新春を迎え、皆さまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 いつも、「苦沙彌のINTERNET僧坊」をお訪ねいただき、心から御礼申し上げます。
 「お寺や仏教を身近に」と、96年12月に開設した当ホームページも、おかげをもちまして11年目に入りました。長い間続けてこられましたのも皆さま方のお蔭と、篤く御礼申し上げます。

 今年も、真如堂の四季の移り変わりやホッとするような光景、ほのぼのとした雰囲気などをお届けして、皆さまに一時の安らぎを感じていただければと願っております。どうか、よろしくお願い申し上げます。

 2007年が、皆さま方にとって、そして世界中の人々にとって、幸多き年となりますように。

  苦 沙 彌(竹内純照)



 2007/1/1版 





    元旦の朝の参道 / 家族揃っての墓参を終えた人たち   マウスを載せれば写真が変わります
 麗らかな元旦の朝を迎えました。新しい年の幕開けにふさわしい清々しい青空が広がっています。
 真如堂の本堂では、元旦の朝6時から、今年1年の吉祥招福・天下泰平・滅罪消滅などを祈願する「しゅしょう」が勤められました。ひときわ寒い本堂ですが、今朝の冷え込みはさほどでもなく、経本をめくる手がかじかむようなことはありませんでした。
 昨年末に研修期間に入ることを許された若い僧は、もちろんまだ一度も元旦の行事に出たことがありません。先輩僧の後に付いて、次々と準備をしなければなりませんが、修正会はその年の最初に出す声で読経をするという習わしがあるため、法要が始まるまでは口を聞くことが許されていません。手振りで‘会話’をしたり、小声でヒソヒソと尋ねたり。来年の修正会の頃には、自分で進んで準備が出来るようになってくれるでしょう。
 そんな様子を見て自分が見習いだった頃を思い出し、今日新しい年を迎え、また一つ齢を重ねる自分がいることを実感しました。
 開祖や歴代がお祀りしてあるお堂で読経をした後、お屠蘇とそをいただいての拝賀の式。自坊に帰って、今年最初のお勤め。そしてようやく、お屠蘇、おせちやお雑煮。
 ところが、お正月、特に元旦の朝はのんびりというわけにはいきません。年始のご挨拶や墓参にみえた方々が、その頃にはお越しになり始めます。お正月には家族揃って、親戚と待ち合わせてお越しになることが多いため、1軒あたりの人数が時には10人ほどになることもあります。お正月らしくと、大人には和菓子とお抹茶をさし上げるのですが、今日は250個ほどのお菓子が出たようです。
 お墓に供える水塔婆は、あらかじめある程度準備してありますが、足りないものはすぐに書かなければいけません。
 朝のお雑煮が途中になって、もう一度レンジでチンしたり、お昼も間隙をぬって一気に食べたりと、のんびりしていることはできません。これが毎年のお正月風景です。


      ご本尊に供えられた鏡餅 /自坊の門松も「根引松」     マウスを載せれば写真が変わります
 年末にお正月の準備をしながら、あるいは元旦からそれを体現しながら、「これは一体どういう意味なんだろう?」と不思議に思うことがあります。
 たとえば、お寺の門にも門松を立てますが、そもそも門松は年神さまが来訪するための依代であり、鏡餅も年神さまへのお供え物だったといいます。年神の「年」とは稲の実りのことで、その年の豊作を祈って年神さまを祀る行事が正月行事の中心になっていったようです。
 京都では、松や竹、梅などを配した大きな門松はほとんど見かけません。京都の門松は、50センチほどの根付きの松(「根引松」) に半紙を巻いて水引でくくった質素なものが一般的です。根付きの松は、その昔、貴族たちが早春の野にあそんで根の付いた松を引いて無病息災を祈った「子の日の遊び」に由来するともいいます。根が付いていないと、年神さまが降臨した時に、そこから落ちてしまわれるのだとか・・・ホントかなぁ?
 ちなみに、松は「長寿」の象徴。竹は、冬でも緑を保ち、雪でも折れることがないので、「無事」。梅は雪の中でも花をつけるということで、生気と華やかさを表します。もともとは中国で「歳寒の三友」といって画題にされたものが、日本に入ってきて吉祥の象徴となったものです。
 注連縄しめなわは、清浄な区域との結界をあらわすもので、お正月にこれを張るのは災いをもたらす神や不浄なものが家の中に入らないようにするためです。
 おせち料理は、もともと人日・上巳・端午・七夕・重陽の五節句など式日のお料理のことですが、今は元旦(人日)だけに残っています。お雑煮は、年越しの夜に神を迎えて催した祭のための斎戒を解いて、平常にもどるための「直会なおらい」の席で、神事に携わった人が神様に供えた野菜や魚・肉などを分かち食べたことに由来すると言われます。
 お屠蘇は、元日に飲めば1年の邪気を払い、寿命が延びるという中国の伝説に基づいた、不老長寿を祈る新年の祝い酒です。
 こうしてみると、お正月の行事や風習は、中国の文化を取りいれてアレンジしたり、古からの土着信仰が形を変えたりしたものが大半で、仏教とは関係がありません。それなのにお寺の門には門松を飾り、注連飾りをして、仏前にお鏡さんを供えます。正月のお花は松竹梅。お節、お屠蘇、お雑煮、すべてそうです。そう考えると、実に不思議に思えてくるのです。
 仏教流のお正月は? 年の初め、終わりはもちろん、常に自らの罪過を懺悔するのが、仏教本来の姿なのだろうと思います。お正月は先ず懺悔から始めましょう!




        門 松 は  冥 土 の 旅 の 一 里 塚  め で た く も あ り  め で た く も な し       狂雲子




      除 夜 の 鐘 楼 堂     マウスを載せれば写真が変わります
 懺悔といえば、大晦日の除夜の鐘も、鐘を108回撞いて煩悩を払い、穢れなき清らかな心で来る年を迎える行事です。
 「除夜」とは、古い1年を除いて新しい年を迎える日の夜ということですが、「夜がない」、つまり寝ないという意味で、この夜に眠てしまうと白髪になる、顔に皺ができるなどという言い伝えがあったそうです。
 108回というのは煩悩の数だとよく言われ、いろいろな説明がされています。でも、煩悩の数え方は、時代や宗派などによってまちまちで、3つだという説もあれば、108はもちろん、多いところでは6万4千とする説もあります。数えたところで煩悩が減るわけでもなし、要は人間は煩悩まみれだということでしょう。
 除夜の鐘を108回撞く習慣は、中国の宋の時代に遡るといいます。日本では、鎌倉時代以降に、特に禅宗の寺院で朝暮2回、108ずつ鐘を撞くようになり、やがて室町時代の頃から「除夜」だけに108回撞くようになったといいます。
 「月落烏啼」で始まる張繼の漢詩で有名な蘇州の寒山寺へ大晦日に行き、除夜の鐘を聞こうというツアーがありますから、今でも中国のお寺では除夜の鐘が撞かれているのでしょう。あるいは、日本のお寺に輪を掛けて商魂たくましいお寺が多い中国のことですから、観光目的に行われているのかも知れません。
 中国の除夜といえば、周代の詩人 高適の『除夜作』が思い出されます。「旅館の寒灯独り眠らず 客心何事ぞ転た凄然 故郷今夜千里を思ふ 霜鬢明朝又一年」。旅先の旅館で故郷を思いながらまんじりともできないでいる白髪頭の作者の寂しさがひしひしと伝わってきます。遠くから鐘の音が聞こえてきたら、寂寞たる思いが増すことは確実です。
 新年早々、ちょっと脱線気味になってきたので、話を除夜の鐘に戻しましょう。

     除 夜 の 鐘 風 景 1     マウスを載せれば写真が変わります   
 真如堂の除夜の鐘は、11時45分に一山の僧たちが読経をした後に撞き始められ、後はご参拝の方々に4〜5人で1撞きしていただきます。
 年によっては雪が降ったり、強い風にさらされたりすることもある大晦日ですが、昨年はまずまずのお天気。空が澄んで、月の明かりが煌々と照る、素晴らしいコンディションでした。
 ボクの部屋からは鐘楼堂が見えます。11時頃になると人が集まり始めますが、除夜の鐘が撞けることを、皆さんどこで聞いたのでしょう? ワイワイガヤガヤという話し声が墓地を渡って聞こえてきます。時には、フライングした鐘の音が聞こえてくることもあります。
 ピーク時には4〜500人の人が100メートル近くも列を成します。列は鐘楼堂の中を3/4周し、外周を3/4周して、石段へと続き、さらに本堂前の手水舎のあたりまで達していました。
 4〜5人で撞けるように蛸足のようにしつらえた綱を各人に持ってもらい、係の僧が頃合いを見計らって、「1〜 2〜 3〜」と声を掛けます。たいていの人は、大きな音が鳴るのがいいと思って力任せに撞こうとしますが、大きな鐘の音は必ずしも綺麗ではありません。撞く直前に大きくバックスイングをして、返ってくる撞木の力で自然とゴ〜ンと鳴った鐘のほうが澄んだ音がします。

     除 夜 の 鐘 風 景 2 マウスを載せれば写真が変わります     ♪ 鐘楼堂の音が聞けます
 自分の撞いた鐘が108つのうちのいくつ目に当たるのかを聞く人が大勢おられます。「今年は77つ目だったよ!」などと談笑しながら帰って行かれますが、どんな意味を感じておられるのでしょうね。
 近付いただけで、お酒の匂いがプンプンする人もおられますが、昔のように泥酔状態の人は見かけなくなりました。
 今年はこれまでになくたくさんの犬たちがお伴をしてきました。飼い主が撞いている間、木にくくられている犬もいれば、上着の胸あたりに潜んでいる小型犬もいます。鐘の音が怖くて、鐘楼で伏せて動かなくなっている犬もいました。
 ボクは鐘楼堂でカメラ係。必須の役割ではなく、サービスです。カメラを持っておられる方に進んで「お撮りしましょうか?」と声を掛けて、‘決定的瞬間’をパチッ! ほとんどがデジカメですが、暗部がまったく見えないために当てずっぽでフレーミングせざるを得なかったり、赤目補正のストロボでタイミングが合わなかったりで、「うまく写ってなかったらゴメンナサァ〜イ!」と言いながら楽しませていただきました。
 撞いている鐘の合間に、他の寺の鐘の音も聞こえてきます。遠くから低く地を這うように聞こえてくるのは知恩院、近くて高い音色は法然院。その他にも、どこの鐘かはわかりませんが3つ4つ聞こえ、やがてひとつ減り2つ減りして、知恩院の鐘の音が最後まで残ります。大きくて撞くのに時間がかかっているのでしょう。
     かがり火の横を通る行列 / 撞き終わって談笑する人たち   マウスを載せれば写真が変わります
 境内の2ヶ所では、かがり火が焚かれています。炎が闇を照らし、その周りには自ずと人が集まって暖をとっていました。かがり火が顔やかざした手を赤く染め、火の粉が飛ぶ度に歓声があがります。今では、かがり火も珍しくなりました。
 鐘を撞きに来る人のうち、50人ほどは外国人です。さすがに京都は学生の街。英語、ドイツ語、フランス語、中国語など、いろいろな言葉が聞けますが、新年の挨拶は一様に「Happy New Year!」。目の前で抱き合ってキスなどされたら、目のやり場に困ってしまいます。
 あれっ、除夜の鐘って、煩悩を払う行事ではなかったのですか? 何だか、ただのイベントっぽくなっていませんか?
 撞き初めの頃は人垣が密で寒さを感じませんが、終わり頃になって人がまばらになってくると、急に寒さが忍び寄ってきます。かがり火も勢いがなくなってきて、寒さに拍車をかけます。
 撞き始めてから約1時間半、最後にもう一度、一山の僧衆が鐘を撞き、108回に帳尻を合わせて、除夜の鐘が終わりました。
 除夜の鐘によって、皆さんの心が浄められ、佳き年となりますように・・・。

 大急ぎでこのページを作って(本当はちょっと準備していました)、今年初めての更新とさせていただきました。本年も皆さま方のお越しをお待ちしております。




      ひ  と  つ  づ  つ  過  去  と  な  り  ゆ  く   除  夜  の  鐘       林 民 子