公開されている他は、
その横で、 この木は住職がどこかの山の中から採ってきたもので、茶会などがある時はこの木の枝で菓子箸を作ったりしています。ボクはもっぱら小さな枝を折って、木枯らし紋次郎のように口にくわえて、その芳香を楽しんでいます。山を歩く時も、この木を見つけると手折って口にくわえます。リフレッシュ効果抜群! 今の時期に境内を散歩していると、「あっ、芽が出てる!」「おっ、咲いたな!」と、新たな息吹を発見する喜びがあります。今はまだ春も‘小出し’ですが、もうあとわずかで一気に来そうですね。 美 し く 木 の 芽 の 如 く つ つ ま し く 京極杞陽 |