2/12版
ずいぶん早く咲き出した馬酔木の花 |
立春から1週間ほど経っただけですが、今日はずいぶんうららかな天気。外はまるで早春のよう。
池の周りに植わっている馬酔木の花が、去年より2週間ほども早く咲き出しました。
まだ、咲きそろってはいませんが、写真のようにほぼ満開の木もあり、これから次第に10本以上ある馬酔木の大株が咲き出します。
この分では、今年は桜の開花も早いかも知れません。桜を目がけて来京予定の方、ちょっと早めがよろしいかも。
昨日からの土曜を含む3連休で、京都のホテルは満杯状態とか。その余波は真如堂まで及び、今日の拝観者は久々の30人台。連休とお天気のお陰です。
東三条女院の尊影と位牌 |
今日、2月12日は、真如堂開山の願主 東三条院の命日。しかも、1000年目の忌日。朝から本堂では法要が営まれました。外はうららかでも本堂は寒い。参列の檀家代表は皆コートを羽織り、ホカロンを持って小1時間の修行でした。
東三条女院藤原詮子(691-1001)は円融天皇の女御、一条天皇の母で、藤原道長の姉。道長およびその一門の勢力発展に大きく寄与し、956年に皇太后に、991年出家して「東三条院」を授けられました。
ある夜、女院の夢にも一人の老僧が現れ、「我は叡山常行堂より来れり。女人済度の本願ある故に聚楽に下る。先ず汝の宮中に来至すべし」と告げます。女院は使いを比叡山に送りますが、途中で戒算上人の使いの僧から上人の夢の話を聞き、互いの夢が同じであることに驚きます。かくして、阿弥陀如来は神楽岡東の女院の離宮に遷座されます。(『真如堂縁起』)
女院はわずか40才の生涯を999年前の今日閉じられました。『大鏡』などに載っている命日は閏12月22日ですが、真如堂は新暦で法要を勤めています。でも、新暦だと2月7日になるそうなのです。「1」と「2」の組み合わせので、2月12日を命日にしたのでしょうか? 不思議です。 でも、今さら、命日を変えるわけにもいきませんので、今日法要を厳修。1000年目の大きな節目ですが、再来年迎える開祖 戒算上人の950回忌と併せて、再来年に大法要を営む予定です。
まだ寒さが戻る日が何回かはあるでしょうが、着実に春はそこまで来ていますよ。