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2019年3月22日(金) 
 江ノ島水族館

ヤクルトのお姉さんから江ノ島水族館の割引券をもらったので、行ってみた。
ダンナは興味ないのかと思ったら意外と乗り気だ。
私もダンナが乗り気なら行きましょか程度の気分だったが、入口近くの大水槽ですでに圧倒され、テーマ別のたくさんの水槽を見ながら、大盛り上がりだ。
中でもフウセンウオの可愛さの破壊力はすごかった。
赤ちゃんのときは、ジブリ映画のポニョそのもので、大人になると岩に似せてか保護色になる。しかも腹には、体の大きさに不釣り合いなくらいの大きな吸盤を持っていて、海藻や水槽に張り付いたまま動かない。これは、ずっと見ていられる。
イルカショーも想像以上に迫力があって大変盛り上がりました。
割引券がなかったら行かなかったなぁ。今度、ヤクルトさんに会ったらお礼を言おう。

2019年3月14日(木) 
 同じ誕生日
3月11日に美容院へ行った。
14時46分に一人で居たくないと、なんとなく思った。
去年まではそんなこと思わなかったのに。
家族経営の美容院で、昔はお母様に担当してもらっていたが、ここ10年くらいは息子さんに担当してもらっている。
会話はおのずと震災の話になる。
すると、美容師の兄ちゃんは、14時46分には黙とうをするという。そんなキャラに見えないが、私も黙とうに意義はないので、ラジオに合わせてカットの途中で一緒に黙とうした。
東北に特に縁があるわけではないらしいが、何か思う所があるのだろう。
さらに、お母様の方は、3月11日が誕生日とのこと。私の母もです、と会話が続く。
どうしたって、あの日の前後のことは鮮明に思い出せるから、不思議な親近感が沸く。
来年からは、お誕生日プレゼントでも持って行こうか。

2019年3月13日(水) 
 残念だ
またしても芸能人の覚せい剤事件。
「海賊とよばれた男」で岡田くんとも共演していた。
今年の大河にも出てて、他にもたっくさんの作品に出ているから関係者は大変だなぁ。
あんなに仕事に恵まれているのに(プライベートは知らないけど)、なぜ覚せい剤を使う必要があったんだろうか?
同情するわけじゃないけど、逮捕されてあっさり認めたというのは、誰かに見つけて欲しかったんじゃないかなとも思う。
興味本位で始めて、やめるにやめられなくなり、自分でどうにもできなくなって捕まらなければやめられない状況にまでなってしまっていたのかなぁ。
関係者のみなさんが徹夜とかで体を壊さなければいいなと、願います。

2019年3月12日(火) 
 次の元号は?
平成元年なんてついこの間のような気がしていたが、考えてみたら、私の人生の半分以上は平成だった。
昭和が平成の倍だから短いような気がしてたけど、以外と平成って長かったんだね。
次の元号は、4月1日の何時にどういう手段で発表になるんでしょうかね。
とりあえず、朝からNHKをつけっ放しですかね。

今期、話題になった「3年A組」というドラマを見て思った。
SNSのルールやマナーは、親が教えることができないから、こうやって教えてあげないといけないんだな、と。
昭和の時代までは、親は大抵のことは子供より経験豊富で、子供から見たら何でも知っている存在だったはずだけど、平成になると、パソコンが家庭に入って来たり携帯電話がどんどん進化したりと、親が子供に教えてあげられないことが増えて行った。
家電や電子機器の進化が速すぎて人が上手に活用できないままいろんな弊害が生まれてたんだなと思うと、なんか切ない。
世知辛いってのはこういうことなんだろうなぁ。

2019年3月11日(月) 
 戸籍も間違うのね
私が子供の頃、母の誕生日は3月14日だと聞かされていたが、あるとき、実は3月11日だったと言われた。
そんなことってあり?と思っていたが、母の死後、戸籍の原本を取り寄せて納得した。
癖のある文字で書かれた「壱」が「四」に見えたのだろう。
「壱」の“さむらいかんむり”が小さすぎてゴミかと思ってしまうのも無理はない。
発覚した経緯は詳しく聞いていないが、良く見ると、母の父が出生届を出したのが、3月14日だったため、同日には出さないだろうというところから、誰かが疑ったのかもしれない。
母は、名前の漢字も間違われていて、途中で戸籍を訂正している。
昔はそんな感じだったんだろうな。

2019年3月5日(火) 
 親を送る
入院の二日後の3月5日は病名が告げられた日。
母は治療ではなくホスピスへの入居を希望した。
母自らがホスピスという単語を使った。
老人の域に達したころから、具体的な病気になったわけでもないのに、延命治療はしないと常々言っていたから、いろいろ調べていたのだろう。
母が泣かないので、私も泣くわけにいかないと思い、なんとかこらえた。
その後、結局亡くなるまで母の前で私は泣かなかった。

最近読んだ「親を送る」という本。
相次いで両親を亡くした著者の体験を綴っている。
状況はそれぞれだが、著者の友人の話も含め、親を送った後で後悔しない人はいないと言う。
どんなに手を尽くしても。
乗り越える必要はない。受け入れて進むしかないと言う。
そうなのかもしれない。

2019年3月3日(日) 
 ひなあられ
5年前の3月3日、母が入院した日。
入院患者に雛あられが配られた。
食事がしづらくなっていた母が、これは食べやすいから余ってたら貰ってきてと言う。
看護師さんも忙しそうだし、入院初日にそんなこと言えないよと、私は断った。
それきり母はなにも言わなかった。
聞くくらいできただろう。聞いたうえで無かったよと言えば母も納得しただろう。
ひな祭りが来るたびに思い出す後悔。
その後の入院生活で、そんな後悔がいくつも積み重なって行くことなど、その時の私はまだ気づいていなかった。

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