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境内も早朝まではジメジメして、小石や砂、落ち葉などが流された後があちこちに見られました。午後からは雲一つない夏空。「薫風」というのがふさわしいなような風が木陰をわたっています。 今日も、木陰でお弁当を食べる人や会話を楽しむ人々の姿が見られました。 先日来、天気予報などで「梅雨の走り」という言葉が時折聞かれます。「えー、まだ5月なのに、もう梅雨の走りなの!」とビックリ&がっかりしたり。 6〜7月の梅雨の京都はまとわりつくような蒸し暑さに見舞われ、せっかく旅行に来られても、「外に出る気がせず、クーラーの効いたホテルでじっとしていました」などという話を聞くこともあります。 先日、京都地方気象台は「蒸し暑さに象徴される京都の気候が変化してきている」と発表しました。 それによると、蒸し暑さを感じさせる京都市内の湿度が下ってきていて、過去40年の観測から温暖化と同時に湿度低下が少しずつ進み、湿度の最低記録の5位までがこの4年間ですべて更新されたそうです。 その要因としては、水田の減少、道路の舗装化などで大気中の水分そのものが減ったのではないか。さらに、地球温暖化などによる気温上昇も乾燥の一つの要因ではないかとされています。 つまり、カラッと暑い気候に向かっている…砂漠化傾向ということでしょうか。それも困るような気がしますが、あのまとわりつくような湿気は、もちろん少ないに越したことはありません。
外出から帰ってきたら、木陰に乳母車が縦列駐車してありました。安全のためか、園児さんたちは境内までこの“車”に乗ってきて、あとは放たれたように本堂の前などで走り回ります。 園児たちは喧嘩して泣いたり、オシッコと言ったり、ひとりだけ違う方向に行ったりと、保育士さんたちも大変そう。木陰で座って見ているわけにもいかないようです。 介護を受けている車椅子のお年寄りが、ヘルパーさんに散歩に連れてきて貰っておられる姿もよく見かけます。ただこの“チーム”の場合、お年寄りはご自分では動かれることはないので、ヘルパーさんたちはお年寄りそっちのけで、ベンチに座って延々と世間話をされています。 老いも若きも仏の庭で遊ぶ、ボクの大好きな光景です。 緑 蔭 に 読 み く た び れ し 指 栞 辻田克巳 葵祭は「賀茂祭」が正式な名称で、祭儀に関わる人々や、御所車、牛車などのすべてを葵の葉で飾ったところから「葵祭り」と呼ばれています。 加茂神社の祭神の別雷神が御降臨のさい、神社の奥山に繁茂する葵楓の蔓で装って祭事を催されたということですが、どうして葵なのでしょう? 何か宗教的な意味があるのでしょうか? 祭の起源は古く、古墳時代後期、欽明天皇(540〜571)の御代、京都が激しい風水害と凶作に見舞われ時に、豊穣を祈願する祭として行われたのが始まりとされています。都が京都に遷るずっと以前のことです。 全国各地に「一の宮」がありますが、京都(山城国)の一の宮は賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)。 「一の宮」とは平安時代から鎌倉時代初期にかけて整った神社の格付けのようなもので 観光で来られる方には京都の神社というと八坂神社や平安神宮のほう馴染みが深いかも知れませんが、平安神宮は創建されてまだ100年少々。加茂神社は、京都の人々の崇敬をずっと集めてきた「一の宮」たる神社なのでしょう。 祭では、平安貴族などの格好をした総勢500名以上の風雅な行列が御所〜下鴨神社〜上賀茂神社へ向かいます。「京都の祭は扮装をした人がぞろぞろ歩いているだけ」と評する人もありますが、それは各々のお好み。ぜひ一度ご覧下さい。 「説教師 見てきたように嘘を言う」 実は、ボクは葵祭も祇園祭も、まだ一度も見たことがありません。そういえば、上賀茂神社には門前のやき餅とすぐきを買いに、下鴨神社には脇のみたらし団子を買いに行ったことはありますが、両社とも参拝したこともありません。これではいけません。 鴨川の納涼床が5月から始まっています。遠目には涼しそうに見える床ですが、実は暑いし、虫は来るしと、見た目ほどは快適ではありません。でも、京都に来られたなら、1度は行ってみられてはいかがでしょう。なかなか入りづらいかも知れませんが、最近はWEB上などでもいろいろな情報が得られます。9月30日までチャンスがあります。 天気予報によると、来週はずーっと雨模様。このまま「梅雨入りした模様です」などということになりませんように。修学旅行生はかわいそう。もちろん床はダメですね。 不順な天候、体調を壊されませんように。 |