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2024年1月25日(木) 
 入院当日
今日は一人で病院まで行くつもりだったが、夫が一緒に行ってくれると言う。
しかも、町田ー新宿間の特急指定席券を買って来てくれた。有難い
誕生日なのに申し訳ない。
お陰で無事に病院に到着。入院手続きをして、付き添いはここまで。
コロナ規制が緩和されたとは言え、手術当日も病院には来るなと言われ、面会も平日の14時から16時の15分間のみなので、実質無理。
手術が終わったら、先生から夫に電話をしてくれることになっている。
病室は、保険の一時金が出るのを良いことに個室を頼んだので、写真を撮って夫に送る。
トイレとお風呂と洗面まで3歩で行けて、気兼ねなく使えるというだけで、大物政治家が使うような豪華な個室なわけはない。
窓も小さいし、新宿の夜景は談話室から楽しむことにする。
荷ほどきが終わったら、明日の手術の詳細な段取りの説明が手術室の看護師からあると言うので、指定された部屋に行く。
対応してくれた看護師さんは、背がスラっと高く仕事が出来そうなさっぱりとした性格の人だ。制服なのでそのオーラは消しているが、宝塚の男役のトップにでもなれそうな美しさだ。(ここの病院は総じて看護師さんが美しい)彼女のテキパキと仕事をする姿を見ていたら、何故か涙が出て来た。病気が分かってから怒涛の日々だったので、泣いている暇がなかった。手術に対する不安からだろうか。この看護師さんが明日担当するかどうかも分からないが、信頼できそうな姿を見て安心したのだろうか。私の涙を見て彼女も驚いたようにティッシュを差し出してくれた。一通りの説明を聞いて、病室に戻る。
すぐに下剤を飲むのに晩御飯も出るんだなぁと思いつつ、美味しくない夕食を食べて、細々とした明日の準備をしていたらあっという間に就寝時間だ。
医師として、手術のリスクの説明もしないといけないので、最悪死亡する確率がわずかでもあると言われていた。それを聞けば、最悪の場合も考えてしまう性格なので、必要最小限の人には手紙を書こうと思って便箋と封筒も持ってきたが、そんな時間は無くなった。
日記を書こうと思って持って来たノートに、夫と兄それぞれに向けた遺言のようなメッセージを書いて力尽きて眠ってしまった。

2024年1月22日(月) 
 術前検査
手術が決まってからは、検査の嵐。
1月15日 心臓超音波検査
1月17日 CT検査と担当医師の診察
1月22日 麻酔科医・薬剤師・看護師の問診。入院時の事務的な説明と事前申し込み。

担当医師とは、確定診断以来の診察。
気になることをあれこれ伝えたが、この先生に話しているとどれも取るに足らないことに思えてくるから不思議だ。医師としてどうなの?と思う人もいるだろうが、大丈夫っしょと言われると大丈夫な気がして来るから、それもひとつの才能なのかもしれない。
病気が分かってから怒涛の日々で泣いている暇などなかった。
入院当日は、ラッシュ時間帯に一人で行かなければならないので、無事に辿り着くだろうかと、今はその心配が一番大きい。

2024年1月9日(火) 
 確定診断
確定診断を聞きに行く。
夫が会社を休んで同行してくれる。
早い話が、子宮体がん確定!
確定診断に至った経緯と検査の詳細を聞くが、既に覚悟はできていたので、ショックというよりこれからの段取りが気になる。
担当の先生は、外部から週1で来ているので、手術をするのは婦人科の科長とのこと。科長の診察日は水曜なのだけれど、今日は手術が終わってから話ができるというので、待つことにする。明日もまた夫に休んでもらって出直すよりは有難い。
1時間ほどして、手術終わったのでもう少し待ってくださいねと担当の女医先生がわざわざ知らせに来てくれる。結局2時間近く待って、駆け込むように現れたのがどうやらその先生。
科の受付の女性に「何さんだっけ?」と聞いているのが聞こえる。こちらに向かって「もうちょっと待ってね」と言い診察室に駆け込んでいく。ちょっとせっかちでおっちょこちょいな印象で大丈夫かしらと思った。
更に待ってようやく呼ばれ、自己紹介もそこそこに手術の日程の相談、今後の術前検査や手術の方法とリスクの説明等々、何の悲壮感もなく雑談もはさみつつ、あるいは少々脱線もしつつ、話をしてくれた。手術の経験も十分のようだし、話し方やこちらの質問を聞く姿勢や答え方に人柄や頭の良さがうかがえる。ここまで来たら先生を信頼してお任せするしかない。
手術は順番待ちで、通常であれば1か月以上先になるのだけれど、たまたま今日キャンセルが出て、1月26日の手術が可能と言われ、是非その日に!と夫婦で即答。
実は年末から、病院のサイトに公開されている入院案内を見て、必要なものを揃えつつあったので、明日にでも入院する勢いで今日は病院に行った。
新年早々、ユニクロで足りない物を買い、持ち物すべてに名前を書き、区役所で健康保険限度額適用認定申請書まで貰い、保険会社にはがんの確定診断で一時金が出ることを確認し、今日に臨んでいる。
かいつまんでそんな話をしたら、そこまでやって来る患者さんはいないなぁと感心なのか呆れたのか分からない表情をされた。マスクしてるしね。
で、前日から入院なので1月25日と言われ、思わず「夫の誕生日です」と言ってしまうようながんの入院説明とは思えない和やかな説明は終わった。
あまりに待たされ説明も長かったので、すっかり夜になった。
通勤ラッシュにもまれる体力は残っていないので、遠回りだが東京駅から新横浜まで新幹線を使って、どうにか家にたどり着く。
今日の説明を改めて夫にするのも、遅い時間に一人で帰ってくるのも不可能だったので、一緒に来てくれて本当にありがたかった。

2024年1月3日(水) 
 梅と柿
近所の神社へ初詣に行ったら、もう梅が数輪咲いていた。
木全体に蕾が付いているので、咲くと見事だろうと思うが満開の時に行ったことがない。
毎年、夫がおみくじを引くが、今年は何も言わない。凶が出たら縁起が悪いという私の病気への配慮だろうか。聞かないけど、そういうことにしておこう。

年末に無傷だった柿の木は鳥に食べられて無残な姿になっていた。ほとんどはムクドリだけど、たまにメジロが居たりして、見ていて飽きない。ただ、普通の道端なので長時間見ているのは勇気がいる。

2024年1月2日(火) 
 災害
元日の大地震と2日の飛行機事故。
年明け二日間でこれほど暗いニュースを聞いたのは記憶にない。
災害に遭われた方を思うと、水も食事も布団もある生活が申し訳ない気さえしてくる。
2日に予定されていた皇居の一般参賀は中止になった。

[2024年1月 書込件数:5件] 1