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静まりかえった境内 マウスを載せれば写真が変わります
 天気予報を見て、「今日は快晴。ややもすると鉛色の空が多くなるこの季節。あたたかい陽射しと透き通った青空は何よりのご馳走です」と、昨日、予定稿を書いたのがすっかりパァ! 時おり日が差すだけで、ほとんどは曇り空。気温はさほど低くありませんが、風が強くて寒く感じる風冷えの日となりました。
 1日のうちでも、天気がコロコロ変わります。
 1ヶ月予報などで「お天気は周期的に変わり・・・」というフレーズをよく聞きますが、「低気圧が来て、また高気圧が来て、お天気が変わっていくのは当たり前なのに、どうしてわざわざそんなことを予報で言うのかなぁ」といつも疑問に思います。
 5日の小寒から20日の大寒を過ぎ、2月の立春の頃まで、京都もいよいよ厳寒の季節。今夜からは冬型が強まって、連休は雪の予報なども出ています。
 

         物  言  へ  ど  猫  は  答  へ  ぬ  寒  さ  哉      寺田寅彦


   葉を落とした枝もまたきれいだなぁ マウスを載せれば写真が変わります
 今日は七草。
 朝、本堂では「七草会」が勤められました。1年の無病息災を願う法会でしょうが、様々な行事には神道や習俗の影響を受けて行われているものもあり、七草会もその一つでしょう。
 七草は「人日じんじつ」の節句。
 中国では、その年の干支にかかわらず、元旦は「鶏の日」とされています。元旦は鶏、2日 いぬ、3日 猪(家猪=ぶた)、4日 羊、5日 牛、6日 馬、7日には人が充てられ、それぞれの日にその獣畜をあてはめて占いを行い、それぞれを大切にする風習がありました。7日は人を大切にする日で、犯罪者の処刑なども行わない習わしだったそうです。
 唐の時代、人日の日には七種菜羮(七種類の若菜を入れた温かい吸い物)を食べて、無病のまじないをしたという記録があります。
 日本にも、「君がため 春の野に出て若菜摘む わが衣手に ゆきはふりつつ」と、万葉集に詠われているように、若菜を摘んで食べ、健康を願う風習があったようです。最初は中国と同じ吸い物だったようですが、室町時代以降には粥になり、江戸時代には人日が上巳・端午・七夕・重陽とともに五節句の一つとなって、将軍や諸侯が公式行事として七草粥を食べるようになったそうです。
 そして、七草粥を食べると邪気が払われて無病息災でいられると、この風習が一般の人々にも広がり、今に至っています。
 七草は前日に摘んで、歳神をまつった棚の前で、「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、トントンぱたりトンぱたり‥‥」などという七草囃子を唄いながらすりこ木で叩くのが本式のようです。すりこ木で叩くことで、七草の力をさらに引き出すことができると考えられていたそうですが・・・ボクはそんな本式にしたことがありません。
長い影が苔の上に横たわる冬の昼  マウスを載せれば写真が変わります
 去年の鳥インフルエンザ禍では、大陸から渡ってくる鳥が様々な病気を運んでくるということを思い知らされました。昔の人はそれを知っていたのでしょうか?
 今はいろいろな行事を月日はそのままに新暦に置き換えてやっていますが、もともとは旧暦でないと説明がつかなかったり、季節がずれてしまうものも少なくありません。七草もそうです。
 本来なら、寒く、青物も乏しい冬を越えてきて、立春や旧正月を迎えます。旧暦の1月7日は今年2月15日。寒さもゆるみ、青いものが少しは露地で採れるようになってくる頃です。
 そんな時、まだ寒い野に出て若葉を見つけた時の喜びは、きっとすごく大きいでしょう。新しい生命の息吹を感じる七草を食べる時には、無病息災を自ずから祈る気持になるでしょう。スーパーで売っている促成栽培の七草をただ買ってきて食べるのとは、まったく感動が違います。
 セリ=競り勝つ、ナズナ=撫でて汚れを除く、ゴギョウ=仏体、ハコベ=反映がはびこる、ホトケノザ=仏の安座、スズナ=神を呼ぶ鈴、スズシロ=汚れのない清白・・・七草が先に選定されてから、無理矢理この意味づけがされたようにも思えます。ボクのギャグとあまり変わらない出来映えです。


        せ り な ず な  ご ぎ ょ う は こ べ ら  母 縮 む

        ほ と け の ざ  す ず な す ず し ろ  父 ち び る         坪内稔典


境内を荒らす人たち? ではありません     マウスを載せれば写真が変わります
 今、境内のあちらこちらには地面を掘り返した跡があります。モグラではありません。植木屋さんが、木々の根元に寒肥を施しているのです。
 この寒肥が木々の活動が活発になる春頃には効いてきて、花付きや葉色を良くしてくれます。きれいな紅葉のためには、欠かすことができない作業です。
 木の天辺で剪定作業をしていた植木屋さんが、「風が強うて、手元が狂いました」と言い訳をされていました。その木を見上げると・・・確かに。植木屋さんが剪定した後とは思えないような乱れた樹姿。あんじょう頼みます。

 花の乏しい冬、そろそろ 馬酔木あせびが咲き出しているかなぁと時々見に行っていましたが、今日、咲いているのを発見!
 大きな馬酔木の木は、本堂の北側に10株以上あります。その中でも毎年いち早く咲き出す木(枝)は決まっていて、きっとそれはボクだけしか知らない秘密なのです。その枝に、わずかに10輪ほどの花がまばらに咲いていました。
 見つけた瞬間、「やったぁ! 咲いてたぁ!」と、五木ひろしのように拳に力が入りました。譬えが古い・・・。かわいい花ですねぇ。
 今、わざわざ見に来られても、どこに咲いているのか見つけられません。見頃は2月後半頃からですので、お楽しみに。
      わずかに咲き初めし馬酔木の花 / こっそりなっている竜の玉    マウスを載せれば写真が変わります
 昨年の気候の関係からか実付きの悪かった竜の玉ですが、今日見ると、多くの株で、玉が散らばっていました。きっと、鳥たちの仕業でしょう。
 鳥は大変なグルメなのか、食べ頃をよく知っています。南天や千両の実も、真っ赤に熟さないと、鳥は食べに来ません。サクランボも、「熟してきたから、明日にでもとろうかなぁ」と思っている矢先に先を越されます。
 鳥の色覚は人間と同じぐらいだと言われ、実の色もよく見えているのでしょう。もちろん、視力や動体視力は人並みではありません。
 竜の玉は熟しても青いのに、鳥はどうして食べ頃がわかるのでしょうね。竜の玉も赤ではなく青く熟し、しかも葉の中に隠れるようになっているのに、その甲斐なく食べられてしまっては気の毒です。
 こんなささやかな出来事を見つけるのも、冬の野の楽しみです。「冬はつとめて」、冬の早朝はことさら情趣深いですね。起きるのは辛いですが。
 もう成人の日が来るなんて信じられません。この連休は寒さが厳しいらしいですよ。お風邪を召されませんように。


       枯  色  と  し  て  華  や  げ  る  も  の  も  あ  り      稲畑汀子