4年前の3月5日は、母の病名が分かった日。 4年経っても…、いやむしろ年が過ぎるほどに後悔が大きくなるように思う。 母のことは大好きだったし、生んで育ててくれたことには感謝しかないが、生前はそれを伝えたことはほどんどなかった。 いつまで反抗期なんだよっていうくらい、ぞんざいな受け答えが多かったことを、今になって後悔しても遅い。 元気だったころのことも、入院してからのことも、もっとしてあげられることがあっただろうに、と悔やむ思いが増えていく。 子離れしているようで本当は寂しかったであろう母を思うと、私が母の死を乗り越えてしまうことも寂しがるんじゃないだろうかと思ってみたり、子供が明るく元気に暮らすことを願わない親はいないだろうと思ってみたり、行ったり来たりで進歩がない。 仏壇は兄の家にあるし、母の写真も見ると辛くなるので、目に付くところには置いていない。 そうかと思えば、実家で使っていた食器や調理器具を持ってきて使っているので、その度にちょっと切なくなったりもする。 次のステップは、リビングに母の写真を置けるようになることなのかもしれない。
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