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塔と種が付いている「花の木」(左)と新緑。写真にマウスを重ねてみて下さい。種が見られます
   「あれ、この花、昨日は咲いていなかったのに」「あっ、芽が出てる」「あー、散りだした」などと、日々、あるいは朝と夕でも、景色が変わったと思える日が続いています。そのめまぐるしい変化の一々に、思わず驚きの声が出てしまいそうです。
 紅葉が終わってから、じっと我慢して動かなかった木々たちが、今は信じられないぐらい駆け足。「もったいないから、もっとゆっくり動いて見せて!」と言いたくなります。
 「百花繚乱」とは今の時期の様子をあらわす言葉でしょう。八重桜、藤、つつじ、椿、シャガ、山吹、白山吹…境内に咲いている花はそれぐらいですが、春の野では百花といわず、数え切れないほどの花々が咲いていることでしょう。
 今、境内を彩る主役は、もみじの新緑です。

新緑と本堂。マウスを重ねると塔
 軟らかな、浅い緑のもみじの若葉。そして、そこに彩りを添える小さな赤い花。
 細い枝のどこから、こんなにたくさんの葉が出てくるのだろう、どこにしまってあったんだろうと思ってしまいます。
 カエデは花も終わり、もうすでに淡いピンクの実を付けています。桜の枝には、散り終わった後の花軸がまだ残っています。
 それらがもみじの淡い緑と渾然一体と入り交じって、変化を付けてくれています。
 境内の地面は、赤い桜の花軸ともみじの花のかすがたくさん落ちています。これらは小さくて、掃除するには厄介な代物。でも、充分楽しませて貰ったのですから、文句は言えません。
 楠や樫は、淡紅色、淡緑色、橙黄色などの新葉を出し、樹の下には一仕事終えた古い葉がたくさん落ちています。若葉と入れ替わりに、古い葉は落ちて逝くのですね。
 木によって様々な春の迎え方があり、自然の妙には決して飽きることがありません。


鐘楼の回りの八重桜。マウスを重ねてみて下さい
 鐘楼の回りの八重桜がいま満開です。5〜6本ほどしかありませんが、新緑の中、人目を引きます。
 でも、ボクはもっと枯淡の味わいのある桜花が好きです。満開の八重桜の側にいると、何だか酸欠になりそうです。
 京都の桜も、平安神宮の紅しだれも散り盛り、御室仁和寺もそろそろ満開を過ぎたようです。今年は嵐のような天気もなく、桜が長持ちしました。
 平地に咲く桜も綺麗ですが、疏水、鴨川、高野川、川辺の桜はいっそう情趣があります。
 鴨川は、京都の街を北から南へ流れていますが、その流れはゆるやかだと思っていました。ところが、先日読んだ本によると、北大路から九条までの約7キロの間の川床には45メートルもの高低差があり、都市を流れる川としては珍しく急流だそうです。
 そういえば、東京の墨田川にしても、大阪の淀川にしても、行ったことはありませんがパリのセーヌにしても、流れはもっとゆったりしています。
 鴨川には何ヶ所もの堰があり、それが流れを緩め、ゆったり流れているように見えるのでしょう。でも、もともとは河法皇に「意の如くならざるもの、鴨川の水、双 六の賽、山法師の三つのみ」と言わしめたような、治水に手こずる川でした。

藤と本堂の大屋根。破風についている丸い寺門は藤巴
 その鴨川の畔も、今は鮮やかな緑に包まれ、ゆったりした流れと堰が作る「白い階段」とのコントラストが素晴らしい! まさに、山紫水明の都の感がします。

 話が鴨川まで行ってしまいました。境内に戻しましょう。
 本堂の右脇には藤棚があり、数日前から花が咲き出しました。
 この藤棚は作られてからまだ20年ほどでしょうが、かつて同じ場所に藤の老木を支える棚がありました。
 残念なことに台風で倒れたのを機に処分されてしまいましたが、ボクが子供の頃にはたくさんのブンブンが集まって来て、それを捕まえるのが楽しみでした。
 藤の美しい花姿は古くから人々の心をとらえ、平安の貴族たちは盛んに「藤見の宴」を催したそうです。藤が、古典文学や意匠などに多用されていることからも、いかに日本人に馴染みの深い植物であったかがわかります。
 藤も、水辺がよく似合います。

     霍 公 鳥ほととぎす    き とよ も す  岡 辺をかへ な る  藤 波 見 に は  君 は 来 じ と や

万葉集 作者不詳。意味−霍公鳥が来て鳴く丘のほとりの藤の花を見に、あなたはいらっしゃらないのかしら。



つつじと赤い総門(赤門)

 万葉の時代から人々に親しまれてきたということでは、ツツジも同じです。
 花が連なって咲くので「つづき」、あるいは花が筒になっているので「つつ」と呼ばれ、やがて「ツツジ」となったとのこと。わかりやすい命名ですね。
 春の山に、いち早く咲き出すのはミツバツツジ。葉が出る前に紅紫色の花を咲かせ、その色合いが山の斜面や山路脇などに見えだすと、それを追いかけるように桜などが咲き出します。
 山を歩いていてミツバツツジの鮮やかな花に出会うと、スゥーっと心が癒される気がします。
 ところで、桜で有名な吉野山の蔵王堂に『つつじの柱』と書かれた大きな柱があります。かねてから、「ツツジがこんなに大きくなるはずはないのになぁ」と不思議に思って調べてみると、「チャンチン」という木でした。
 チャンチンはセンダン科チャンチン属で、中国の中部・北部原産の落葉高木。木や花には独特の香りがあり、「香椿」とも呼ばれるそうです。栴檀せんだんの仲間で芳しい香りがあり、耐朽・保存性、特に水湿に強いということですから、その木を本堂の部材に使ったことは充分納得できます。
 でも、どうして「つつじ」になったのでしょう? お寺では、やはり「つつじの柱」と説明されているようです。
 京大理学部植物園の入り口に、ひときわ高いこの木が3本ほど立っているそうなので、一度見に行きたいと思っています。


なかなかうまく撮れない白山吹
 明日は春の土用の入りです。春のから夏へ季節が移ろう、その最後の18日間の始まり。小満を経て、5月5日に立夏を迎えます。
 今は柔らかい新緑も、日に日にたくましく生い茂ってきます。
 まだ太陽の洗礼を受け終わらない鮮やかな緑を眺めながら、ゆったりと屋外で過ごすのには最高の時期しょう。桜の頃より、空気も清々しい気がします。

 4月に新生活を迎えた方々は、少しは慣れて来られたでしょうか?
 まだまだ制服もカバンも似つかわしくない新中学生が、新緑を通して差してくるまばらな朝の光を受けながら、足早に学校に歩を向けているのに出会いました。それに気を取られていると、いきなり2匹の猫がボクの脇をあっという間に通りすぎていきました。忙しいような、でもどこかのんびりした春の朝です。
 春の盛りを思いっきりお楽しみ下さい。

     ひ  た  急  ぐ  犬  に  会  ひ  け  り  木  の  芽  道     草田男